2話〜可愛い少女が入室しました〜
1学期の定期試験が終わり、夏休み直前の土曜日。
俺は某有名高級料亭に来ていた。
勿論、1人ではなく隣には父さんがいる。
父さんは一張羅のスーツでビシッと決め、俺も西高の制服という正装スタイルである。
そんな親子が4人掛け用のテーブルの席に座り、香澄さんを待っていた。
事の始まりは1週間前の事。
『なあ、優、来週の土曜日の夜は予定空いてるか?』
晩御飯の時に父さんからそう話しかけられたのがきっかけだった。
『今のところ、特に予定はないけど、どうしたの?』
『ああ、来週の土曜日に香澄と今後について大事な話をしたいから、予定をそのまま空けておいてくれると助かる』
そう言われて、俺はピーンと来た。
『あっ、やっと籍を入れるんだ』
『あぁ、まぁ、そうなんだが……』
『んっ?』
父さんにしては歯切れが悪い。
『何度か言ってると思うけど、俺は再婚には大賛成だから。
香澄さんは良い人だと思うし、父さんも一緒にいると幸せそうだから、むしろ遅かったなぁと思うぐらい』
『遅かった事については色々あるんだよ』
『ふーん、そうなんだ?
とりあえず、来週の土曜日は予定空けておくよ。
試験勉強しないといけないから、戻るね』
『おう、勉強頑張れよ』
『勿論、頑張るよ』
万が一にも80点以下を取った日には従姉が怖いから。
情けないと笑うがいい。
俺は自分の命が惜しいだけである。
そう自嘲してから、俺は食器を洗い、2階の自分の部屋へと戻って行った。
「それにしても何だか緊張してきたんだけど…」
「優にしては珍しいな」
「息子を何だと思ってるの?
大体ここだって、母さんの法事ぐらいでしか使った事なかったし」
「確かにそうだったな。
安心しろ、そういう俺も緊張してるから」
「安心出来る要素ないから!」
ハハハと父さんが笑う。
あっ、何だか気持ち楽になった気がする。
ちょっと心に余裕が出来た所で部屋を何となく眺める。
和を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋。
部屋の窓からは枯山水の庭園が一望できる。
ふと気になって、メニューを見るといつものご飯と桁が1つ2つは違う。
その事からも父さんがこの話し合いに本気で取り組んでいる事が分かる。
俺も息子としてしっかりしなければと襟を正した所でコンコンとノックの音が響く。
「お連れの方がお見えです」
「はい、お願いします」
料亭の仲居さんの声に父は席から立ち上がり答える。
俺もそれを見習い慌てて立ち上がる。
「それでは失礼します」
仲居さんが襖を開け、
「えっ――」
俺の中の時が一瞬止まった。
香澄さんの他にもう1人部屋に入って来たからだ。
小柄な香澄さんよりさらに小さい。
どこかの制服を着ているから、恐らく中学生だと思う。
黒髪ロングで和風な雰囲気はどこか日本人形を彷彿させるが、それは彼女に失礼だろう。
彼女の方が100倍は可愛い。
そして、何より晴天の霹靂なのがその顔である。
どう見ても香澄さんに似ているのだ。
という事は、つまり、香澄さんは――
「――おい、優」
父さんの声にふと我に返る。
「何、父さん?」
「何? じゃなくて、だから自己紹介しろって」
どうやら衝撃的過ぎて聞こえてなかったみたいだ。
「あっ、とすみません!
小鳥遊優、西高校1年生です!
よろしくお願いします!」
緊張で声が若干裏返ったが、噛まずに何とか言い切る。
そして、香澄さんが俺の言葉に続く。
「改めまして、佐藤香澄です。
仁さんの会社で事務仕事をしています。
こちらは娘の香恋です」
「香恋」と香澄さんが促し、
「さ、佐藤香恋です! 西女中学校3年生です! よろしくお願いしましゅ!」
彼女の自己紹介はかなり早口でしかも噛んだ。
元々入った時からガチガチだったその顔が真っ赤に染まる。
ヤバイ、メッチャこの子可愛いんですけど。