第一章 第1話 魔法
気が付くと俺は石畳のうえで横たわっていた。
何故だかおでこが少しむず痒い。
「ここは、一体・・・どこだ?」
「ここはね、エルヴィウム領の外れにあるアフラ村の祭壇よ。そしてアナタは5人目の召喚者。よろしくね」
褐色の肌にやや黄色がかった白に近い美しい髪の美女がおれにの顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「え・・・」
思わず思考が停止する。
ゆっくりと動き出した脳みそが答えを3択まで絞った。
まだ夢をみているのか。
寝ている間に外国へ連れてこられたのか。
ありえないが、FAXを送ってきた神とやらが言っていた世界に来たのか。
(いや、このリアルな石の触り心地からして夢は無い・・・な)
「ほら、ボーっとしてないで立ちなよ!お腹すいた?ご飯食べる?」
先ほどの女性が矢継ぎ早に話しかけてくる。
やけになれなれしいが俺の境遇を知っていそうだった。
「お腹はすいているんですけど、状況に混乱してまして。もしご存知でしたらいろいろ教えて頂けませんか?」
――ぐぅ~~っ
質問を終えると同時にお腹が鳴った。
「あはははっ。わかった。ご飯食べながらそのいろいろを教えるっていうのはどう?」
「さ、賛成です」
こうして俺は人生初、名前も知らない女性にご馳走になることになった。
―――
さっき会った女性と彼女の家に向かった。
道中お互いに自己紹介をした。
彼女の名前は“キィラ”と言うらしい。顔立ちからして俺のいた国の人間ではなさそうだ。
彼女の家までの道のりは長かった。名前に検討もつかない植物や動物。
映像でも見たことがない建築。そして風景に目を奪われていた。
5分ほど歩くと彼女の家に着いた。
曲線に加工された木材をふんだんに使った家で、細部に装飾が施されており、俺の住む鉄筋造りのマンションとは大きく違っていた。
「たっだいま~」
「あ、おかえり、キィ姉。この人もしかして召喚者?」
「そそ。お腹すいてるみたいだったから連れてきたんだ」
キィラさんは、弟らしき人物に非常に簡単に説明を済ませた
「あの、はじめまして。キィ姉の弟のシィラといいます。よろしくお願いします」
「あ、はいっ。こちらこそはじめまして。町風音です。召喚者?というらしいです。よろしくお願いいたします」
どうみても歳下の少年だったがやけに礼儀正しかったので、名刺交換の時のような緊張感を覚えながら挨拶してしまった。
「ねぇ、風音ってやけに固い喋り方するよね。もっと気楽にしてよ。こっちが気をつかうじゃない」
さっそくキィラさんに指摘を受ける。
「すみませんキィラさん。初対面の方と話すことは会社でしかなかったのでつい・・・」
「会社?なに言ってんの。それとそのキィラさんってのも禁止!キィラでいいよ。さ、何か食べようよ。あたしも君が起きるの待ってたらお腹すいちゃった」
どうやらあの石の祭壇で俺のことを起きるまで待っててくれたらしい。
「わかった何か作るよ!風音さん、今食材があまりないから豪華なものは出せないけどゆっくりしてってね」
(弟の方が作るのかよ・・・)
「料理ができるまで君が知りたがっていそうなことを説明するね」
「助かります」
「その~です、とか~ますも禁止!」
「わかりま・・・わかった」
「よし!偉い。じゃあさっそくだけど落ち着いて聞いてね。あなたは神様がこの世界に召喚した5人目の異世界人よ」
どうやら俺は異世界人らしい。
一番ありえない選択肢が当たっていたようだ。
「んで、なんであたしがあなたが起きる時にあの祭壇にいたかというと、家が祭壇に近いから今年の当番だったのよ。1年に1回異世界人が召喚される時祭壇がパーっと光るの。それ見てから急いで駆けつけたんだけど、風音がなかなか起きないからおでこにゴンダムシを置いてみたりしながら少し待ってたってわけ」
(何だ、ゴンダムシって。おでこがむず痒かったのはこいつのせいか・・・)
異世界人が召喚されるときには当番制で迎えに行くらしい。
「あと、道中出会った動物だけど、フッサフサして角が2本生えてたやつがノイシ。長くてニョロニョロしてたやつがビーへー。黄色の実がたくさんついてた木が・・・」
「あ、あの。こっちから質問してもいい?」
知りたがっている情報まで時間がかかりそうだったのでこちらから聞いてみることにした。
「ん?いいよ。」
「じゃあ、まず最初に聞いておきたいんだけど、元の世界に帰ることってできるの?」
「それはわかんないな~。風音含めて召喚者は5人だけど帰ったって話は聞いたことないかな~」
異世界人はみんな帰ったことがないようだ。
現状手立てがないということは、しばらくはこの世界にいないといけないらしい。
俺のほかにいるという異世界人に状況を聞いたほうが良さそうだな。
「ちなみに、異世界人ってどこにいるの?4人ともこの世界にいるんだよね」
「一応いるにはいるんだけど、1番目の人は全くわかんないな~。会社?っていう組織を作ってどこかにいるはずなんだけど何年も見てないや。2番目の人は魔法を研究する国にいると思うよ。3人目と4人目は旅してばっかだからわかんないな~」
すぐに会えそうな人物はいなさそうだった。
定住している2人目の異世界人のところに行くのが手っ取り早そうだが別の国にいるようだったので、きっと距離があるだろうし現実的ではない。
1人目の召喚者が会社を設立しているというのは気になったが、キィラはピンと来ていないようだったので、この世界の文明レベルは俺のいた世界よりもだいぶ低そうだ。
(もう少し情報を集める必要がありそうだ)
「ご飯できたよ~」
シィラくんがとても美味しそうなご飯を作ってきてくれた。
しかもたったの数分で作ったのか。おそろしい料理の腕前だ。
しかし、どこかで嗅いだことのある匂いがする・・・。
「シィラありがと!今日はノイシレーカなんだね。これ大好物!」
そうだカレーの匂いだ。この世界にも見知ったものがあるという安堵感に少し気をゆるめることができた。
そして少しピンときたことがある。この世界のネーミング法則は、カレー ⇒ レーカのように俺のいた世界の言葉をもじったもののようだ。おそらくゴンダムシはダンゴムシ。ノイシはイノシシ。ビーへーはヘビだ。
(名前からある程度予測できるかもしれないな。てかダンゴムシ人のおでこに乗せんなよ)
「なに真剣な顔で料理見つめてんの。シィラの料理はなんでも美味しいに決まってんじゃない。さ、食べよ」
キィラはそう言うと神に祈りを捧げるように手を握った。シィラも同じように祈っている。
俺は見よう見まねで祈りを捧げた。豪に入っては豪に従え、だ。
お腹がすいていた俺はスプーンでさっそく一口目を口に運んだ。
(なんだこれ・・・美味すぎだろ)
俺が食べたことのあるどんなカレーよりも美味かった。舌がチープなものに慣れていただけかもしれないが。
「シィラくん!これ美味しいよ!こんなカレ・・・レーカ初めて食べたよ」
「えへへ、ありがとう。調理魔法のおかげなんだけどね。それと僕もキィ姉みたいに、“シィラ”って呼んでいいよ」
「うん、わかったシィラ。じゃあ俺のことも風音って呼んでくれ」
(がさつな感じのする姉に比べて人当たりが良さそうですごく好感が持てる子だ。きっと上司に可愛がられるタイプだな)
「ところで調理魔法ってなんだ?もしかして魔法使えるの?」
「うん、僕は調理魔法が発現してるよ。まだレパートリーは少ないけどね。そういえばキィ姉、魔法の説明してなかったの?召喚者さんまた混乱しちゃうんじゃない?」
「あ、そうだった説明してなかったわね。この世界ではみんな何かしら魔法が使えるのよ」
「本当かそれ!?」
小さい頃なら誰もが憧れたであろう“魔法”。
なんとこの世界ではそれが誰でも使えるというのだ。期待感とワクワクで胸がいっぱいになった直後だった。
「召喚者はみーんな使えなかったけどね~あははは」
そう言いながらキィラは笑う。
(上げて下げるとはこのことか・・・)
「お、落ち込まないで。他の召喚者さんはみんないろいろな能力を持ってたからきっと風音にも何かできるはずだよ」
シィラがすかさずフォローしてくれる。
「その能力っていうのは召喚者に特別備わっているものなのか?」
「うん、召喚者さんはみんな職業っていうものを持ってたらしく、その技術を使うって言ってたよ」
つまり元いた世界で就いていた職業のスキルをこの世界で使っていると言いたいらしい。
その考え方で行くと会社という概念が無さそうなこの世界では、俺みたいなサラリーマンは“無能力者”ということになってしまう。
「シィラ、残念だけど俺、能力ないかも・・・」
「あははははっ!なにもできないじゃん!」
キィラが笑っている。
「じゃ、じゃあキィラはどんなすごい魔法が使えるんだよ!」
小馬鹿にしてくるキィラに赤面しながら聞いてみた。
「あたし?あたしの魔法はコレ!」
キィラは突然両手を上げ、指の先から様々な色の光を放った。
「ほら、どう?綺麗でしょ。これでいっつもお祭りとか盛り上げてんの」
キィラの魔法は、指のさきからいろんな色の光を出すことらしい。
(な、何の役に立つんだコレ・・・)
「き、綺麗だと思う。多分」
俺は無表情のまま答えた。
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