第5話
高宮杏奈と初めて会ったのは幼稚園の運動場だった。
彼女はイギリス人のお父さんと日本人のお母さんを持つハーフで、珍しい金髪と目の色の彼女は幼稚園では浮いてしまっていた。
とにかく気の強かった杏奈は、男子とは何かと喧嘩していたが、女子からはかっこいいと憧れの対象として見られていた。 当時の俺は、そんな事情はつゆもしらず、ただのサッカー馬鹿だった。
休み時間は外に出て、ひたすらサッカー。お昼ご飯を食べ終わったらサッカー。親が迎えに来るまでサッカーをしていた。
そして、事件が起きたのは、年中の頃。いつもサッカーに使っていた運動場のスペースを使いたいと言い出したのが、杏奈をリーダーとする女子グループだった。
杏奈との最初のやりとりは、確かこんな感じだった。
「ちょっと、そこの男子!私たち、今からそこで『はないちもんめ』したいんだけど」
「ここはサッカーしてるから、他のところでやってくれ」
「一人でサッカーなら、他の場所でもできるでしょ?ほら、早くどいて」
「先に使ってたのは俺だ」
「サッカーなんてどこでもできるだしょ」
「はないちもんめだってどこでもできるね」
「いいからどいて」
「やだね。そんなにここでやりたいなら、サッカーで勝ったらにしてくれ」
「はぁ?なんでそんなこと」
「負けるのが怖いんだ」
「……いいじゃない。男子なんてボッコボッコにしてあげる」
一人でサッカーすることに飽きてきたところだったから、勝負をふっかけるようなことを言ったのだろう。でも、これが俺と杏奈が仲良くなるきっかけになったんだと思う。
1対1で最初に勝ったのは俺だった。杏奈はそれまで、男子に負けたことがなかったらしく、しかもそれが女子の目の前だったこともあり、ズルしただの、服を引っ張っただの言ってもう一戦することになった。 次の対決を勝ったのは杏奈だった。そしたら杏奈は、
「じゃ、使わせてもらうわね〜」
と言ってきたので、俺は
「まだ、引き分けだろ。先に2勝したら勝ちだ」
と言って次の対決へ。
結局1対1を20回くらい繰り返したら休み時間は終わりを告げ、次の日へ決着を委ねることになった。
俺は杏奈が今までサッカーしたやつの中で一番上手かったので単純に楽しかったし、杏奈は生来の負けず嫌いだった。
馬鹿な対決を繰り返すうちに、俺たちは自然と仲良くなった。
それ以来、俺がイギリスにサッカー留学するまでは、毎日のように一緒に遊び、地元のクラブチームに入って一緒にサッカーをした。食事も、登下校も風呂も就寝も、何度共にしたか分からない。
小学三年生のあの時、その時間がどれだけ大切だったか理解していなかった俺は、彼女になんの相談もなしに渡欧の決断をしてしまった。
彼女の泣きじゃくる姿は今でも覚えている。
そして、俺が帰国し、転校して同じ中学になってから一度も話せていない。帰ってきて、まず杏奈に話しかけに行ったのだが、ガン無視されてしまった。別れてから6年経っているのだから、忘れられても仕方ないなと納得するしかなかった。
彼女を傷付けた後ろめたさからか、サッカーを呆気なく辞めてしまった恥ずかしさからか、彼女が記憶の中の彼女より綺麗な女の子になっていたからか、理由は分からないけれど。
俺がそんな回想に耽っていると、杏奈はスタスタと俺の前を通り過ぎ、園田先生に挨拶をした。
「おはようございます。遅くなってすいません」
「まだ五分前だから大丈夫よ!」
杏奈が雪ヶ丘高校にいることも驚いたが、まだサッカーを続けていたことにも驚いた。俺は、すでに辞めたものだと思っていた。
「あ、杏奈……お前なんでここに」
杏奈はこちらをチラリと一瞥すると、すぐに顔を背けてしまった。
俺と別れるまでの杏奈はいつも笑顔が絶えない女の子だったのに……。
あまりの出来事に呆然としていると、桃が心配そうに顔を覗き込んでいた。
心配をかけちゃダメだと思いながらも、俺は何も言うことができなかった。
俺たちの間でできた変な空気を切り替えるためか、園田先生がパンっと手を叩いて言った。
「それじゃあ、歴代最弱って言われてる雪ヶ丘学園サッカー部のメンバーに会いに行こっか!」
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