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とある日の奇跡

作者: sino

思いつきで書きました。

私はネットで小説を書いているしがない一般人だ。友人には欲を持たない淡白な奴だと言われているが、しかしそれは思い違いだ。私にだって夢がある。

それは自分の書いた小説が世に出ることだ。そして、それがベストセラーになってくれればこれに勝る幸福はない。大体ネットで小説を書いている奴なんて、多かれ少なかれ皆こんな夢を持ってるはずだ。私はまだ実現できてはいないが…


さて、ある日のことである。久々に天気の機嫌が良くなった昼のこと、私が街中をぶらぶらと散歩していると、一人の少女がこちら目掛けて走ってきた。そして、息を切らしながら顔を上げて、何故か有名人にでも出会ったかのような顔でこう言った。

「すみません…もしかして、青山こしょう先生ですか。」

この言葉に私は非常に驚いた。何故か。当然であるが、私の名前は「青山こしょう」なんてキラキラネームも泣いて逃げ出すようなとんでもネームではない。これは私が考えたペンネームというやつだ。

もちろんネットでもあまり売れていない私にペンネームで話しかける者などいない。居たとしても、それは私が小説を書いていると知ってそれを揶揄う友人ぐらいだ。それ故に知らない少女が私をペンネームで呼んだことに、私は驚きを隠せなかった。

「あ、ああ…。」

辛うじて肯定の返事だけが喉から出てきた。

「やっぱり!私、先生のファンなんです!」

またもや衝撃が私を襲った。あんな小規模のネット小説にこんなファンがいたとは…。感動のあまり思わず手を握りそうになる。

だが、ここである疑問が私の頭に浮かんだ。彼女は一体どうやって私を特定したのだろうか。私も多少SNSを嗜んではいるが、顔写真を載せるほど愚かではない。それにも関わらず、彼女は私を認識した。

もしや私のストーカーではないか。

そうして、私は少女に疑惑の目を向けていたのだが、少女にとってそれは自分がファンであることを疑っているように映ったのだろう。

彼女はごそごそと鞄を中を漁ると、中から一冊の本を取り出した。

「ほら!先生の本だって、いつも肌身離さず持ってるんですから!」

もはや何度目か分からない。驚きのパンデミックだ。私の本。とうとう身に覚えのないものさえ登場し始めた。何が何だかさっぱり分からない。

しかし、私も伊達にネットで小説をあげていない。ひとまず状況を整理して、冷静に判断した後、私は一つの結論へと至った。


そうか…!異世界転生か!!


なるほど、間違いない。これほどまでに都合の良い状況。身に覚えのない事実。きっと、ここは私のいた世界とは違う世界なのだ。

そう分かってくると、途端に今の状況の可笑しさに思わず笑ってしまいそうになる。だが、それは何とか堪えた。ファンの前で嗤うなど、作家としてあってはならないことだからだ。

「ふむ。君は本当に私のファンのようだね。少しその本を見せてくれないか。」

私は冷静な態度を取り繕いながら、手に持っている本を確認しようと努めた。

「あっ、はい。どうぞ。」

少女は特に疑う様子もなく本を私に渡す。

私はその本をペラペラとめくった。


何ということだろう。文体どころか、地の文や台詞まで一言一句同じではないか。

その事実がまた、私の笑いを誘った。当然、私は我慢する。だが、表紙の帯にペンネームと共に自分の顔が載っていた部分。あれは危なかった。まさか本の帯に自分の顔を載せる日が来るとは。

しばらく堪能した後、私は日頃から意味もなく持ち歩いていたペンで背表紙にサインを書いて渡した。渡された少女は今にも天に昇りそうな表情をしており、それがまた私の笑いを誘ったが、ここでも何とか堪えた。

「ありがとうございます!」

感謝の言葉に、私の自己肯定感が刺激される。帯に顔を載せるぐらいだ。少なからず巻数も出ているだろうし、人気も中堅程度にはあるのだろう。本屋を覗いて自分の本を眺めてみたいと常日頃から思っていたものだ。

私は今にも飛び跳ねようとする少女を呼び止め、一つ質問をした。

「ねえ、君。この近くで私の本はどこに売っているんだい。」

ここは異世界だ。いつも行く本屋の位置も少し変わっているかもしれない。どうせならファンに聞いた方が良いだろう。

「本屋」ではなく、「私の本」と言ったのは単に言ってみたかっただけである。

「ああ、それならこの通りの右側にありますよ。黄色い屋根の建物です。」

なるほどいつもの場所だ。その言葉を聞き、意気揚々と歩き出す私に彼女は言葉を続けた。


「この本ならいつでも積んでいますから。」


私から笑みは消えた。

連載している「暗き闇夜に光あれ」の方もよろしくお願いします。

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