7話〜妹と初めての日曜日③〜
『妹とベンチプレスで盛り上がる』
という字面にしたら中々意味のわからない奇行をした後、ゆっくりとお茶を飲む事にした。
クローゼットから取り出した折りたたみのちゃぶ台の上に飲み物を置き、俺は椅子に、香恋ちゃんはベッドに腰掛けてもらいまったりと過ごす。
その香恋ちゃんの足元にはあの不思議な形をした鞄が大事に置いてある。
うん、いい加減聞いて上げようかな。
「香恋ちゃん。
ちなみに、その鞄の中身はなーに?」
ある程度予測はついているが、聞いて欲しそうな目をずっとしているので俺から当てる事はしない。
子供に対して答えを当ててしまうより、こうやって聞いてあげた方が喜ぶのは経験談だ。
「えっと、これはねー」
案の常、香恋ちゃんは笑顔になり、鞄についてる金属の留め具をパチンと外し、
「じゃーん、トランペットでしたー!」
中からトランペットを取り出した。
俺は「おー、凄い」とパチパチ拍手をしてあげる。
何が、凄いかはわからないが凄いものは凄いのだ。
「えっとね、お母さんが『お兄ちゃんが吹いていいよって言ってくれたら吹いてもいいわよ』って言ってたんだけど、吹いてもいーい?」
最後は可愛らしく首を傾げ聞いてくる。
これで駄目という程俺も意地悪ではないので、
「勿論、吹いていいよ。
むしろ、香恋ちゃんのトランペット聞いてみたいな」
と肯定してあげる。
普通なら音漏れを気にするのだろうが、
特に煩い人が近所に住んでいる訳ではないし、
例え音漏れしたとしても麗姉の家までだろう。
麗姉からの苦情は後で俺が引き受けるとして、今は香恋ちゃんを甘やかす事だけを考える。
「やった、ありがとう♪」
香恋ちゃんは上機嫌にそう言うと、トランペットケースの脇ポケットから折りたたみ式の譜面台を手際よく組み立てる。
そして、組み立て終わった譜面台に譜面をセットすると、瞳を閉じてロングトーンの音を鳴らしてトランペットの音合せをしていく。
その音合わせが終わると、瞳を開けて、
「それじゃあ、お兄ちゃんのために練習してきた曲を1曲だけ吹くね♪」
と、嬉しい事を言ってくれた。
そして、香恋ちゃんはスッと息を吸い込み――
――俺のためだけのコンサートが始まる。
曲の出だしは軽快なスタッカートのリズムとトランペットらしい高音から始まり、低音を織り交ぜながら序盤が流れていく。
中盤はたゆたうような、踊るような曲調から徐々に盛り上がってきた所で、
タッ、タッ、タッ、タラララー、ラーッ、ラッラー、タララーララッ、タッラッラッ、タッラッラッ、タッラッラー
と、サッカーの応援で聞いたようなメロディーが繰り返し流れる。
あれ、この歌はなんて言ったっけ?
俺が曲名を思い出している間にも香恋ちゃんの演奏は進んでいく。
俺は曲名を思い出す事を放棄し、曲に集中する。
終盤間際になってくるとテンポが徐々に速くなり、音も段々強くなっていく。
そして、ラストは燃え尽きるかのような盛り上がりで演奏が終わった。
香恋ちゃんがトランペットを降ろし、一礼したところで、俺は椅子から立ち上がり割れんばかりの拍手を送る。
「えへへー、どうだったー?」
香恋ちゃんがやりきった満面の笑みで聞いてくるが、俺からしたらこの拍手が答えだ。
――圧巻。
――その一言に尽きる。
前話の俺のベンチプレスなど鼻で笑えるレベル。
むしろ、ハナクソと言っていい。
俺なんかより何倍も、何十倍も凄い。
音楽なんて学校の授業でしか接して来なかった俺ですら、鳥肌が立っているのだから。
だが、香恋ちゃんは言葉にして欲しいみたいだから、キチンと伝える事にする。
「うん、本当、凄いよ。
鳥肌が立つぐらい凄かった。
俺のためにありがとうね」
と、きっと俺の感動の1/10も言葉に出来ていない感想を述べる。
だが、俺の可愛い妹は、
「えっへへー、お兄ちゃんがほめてくれたー」
と、顔をふにゃふにゃにして喜ぶ。
そして、トランペットを大事に下に置くと、俺に「えいっ♪」と勢いよく抱きついて来た。
「ちょっ――」
俺は不意の抱き付きにバランスを崩すが、何とかベッドに腰をかける事に成功する。
だが、香恋ちゃんは抱きついたまま離れようとしない。
それどころか、
「お兄ちゃん、もっとほめてー、さっきみたいに頭なでてー」
と、顔を俺の胸に埋めてご褒美を要求してくる始末。
はい、完璧に幼児退行してますね。
しかし、さっきは褒めて今の演奏を褒めないのは失礼だし、香恋ちゃんも嫌がっていない――てか、香恋ちゃんがそうして欲しいと言っているんだから、ここは素直に頭を撫でるべきだろう。
そう自分を正当化してから「偉い、偉い」、「凄い、凄い」と繰り返しつつ頭を優しく撫でてあげる。
その度に香恋ちゃんは幸せそうな声をあげるが、香恋ちゃんから離れようとはしない。
さっきは割とすぐに満足してくれたけど、今回は長そうだなと思いつつも満足してれるまで撫でる事にした。
それにしてもと俺は思う。
借りて来た猫のような香恋ちゃん。
思った事がすぐに口から出ちゃう香恋ちゃん。
幼児退行する香恋ちゃん。
そして、俺をゾクッとさせるような演奏をする香恋ちゃん。
今日1日だけで、これだけ多くの香恋ちゃんの一面を見れたのだ。
今後、家族として過ごすとなるともっと色んな一面を見せてくれる事もあるだろう。
だから、俺はこれからも可愛い妹を愛でて行きたいと思う。
副題 <可愛い妹が出来たので愛でます>
溢れ話と言う名のオマケ①
兄「ところで、あの曲名ってなんだっけ?」
妹「えへへー、何でしょう?」
兄「分からないから、お兄ちゃん教えて欲しいな?」
妹「えっとねー、うーん、やっぱりそれは乙女の秘密ー!」
兄「そっかー、秘密かー。
秘密なら仕方ないかー。
(まあ、後で調べればいいか)」
妹「うん、秘密なのー。
だから、後で隠れて調べたらお兄ちゃんの事嫌いになるからね♪」
兄「アハハ、お兄ちゃんがそんなことするわけないじゃないかー。
(えっ、何でバレたの?)」
オマケ①副題 <妹の秘密>
溢れ話と言う名のオマケ②
兄「そう言えば、トランペットって難しいの?」
妹「お兄ちゃんも試しに吹いてみるー?」
兄「えっ、いいの?」
妹「うん、勿論」
兄「それじゃあ、せっかくだから吹いてみようかな」
妹「(やったね!)じゃあトランペット渡すね。
えっと、左手のここはここに引っ掛けて、こう持って、右手はこうして――
うん、これが基本の持ち方だよー
それと吹く時は息を吐くだけじゃあ音は鳴らないから唇を振動させてね♪」
兄「唇を? 振動?」
妹「えっとねー、私の唇を見ててねー」
兄「わかった(唇も可愛いな)」
妹「こう横に引き締めて――――今唇が振動してたの見えたー?」
兄「何となく」
妹「最初は難しいからツバをぶってやるつもりで行くとやりやすいかも!」
兄「っ、女の子なんだからツバとか言わないっ!」
妹「ツバは普通の言葉だよー?
ここの部分から『ツバ抜き』って言ってツバを抜くぐらいだし」
兄「あっ、そうなんだ」
妹「うん、うん。まあ、本当はツバじゃなくてほぼ体内に含まれてた水蒸気なんだけどねっ♪」
兄「なら、水抜きで良くない?」
妹「たしかに、なんでだろーね?
まあ、とにかくそれぐらいのつもりで吹いてみよう!」
兄「お、おう。
それじゃあ、試しに――――『ブベッ』」
妹「――――」
兄「――――」
妹「まあ、みんな最初はそうだから、気にせず吹けるまで吹いてみよー♪」
兄「はい」
[十数回トライ中]
兄「『ドォォオ』、あっ鳴った」
妹「うん、鳴ったね!
今の音が低いドの音だよ♪
それで慣れてくると同じ音程でも音が透き通ってくのが分かるよ♪
ちょっと返してー」
兄「ああ、勿論」
妹「よく聴いててねー――『ドーーーー』――」
兄(あっ、間接キスっ)
妹「ねっ、同じ音程でも全然違うでしょ?」
兄「おう、そうだな。
今日はいい勉強になったよ。
(気づいてないみたいだから、まあ良いか)」
妹「また吹きたくなったらいつでも言ってね♪
(お兄ちゃんと初めての間接キス、うっれしぃなー♪)
オマケ②副題 <兄は妹の手のひらの上で>