第1話
窓の外を見ると、白い雪がパラパラと降り落ちていた。
本日は雪ヶ丘学園高等部の入学試験の面接日である。
俺は昨日の筆記試験が上々の出来だったので、今日の面接で余程のことをしない限り合格は間違いないだろう。
しかし、パリッとした制服に身を包んでいるからか、それとも慣れない面接の前だからか、つい緊張してしまう。
待合室で背筋を伸ばして膝の上に握り拳を置いて座っていると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
ついに来た!
何度も練習して来た面接の手順を頭にもう一度思い浮かべ、教室のドアを叩く。
「失礼します」
その一言ともに教室に入り、横向きになってノブを持ち替えてドアを閉めた。
もう一度前に向き直ると部屋の真ん中に椅子がポツンと置かれている。俺がその脇に立つと、面接官が声をかけてきた。
「出身中学と名前を教えてください」
「富士見中学校の安達海斗です」
「はい。どうぞお座りください」
「失礼します」
音を立てないように座って、背筋を伸ばす。
ふぅ……、今の所上手くいっている。心の中で自分にそう言い聞かせて落ち着くと、面接官にしっかりと目を向ける。
面接官は二人で、一人は二十代くらいの長い亜麻色の髪の女性で化粧っ気は少ないがだからこそ美人だと分かる。もう一人も三十代くらいの短い黒髪の女性だが、こちらは目付きが鋭く少し怖い。濃い口紅が妖艶な雰囲気を醸して出していて、なんだか緊張が倍増した。
そんな風に面接官を観察をして、先ほどと同様、若い方の面接官が話しかけてきた。
「まずは本校を志望した理由を教えてください」
これはまたテンプレ通りの質問だ。準備して来た通りに返す。
「私は貴校の自由な校風に惹かれて志望しました。生徒の自主性を重んじ、且つ高い進学実績を誇ることができるのも生徒たちが高めあえる生活環境と質の高い授業があるからなのだと思い貴校を受験しようと決めました」
完璧だ。
「えぇ、それでは……」という言葉に続いて面接試験のよくある質問がいくつかされた。
しかし、ここで思わぬ質問が投げかけられた。
「安達くんは部活動をしていなかったようですが、何故ですか?」
えぇ、こんな質問されるの?
いいじゃん別に部活くらい。準備してきていない質問に対しどう答えようかと悩んだが、結局正直に答えることにした。
「今の中学校には二年生の始めの頃に転入したので、入るタイミングを逃してしまいまして……」
そう答えると得心がいったように頷き質問を続ける。
「では前の中学校では部活をされていたんですか?」
「サッカー部に入っていました」
「そうですか!私たち二人ともサッカー部の顧問なんですよ」
ほう!これは良いことを聞いた。
「あの!中学の時にサッカーをやめて、やっぱりサッカーが好きだって分かったんです!だから入学したら雪ヶ丘学園のサッカー部に入りたいと思っています。よろしくお願いします!」
俺が勢いよく挨拶をすると、しかし彼女たちは気まずそうに目を合わせている。俺がその様子を不思議に思っているのに気付くと躊躇いがちに話す。
「あー、いや、それはどーだろ」
タメ口になった。というか、なんだこの反応。俺が訝しんでいると続けて話す。
「うちのサッカー部、女子サッカー部なんだよねぇ〜」
「へ?」
言っている意味は分かるけど理解できない。
「え、いや、でも、パンフレットにはサッカー部って書いてありましたよね」
こんなこと言うと差別だと思われてしまうかもしれないが、普通サッカー部と言ったら男子サッカー部だろ?
パンフレットを一度しか見てないからあまり自信はないが。
「そうよ。だから女子サッカー部なのよね。だってうちの学校は去年まで女子校だったでしょ?」
………………。
「ええええええ!!!!!」
何それ知らないんですけど!誰も教えてくれなかったんですけど!!
というかヤバイ。大声を出してしまった。慌てて両手で口を閉じるが、二人の面接官がジトーっとした目で見てくる。すると、初めて目付きの鋭い方のお姉さんが話しかけてきた。
「知らずに受けたんですか?」
ひぃえええ!めっちゃ怖い。
「え、いや、えっと」
へへ、と笑顔を浮かべてみるが睨みつけるような目付きは変わらない。
「本当の志望動機を教えてもらってもいいですか?」
もうダメだ。志望動機がテンプレだってバレてる!誤魔化したいけど、この人が相手だとなぜか嘘をつける気がしない。
「それは……中学校の先生に近所で一番偏差値高い高校を教えてもらって……」
「その後自分で調べなかったんですか?」
「……はい。すいません」
「……分かりました」
うわぁぁああ!これ絶対落ちたやつだ!面接でマイナス五百点とかされるんだぁあ!などと、焦る俺を励ますように亜麻色の髪の面接官が声をかけてくれる。
「まぁ、あれだね!次から気を付けよう!」
ファイト!と胸の前で両手をギュッとしてポーズを取ってくれる。
ありがたいけど、次はないです。
だけれど、一応「はい」と答えておく。
「以上で面接を終わります。お疲れ様でした」
あぁ、終わってしまった。最後の最後にやらかして。
「ありがとうございました」
と挨拶して立ち、扉へと進む。そこでもう一度「失礼します」と言い教室の外へ出た。
これはアレだ。落ちたな。
「さっきの彼、どうです?」
綺麗な亜麻色の髪の女教師、園田摩利は面接採点シートに点数を記入しながら、今日の面接の相方である先輩教師、菅山桔梗に話しかけた。
「受け答えはしっかりしていたし、最後のも、まぁ、受験生の本音はみんなあんなものでしょう。でも、受験する高校を調べずに受けるなんて凄い神経をしているわね」
「そうですよ!元女子校って知らずに入ってくるなんてことあるんですね」
「今日の面接で話題に出なかったら、知らずに入学してくることになってたと思うと可笑しいわね」
「ふふっ!それは想像するだけで面白いですね!安達海斗君かー。ん?安達海斗……?どっかで聞いたことあるような」
「その手口で生徒をナンパするのはやめなさい」
「違いますよー!あれぇ〜?どこで聞いたんだろ」
「そろそろ次の子の面接に移りましょうか」
「はーい。はぁ、長いなぁ〜」
「……真面目にやってください」
「はいっ!」
園田はピシッと背筋を伸ばす。
どうぞ、と掛けた声と共に面接が再開した。
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