第1話 七瀬桜
ジリジリと太陽が肌を焦がす。
くらりと目眩を覚えながら、この夏を嬉しく思う。
飛行機が羽田に着陸する。
ノースリーブから覗いたなめらかな肩が、しっとりと光った。
飛行機の小さな窓から見える、無機質なビルの群れが、陽炎のようにゆらゆらと揺れる。
ずっしりと機体が滑走路に飛び込む。
遂に来た、七瀬桜は、想いをはせた東京に、興奮する。
空港のカーペットを、ヒールで歩きながら、何年ぶりだろうと指を数える。
7年ぶりだ。23才で東京を後にしたのだから。
来ようと思えばいくらでも来れた。
けれど、近いようで、一度、後にした東京は、果てしなく遠かった。
地元の友達は、次々と派手な結婚式をあげ、次々と元気な赤ちゃんを産んで、ママになった。
しかし、東京の友達は、一人残らず未婚だった。
桜も、2人の男性と付き合ったが、結婚には至らなかった。
1人はPRIDEと言う店を持つバーテンダー。
背が高く、端正な顔立ちで、少し無口な人だった。
東京から帰ってすぐ、寂しい時の一目惚れだった。
しかし、彼からすると私は、ちょっと気取った、都会の匂いをぷんぷんさせる、女でしかなかった。
俺とおまえは合わないと思うんだ、と言うセリフ一つ残し、田舎臭い女と結婚してしまった。
もう1人は漁師。
真っ黒に日焼けした優しい男だったが、ゆくゆくは姑になる婆が酷かった。
丁寧に挨拶しても返して貰えず、彼との部屋は覗かれ、桜は遂に胃潰瘍になってしまった。
しばらく、男はいらないと思っているうちに、桜は30才になった。
気持ちを落ち着け、自分を客観的に眺める。
このタイミングで、東京に行こうと浮かんだ。
楽しいのやら、辛いのやら分からず去ってしまった場所を、もう一度この目で見ておこうと思った。
そして、桜はしっかり諦めて来ようと誓った。