ドレスは繋ぐ
「あの、すみません!」
声をかけられたのは、書店を出て駅に向かって歩きだしてすぐだった。
真知子が振り返ると、声の主は先ほど書店で隣に立っていた男性だ。
「はい?」
返事をして真知子は、自分は何か落とし物でもしたのだろうかと不安になる。しかし男性は、緊張しているのか声を震わせて、
「・・・・ですよね?」
と言った。
「あ、あの、ごめんなさい、聞こえない・・・」
「ドレスの、モデルの方ですよね?」
今度ははっきりと聞き取れた。なのに、理解が追いつかない。
「ドレスのモデル・・・」
「ネットで、手作りの服とかドレス売ってる、ミソノさんって作家さんがいて。ミソノさんのドレスを着て写真に写ってるの、あなたですよね?」
真知子はやっと理解した。同時に、怖くなった。
「あ、えっと、俺、ストーカーとかじゃないんです!本当です!あの、」
真知子の表情の変化を見て取ったのか、男性はこちらが逆に申し訳なくなるほど動揺して手を振った。
「俺も、アクセサリー作ってミソノさんと同じサイトで売ってるんです、あの、変な人じゃないんです、本当に」
誤解されまいと必死でまくし立てる男性を見て、真知子は思わず噴き出してしまった。
男性も、真知子に通じたようで安心したのか、笑って頭をかく。
「赤の他人の女性に声をかけるのって、こんなに緊張するんですね。本ではよくある光景だけど、まさか自分がやる日が来るとは」
「さっき、書店にいらっしゃいましたよね?」
『本』という言葉に反応して真知子が問いかけると、男性はうなずいた。
「あなたと同じ本、俺も買おうと思って来たんです。〇〇先生のファンなんで。それで・・・」
男性は言葉をきって視線を右往左往させる。
「この後、ちょっとお時間いただけませんか」
男性は「柴田大樹」と名乗った。インテリアの会社で働いているらしい。(ちゃんと名刺を交換した)
「大樹でいいですよ。作家名は『シバ』なんですけど」
「はあ、えっと、それで」
駅前の、先日美園と来たカフェで今度は大樹と向かい合って座っている。大樹を見る限り、悪い人ではなさそうだ。何かの勧誘なら即座に断って逃げよう。
「あ、そうですよね、まずどうしてドレスのモデルがあなただと分かったのか、次に、なぜ声をかけたのか、ですよね」
大樹はテキパキと説明に入る。
「俺、さっきも言った通り、趣味でシルバーアクセサリー作って販売してるんですけど、たまに他の作家さんの作品も観るんです。アクセサリーだから、作品のコラボとかしても面白いかなって、洋服作家さんの作品を観たり。それで、その作家さんの中で、物凄いクオリティの高い作品を出す人がいて、それが」
「『ミソノ』なんですね」
「はい、あの人の洋服や、特にドレスは素晴らしいですよ!あー、こんな美しいドレスと俺のアクセサリーをコラボさせて欲しいなあ、なんて思って観てたんです」
「あ、その写真をずっと観てたから、私の事も分かったんですか?」
真知子が口をはさむと、大樹は気まずそうな表情になった。
「実は、ドレスのモデルだとわかるより前から、真知子さんのことは知っていたんです。あの書店でよく見かけるし、同じ作品を買う事も多いし。話したら気が合いそうだなーと思ってたんですよ。今日も、もしかしたら真知子さん、来るのかなあって思ってたら、本当に来て、本を手に取って、笑った顔をみて、『あれ?どこかで観たことある』ってなって」
言いながら、大樹はスマホを操作して画面をこちらに向けた。真知子はハッとする。
画面には、純白のドレスをまとって微笑む女性。口元から下だけが写され、モデルが誰なのか判らないようになっているが。
「このウエディングドレス着てるの、真知子さんじゃないかって思って」