ノクターン
広い部屋にピアノが一つ。
君はその前に座ると、慣れた手つきで弾き始める。
それはショパンか、でなければバッハ。
あるいはもっと別の何かかもしれない。
つまるところ、眠くなるような美しい旋律。
その姿は月の光を浴びた水仙のようで愛らしく、物悲しい。
誰が君をそんなにしてしまったのだろう。
胸を締め付ける思いは言葉にならず、
ただ君をここから連れ去りたい。
そう思わせた。
どこか遠い場所に行こう。
君を悲しませる全てを置き去りにして。
他の大切なモノ全てをなげうって。
僕たちは僕たちの青い鳥を探しに行くんだ。
二度とここには戻らずに。
広い部屋に埃の被ったピアノが一つ。
あの頃と変わらぬこの部屋で、僕は慣れた手つきで弾き始める。
それはショパンのノクターン。
眠くなるような美しい旋律。
君を包み込む月明かりの旋律。
皺の刻まれた左手には、誓いを永遠にする輝き。
君のいないこの世界で、
僕は追憶に抱かれて眠る。




