6話〜妹と初めての日曜日②〜
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「いえいえ、お口に合ったようで良かったわ」
俺は手を合わせて食後の礼を言うと、香澄さんが頬に手を当ててにっこり微笑む。
お昼ご飯は唐揚げにご飯、それとお味噌汁だった。
唐揚げはカラッと揚がり肉汁もよく出ていたし、お味噌汁については毎日飲んでみたいと思うほどだった。
俺もお味噌汁については色々作ってるいるが、ダシが違うのか旨味が段違いで良かった。
今度、良かったらどうやってダシを取っているか聞いてみようと心に決める。
ちなみに、料理に関しては出来立てであった事を不思議に思い、どこに住んでいるのか聞いた所、なんと国道と線路を挟むが徒歩で10分ほどの距離らしい。
国道と線路で学区が変わってしまうので香恋ちゃんと小学校は別だったし、中学校に至っては香恋ちゃんが私立に通っているので今まで見たことがなかったのだろう。
もしかしたら、どこかですれ違っていたりしたかも知れないがifの話をしても仕方ない。
なお、昨日は一緒のタクシーで帰ったが、俺1人だけ先に自宅で降ろされていたので、詳しい場所はわからない。
そして、4人全員が食事を取り終えると、
「それじゃあ、俺と香澄は家具とか見繕ってくるから2人で留守番頼むわ」
と言い残して、すぐに父さんと香澄さんが出かけていった。
香恋ちゃんの家具については前もって決めていたみたいで、今日はこの前まで悩んでいた香澄さんの家具を決めに行くとの事。
俺はキッチンで食器を洗い終わった後、椅子に座って待ってもらっていた香恋ちゃんの所に向かう。
誤解のないよう言っておくが、洗い物については香恋ちゃんも手伝うと言ってくれていたが俺が断った。
可愛い妹の手を水仕事で傷つけたくなかったからだ。
過保護とか兄馬鹿とか気にしすぎといってくれても構わない。
さてと、
「とりあえず、家の中でも案内しよっか?」
俺は香恋ちゃんに訊ねる。
ずっとここに座って留守番してても仕方ないしね。
「うん、ありがとう」
と、香恋ちゃんが喜んで席を立つ。
そして、玄関から客間、リビング、庭、お手洗い、洗面所、脱衣所、浴室とまず1階から案内していく。
案内と言っても普通より家が広いだけなので、特に変わり映えはしないと思うが、
案内する度に香恋ちゃんが「ほわぁ」とか「ほへぇ」とか「えぇ〜」と様々な擬音語を出しながら表情をコロコロ変えてくれるので結構楽しい。
一通り1階を案内した後は2階を案内をする。
といっても、2階は廊下と4つの部屋の入り口が並んでるだけである。
イメージとしたら、
父さんの部屋――――――香澄さんの部屋
| |
俺の部屋――階段――香恋ちゃんの部屋
こんな感じ。
とりあえず、開けっ放しになっている手前右側の香恋ちゃんの部屋を紹介する。
「ここが今度から香恋ちゃんの部屋になる所ね」
と言っても、荷物は全て出したので、中は空っぽで面白みもない部屋なのだが、
「うわっ、すごい広いね!
すごい広いよ、お兄ちゃん!!」
と、香恋ちゃんはピョンピョン跳ねて喜んでくれる。
うんうん、お兄ちゃんも香恋ちゃんが喜んでくれて嬉しいよ。
テンションが上がっているからか、言葉遣いもすっかりくだけているのも良い。
そして、香恋ちゃんは部屋の中に入り、両手を広げて部屋の大きさを確認したり、家具の配置を思い浮かべているのか部屋の中を歩いては立ち止まり目をキラキラさせている。
うん、喜んでくれているのはいいんだけど――メッチャ熱い。
元々物置部屋だった事もあり、この部屋だけエアコンがまだ設置されてないのだ。
引っ越して来る前にエアコンは手配しているとは父さんの今日の発言だったが、今は申し訳程度に窓が開いているのみ。
「香恋ちゃん、次行くよー」
俺は熱中症になる前に声をかける。
「はーい♪」
語尾に音符がつきそうなテンションで香恋ちゃんは返事をし、足取り軽く俺の所に戻ってくる。
うーん、凄い可愛いんだけど、何でだろう?
緊張感がなくなったというより幼児退行してる?
言動が5歳ぐらいの子供に見えて仕方ないのだ。
そう、近所の祭りの子供神輿を手伝っている時に群がってくる子供達のはしゃぎっぷりを彷彿させる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
香恋ちゃんが俺の腕を触りコテンと首を傾げる。
「ううん、何でもないよ。
それじゃあ次ね」
「うん!」
気持ちを切り替えた所で2階の案内を続ける。
と言っても、「奥側右手が香澄さん、奥側左手が父さん、それで手前左手が俺の部屋だから」の一言で終わってしまう。
それ以外に説明のしようもないからな。
香恋ちゃんは一言だけの説明に不満なのか、ずーっと一点を見ている。
見ている先は俺の部屋の入り口だ。
「えっ、と、俺の部屋にも入ってみる?」
試しに聞いてみただけなのだが、
「うん、見たい見たい!」
かなり食い気味に香恋ちゃんが頷いてくる。
「わかった、わかった。
それじゃあ、部屋に入る前に一旦飲み物取ってこようか。
香恋ちゃんも喉渇いたでしょ?」
「うん、ありがとう!」
香恋ちゃんの快活な返事を聞いた後、2人して階段を降りる。
階段を降りると俺はリビングを通りキッチンへ、香恋ちゃんはリビングで待ってもらう。
「香恋ちゃんはカルピスと麦茶、どっちがいい?」
冷蔵庫の扉を開け、俺は香恋ちゃんに訊ねると、
「カルピス!」
と、香恋ちゃんが即答してくれた。
「はーい」と俺は返事をし、自分用の麦茶を注いでから、カルピスを作り始める。
そう言えば、何でカルピスの原液ってあんな甘ったるいんだろうな? と、思いながらさっと作り終える。
俺は飲み物をお盆に乗せ、香恋ちゃんは不思議な形をした鞄を手に持ち、再び階段を登る。
「それでは御開帳――てね」
少しおどけて見せ、俺は片手で自室のスライドドアを開ける。
「うわぁ」
と、香恋ちゃんが部屋を覗きこみ、感嘆な声を洩らす。
俺の部屋にあるのは、ベッドと机、本棚、クローゼット、箪笥、それと筋トレグッズぐらいである。
なお、俺の部屋は普段からスッキリと片付ている。
何故なら、散らかすと麗姉が煩いからだ。
勿論、ベッドの下にエロ本なんて物もない。
エロ本なんか持っていた日には必ず麗姉が見つけ、公開処刑されるのが目に見えているからだ。
危ない橋は渡らない。
これ、本当大事。
トコトコと香恋ちゃんが部屋の中に入って行き、物珍しい筋トレグッズをマジマジと見始める。
俺はその間に机の上にお盆を置くと、
「ねえねえ、お兄ちゃん、これなーにー!?」
と、ベンチプレスを指差して、俺に訊いてくる。
女子中学生が普段見る事はないから興味を誘ったのだろう。
「それはベンチプレスだよ。
そこのマットに寝そべって重りを持ち上げるやつ」
「へー!」
俺は簡単な説明をした。
因みに、このベンチプレスは俺が購入したものではなく、去年の誕生日に麗姉からプレゼントされた物である。
曰く「二次性徴も終わって来たから、次からはもっと筋肉をつけなさい、わかった?」との事。
少なくとも中3にプレゼントする物ではない。
「お兄ちゃん、私もやってみていい!?」
俺が物思いにふけっていると、香恋ちゃんがとんでもない発言をしてくれる。
「えっ、」
俺はあまりの発言に呆然となるが、それを駄目と受け取ったのか香恋ちゃんが目を潤ませる。
「もしかして、だめ?」
と、上目遣いで追撃を喰らった日には、
「全然OK、OK! ただ、香恋ちゃんにはちょっと重いから1番軽くしようね!」
「やったー!」
と、こんな流れになってしまっても仕方ないと思う。
うん、俺は悪くない。
香恋ちゃんのために俺はせっせとバーから重りを外しセッティングしていく。
バーだけでも20キログラムはあるので不安はあるが、女の子でも大丈夫……だよな?
セッティングが完了したら、基本的なノーマルベンチプレスのやり方をざっくり説明する。
香恋ちゃんは何だかわかったようなわからなかったような反応だったので、案ずるより生むが易しとも言うから一先ずやってもらう事にする。
俺は万が一に備えバーに手を添えてから、香恋ちゃんにやってもらうが――
――何というか、目のやり場に困る。
女子中学生が軽く足を開き、寝そべって重い物を持ち上げているのだ。
いくら香恋ちゃんが中3にしては小柄と言えども、膨らむ所は膨らんでいるし、その上顔を真っ赤にして「うーんっ!」と声を漏らすのだ。
もう、ね。
普通の筋トレ器具がエロい道具にしか見えなくなってくる。
香恋ちゃんが規定の7回をゆっくり持ち上げた時には、香恋ちゃんだけではなく俺も別の意味で汗をかいていた。
そんな俺の気持ちを知る由もない香恋ちゃんは、
「やったー、出来たー!」
と、立ち上がり俺を見てくる。
その目は『褒めて、褒めて!」と力強く物語っていた。
うん、この子は妹。
むしろ、近所の5歳児の子供。
OK?
と、自分に暗示をかけると、気持ち落ち着いたので簡単なものである。
「うん、よく出来たね。凄いよ」
俺は近所の子供にしてやるように頭を撫でてやると、「えへへぇ〜」と香恋ちゃんが喜ぶ。
しばらく撫でてあげると満足したのか、
「次はお兄ちゃんやって!」
と、おねだりしてくる。
「うん、いいよ」
俺は喜んで首肯する。
変な気持ちを鎮めるためにも丁度いい。
俺は再びバーの両端に40キログラムずつ重りをはめ、バーを含めて100キログラムにしたらセッティング完了。
因みに、これが麗姉から出された今月のノルマの1つだ。
高1にやらせるとか本当、麗姉の正気を疑うよね?
「ふぅー」
俺はロングブレスをはき、精神統一させてからノーマルベンチプレスを始める。
降ろす時はゆっくり、上げる時は素早く緩急をつけて、各筋肉を意識する。
怪我をしないよう手首も意識しつつ、7回行う。
そして、インターバルを挟み、もう2セット繰り返す。
終わる頃にはクーラーをガンガンに効かせた室内でも汗ダグダグとなるが、平常心に戻れたから良しとしよう。
俺は立ち上がり、箪笥からタオルを取り出して汗を拭う。
あれ、そう言えば香恋ちゃんが静かだなっと香恋ちゃんを見ると、ただ呆然と立っていた。
だが、俺と目が合うと我に返ったのか、
「えっ、えっ、すごい! すごい!! すごい!!!」
と、大声を上げて、俺の腕や背中をペタペタ触ってくる。
若干気恥ずかしく思うが悪い気はしない。
「どうだ、お兄ちゃんは凄いだろ?」
調子に乗って自慢げに言ってみる。
他人から見たら「何、コイツキモっ」ってなる事案だが、
「うん、わたしのお兄ちゃんはすごい!」
と、香恋ちゃんが羨望の眼差しで言ってくれたので、まあ良し!
麗姉の誕生日プレゼントに初めて感謝してもいい気持ちになった。
副題 <実質、お家デート>