29話 〜妹と兄妹喧嘩〜
「春樹ー、これそっちに頼む」
「りょーかい」
俺はキッチンから出来上がったサラダと切り分けたチキンを春樹に手渡す。
たらこソースも作ったし、後はパスタを茹でるだけだ。
俺は食器を持ち、リビングに戻ってテーブルに並べてから椅子に腰掛ける。
「優っち、おつかれさん」
「おっ、サンキュー」
春樹が麦茶を注いでくれたので、喉を潤す。
「妹ちゃんはもうすぐ帰ってくんの?」
「ああ、そうだと思うよ」
俺は時計を見ると、メッセージが来ていた時間をちょっと過ぎたぐらいだ。
多分、そろそろ家に着くんじゃないかと考えていると、玄関からガチャガチャと音がした。
噂をすれば影ってやつかな。
扉が開いた音がした後、
「ただいまーー!」
「おっじゃましまーす!!」
と、香恋ちゃんの声に続いて、明るい声が玄関から聞こえてきた。
「あれ?」
「ん? どうした春樹?」
春樹が首を傾げたので、俺は春樹に声をかける。
「いやー、なんとなく聞いた声だと思ってさ」
「はい?」
俺もその言葉に首を傾げてると廊下からタッタッタッと歩いてくる音が聞こえ、
「お兄ちゃん、ただいまー♪」
「うん、お帰り」
先ずは香恋ちゃんだけ姿を見せる。
今日の香恋ちゃんの服装は制服ではなく、薄着のワンピースである。
香恋ちゃんの学校はここ数年の猛暑もあり、夏休み時の部活動は私服でもいいみたいだ。
熱中症対策はもちろんのこと、汗で制服が匂ったり透けたりするからとクレームがあったらしい。
俺からしたら可愛い香恋ちゃんを眺められるのでグッジョブと言いたい。
「それでなっちゃんを紹介するね!」
香恋ちゃんはそこで言葉を切ると、廊下からなっちゃんらしき少女が姿を見せる。
「どもども! 2人の愛の巣にお邪魔しますっ!
レンレンの親友、なっちゃんこと立花――
「あっ、夏実じゃん」
なっちゃんの自己紹介中に春樹が口を挟む。
「ん、って、あれーー!?
なんでアニキがいんのさ!?」
「いや、ここダチの家だし。
いてもおかしくないだろ。
てか、夏実、お前俺のチャリ勝手に乗ってっただろ」
「別にそれぐらいいいじゃん!?
速いし、軽いし楽なんだもん!」
「いやいや、良くねぇから。
そのせいでこの炎天下の中走るハメになってっからな」
「可愛い妹が楽出来たと思えば安いもんじゃん」
「いやいや、ありえねぇから。
てか、お前ちゃんとヘルメット被ってるか?」
「被るわけないじゃん。
暑いし、あれ髪の毛蒸れるし」
「アホかっ!
ロードバイク舐めんなよっ!」
「うー、アニキうっさい!
レンレンの前で怒んないでよ!
印象悪くなるじゃん!」
「お前の印象なんか知ったことか!
万が一、事故ったらどうすんだよ!?」
「子供じゃないんだから事故なんてしないからっ!」
「んな理論が通じねぇから事故はなくらねぇんだよ!」
俺と香恋ちゃんを置いてきぼりにし、春樹となっちゃんが口喧嘩を始める。
あー、なんだ、これはいわゆるアレか。
香恋ちゃんの友達のなっちゃんは春樹の妹、と。
兄妹揃って友達とか世の中狭すぎんだろ、おい。
それと、なっちゃん。
ヘルメットはちゃんと被った方がいいぞ。
春樹のチャリはフラットタイプとはいえ、Gから始まるメーカー製のロードバイクだ。
普通のママチャリとは違い、スピードはかなり出るしタイヤも細いからバランス感覚も違う。
軽く数万円はするチャリは普通の高校生には不釣合いだが、3年間電車で通学するより安いからと親を説得して買ってもらったと自慢された事がある。
なので、普段から春樹はチャリ通だ。
見た目や普段の軽いノリとは違って、春樹は交通ルールは必ず守ってるし、安全にも気を使っている。
そんな春樹だから、今回の件に関しては人一倍腹立たしいのだろう。
まあ、シスコンの春樹だから、可愛い妹が怪我したらたまらないってのが一番の理由な気もする。
だから、なっちゃんが100%悪いのだが、年頃の少女に理屈じゃない感情が優先される事もあるんだろう。
「つうか、キチンと守れねぇならマジで親父から注意してもらうかんな?」
「ないないないそれはほんっとうない!
たかだがそれだけで父さんに告げ口する!?」
「たかがそれだけじゃねえから言ってんだよ!」
「はーい、ストップ。
とりあえず、一旦席に座って落ち着け、な?」
このままだとヒートアップする一方なので、俺が喧嘩の仲裁に入る。
春樹となっちゃんは押し黙ってくれるが、肩で息をしている分まだ興奮してるんだろう。
香恋ちゃんはと言うと……ポカンと呆けてる感じ。
「うん、もう一度言うけど、2人とも席に座って。
香恋ちゃんも座ってね。
あっ、飲み物はカルピスの方がいい?」
「あっ、うん。お兄ちゃんありがとう」
いつものやり取りに香恋ちゃんがホッと息をつく。
うんうん、香恋ちゃんの呆けてる顔も可愛いけど、やっぱ笑顔が一番だからな。
俺はゆったりと飲み物を用意して、席に戻る。
「春樹、とりあえず落ち着いたか?」
「あー、優っち。悪い、つい熱くなっちった」
「別に気にすんなよ。
えーと、それでなっちゃん? それとも夏実ちゃんの方がいいかな?」
「あっ、なっちゃんでいいです。
そっちの方が呼ばれ慣れてるんで」
なっちゃんがバツが悪そうに答える。
まだ、気持ちの整理はついてないようだ。
「了解。
えっと、遅くなったけど、俺が新しく香恋ちゃんの兄になった小鳥遊優です。
なっちゃんのお兄さんの春樹とは同じクラスで仲良くさせてもらってます。
以後、よろしくね」
「ああ、はい、よろしくです」
「それで今の件だけど、なっちゃん自身、あまり良くなかったって分かってるよね?
まあ、認めたくなくて熱くなっちゃう気持ちはわかるけど、シスコンの春樹が心配しちゃうのも気にしてあげてくれ、な?」
「って、優っち!?」
「うー、すみません」
なっちゃんが軽く頭を下げてくれる。
春樹は慌ててるがそれは気にしない。
「はい、じゃあこの件はこれでお終い。
最後の料理作るから、ゆっくりくつろいでて」
俺はそう言ってから席を立つ。
「あっ、お兄ちゃん、今日のお昼は何?」
この場に取り残さられることに慌てた香恋ちゃんが今日のお昼の内容を聞いてくる。
「そこに出てる物と俺特製のたらこスパゲッティだよ」
俺の言葉に香恋ちゃんがパァアと笑顔を浮かべる。
「えっ、本当!?
たらこスパゲッティ!?」
「本当、本当。
後はパスタを茹でるだけだから、ちょっと待っててね」
「やったー、ありがとう、お兄ちゃん!」
香恋ちゃんは万歳して喜ぶと「たっらっこー、美味しい、美味しい、たっらっこースパゲッティ〜♪」と鼻歌交じりに歌いだす。
うん、和むね。
それに可愛い。
たらこスパゲッティを選択して良かったと思う。
和んだのは俺だけじゃなくて、
「ぷっ、本当レンレンはたらこスパゲッティ好きだよねー」
「えっ、だって美味しいよね!?
それにお兄ちゃんの手作りだもん!
もうそれだけでお腹いっぱいになっちゃうよね!?」
「オーケーオーケー。
本当、レンレンは大好きだねー」
「うん、大好きだよっ!」
何がとは言わないが、何となくわかっちゃうから反応に困る。
そんな訳で俺はさっさとパスタを仕上げるためにキッチンへと逃げる。
そうして、キッチンでパスタを茹でてる途中、
「あー、アニキ」
「なんだよ?」
「……ごめん」
「いや、もういいよ」
と、そんな会話が聞こえてきた。
最初はどうなるかと思ったけど、美味しく昼飯が食べられそうな事に、俺はそっと胸を撫で下ろした。
副題 <香恋ちゃんの笑顔は最高の調味料>




