19話〜妹と新しい宝物〜
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自宅から電車で1本。
約30分ほどかけて俺達3人は池袋駅に着いた。
家から最寄り駅まで歩き、電車に乗りここまで辿り着くまでに短編小説が1本出来そうな出来事はあったのだけど、割愛する。
今日は香恋ちゃんと買い物するだけだったのに、いつまでも事細かく話してたら、終わる物も終わらない。
なので、とっとと話を進める事にする。
断じて、俺が疲れたからではない。
……いや、疲れたのは本当だけど。
「お兄ちゃん、とりあえずサンシャイン60通りに行くんだっけ?」
と、香恋ちゃんは当然のように俺の右手を恋人握りし、ニギニギと感触を楽しんでいる。
「うん、そうだよ」
昨日、ある程度調べた時に目星をつけておいたところがある。
「なら、さっさと行きましょうか」
と、麗姉が俺の左手……はセカンドバッグがあるので、俺の左腕に抱きつき軽く胸を当ててくる。
うん、麗姉から「あててんのよ」ネタを聞いた時はビックリしたよ。
2人が『妹(従姉)ならこれぐらい普通でしょ』とさも当然のように言ったので、俺は流す事に決めた。
実際、妹がいるらしい春樹の話では、おかしくないみたいだしな。
俺も通行人からの見世物になる気はないので、麗姉の言葉通りに移動を始める。
それにしても真夏だというのに、池袋は相変わらず人通りが激しい。
そんな夏の暑い日に美少女と美女の2人とくっついて歩いてたら、そりゃあ見るなという方が無理だろう。
メッチャ目立っている自覚はある。
暑さとは別の汗が出てくるね。
あっ、今すれ違ったヤンキーっぽいのに舌打ちされた。
若干傷つくね。
「お兄ちゃん、汗すごいよ?」
と、香恋ちゃんが俺に寄り添うようにして、ハンカチで顔の汗を拭ってくれる。
「全く優はだらしないわね」
と、麗姉が自分と俺に風が当たるように扇子で扇いでくれる。
うん、2人の気持ちは嬉しいんだけど、そう思うなら俺の両腕を解放して欲しい。
……無理なんだろうな。
2人して意固地になってるし。
そんなこんなで俺達は目星をつけていた『東京フッズ』に到着した。
『東京フッズ』
略してフッズ。
ここには家電からインテリア、生活雑貨、その他ありとあらゆる流行を先取りした商品が置かれている大型デパートだ。
また、特設階ではその他季節のイベントなどが開かれる事もある。
大体、俺らの世代だとここに行けば欲しいものが見つかる、欲しくないものまで欲しくなってしまう魔のスポットとして有名である。
「香恋ちゃんはフッズに来た事あるの?」
「うん、もちろん♪
なっちゃんと2人で何度か来たよ♪」
俺のふとした疑問に、香恋ちゃんは笑顔で答えてくれる。
そのなっちゃんが誰かは知らないけど、雰囲気から察するに香恋ちゃんの親友なのだろう。
「そうなんだ。
じゃあ、今日は特設階のイベント会場に行こうか」
「うん♪
そう言えば、今って何のイベントやってるの?」
香恋ちゃんの問いに、俺は待ってましたと言わんばかりに自信をもって答える。
「今は音楽フェアのイベントだよ」
と。
「わぁ、わあー、わぁーい!」
音楽フェアがやっている特設階に着いた時、香恋ちゃんは『わあ』の三段活用を用いて目を輝かせていた。
いや、まあ、そんな三段活用とかはないんだけど、そこは何となくだ。
香恋ちゃんはするりと俺の手を離すと、トランペットの特設ブースに向かって行った。
ようやく、俺の右手が自由になり俺はホッとする。
いや、寂しくなんかないよ?
相変わらず、麗姉は胸を俺に押し当ててくるし。
香恋ちゃんの手がなくなった分、意識が麗姉にいってしまう。
俺は変な気持ちにならないように香恋ちゃんの動向を注意して見守る事にする。
香恋ちゃんが向かったトランペットのブースでは、トランペットの本体の他にもマウスピースやその他機材がズラっと並んでいた。
香恋ちゃんはその1つ1つを興味津々に眺め吟味していく。
「お客様はトランペットをお持ちですか?」
そんな、香恋ちゃんにブースを担当している若手のお姉さんが声をかけた。
「あっ、はい、中学校の吹奏楽部で普段吹いています」
香恋ちゃんは人見知りを発動中なのか、早口で答える。
「左様ですか。
それでは、マウスピースはいくつかお持ちですか?」
「えっと、小学校の時に買ってもらったのが1つだけです」
「それでは、当時から大分成長されてるかと思いますので、ここで1つ新調されてみてはいかがですか?
普段、演奏されていらっしゃる方でしたらマウスピース1つで吹き心地も変わりますよ?」
「えっと、そうなんですか?」
「はい、勿論でございます」
そうして、ブースのお姉さんは香恋ちゃんにリム内径やらスロート、バックボアなどの用語を並べ、香恋ちゃんに色々と説明していく。
香恋ちゃんは「はあ」、「ほへー」と理解しては感嘆してうっとりとしていく。
俺はというとサッパリである。
麗姉も興味なさそうであり、目を閉じて俺に寄りかかっている。
うん、重くはないけど重い。
主に周りの視線が。
「それでは試しに吹かれてみませんか?」
「えっ、いいんですか?」
「はい、勿論でございます」
ブースのお姉さんは笑顔で答える。
普段、この階はイベント会場にもなってるほど、防音性は高く、周りからも楽器の音やCDからクラシックの音楽が響いている。
「えっと、じゃあ、お願いします」
心を動かされた香恋ちゃんはおずおずとブースのお姉さんに頷いた。
ブースのお姉さんは香恋ちゃんから普段使っているトランペットの型番を聞き、トランペットと幾つかマウスピースを見繕う。
「それではこちらのトランペットは普段お使い頂いているのと同型なので音も近いかと存じます。
とりあえず、こちらのマウスピースでお試しください」
と、ブースのお姉さんが香恋ちゃんに説明してから、香恋ちゃんにトランペットを手渡す。
香恋ちゃんは受け取ったトランペットのスライドを微調整し、試しに1つロングトーンで音を鳴らす。
「お客様のように透き通った綺麗な音色でございますね。
ロングトーンではなく、普通に演奏されて構いませんよ?
演奏されてみないと吹き心地も分かりづらいと思いますから」
と、ブースのお姉さんがウインクして香恋ちゃんに勧める。
「えっと、それじゃあ」
そうして、香恋ちゃんは改めてトランペットを構え、
タッ、タッ、タッ、タラララー、ラーッ、ラッラー、タララーララッ、タッラッラッ、タッラッラッ、タッラッラー
と、この前、演奏してくれた曲のワンフレーズを繰り返す。
所々で高音を高らかに流して高音の吹き心地を確かめている。
「素晴らしいです。
素晴らしい『アイーダ凱旋行進曲』ですね」
ブースのお姉さんは香恋ちゃんの演奏に拍手して絶賛する。
気づけば、香恋ちゃんの演奏を気になったのか、人が集まって来て、まばらに拍手が聞こえる。
俺はというと、アイーダ凱旋行進曲の曲名を聞けただけで収穫である。
「それで、そちらのマウスピースはいかがでしたか?」
「えっ、と、マウスピースの触れ心地はいいんですけど、高音のツボがちょっと捉え辛いです……」
と、ブースのお姉さんの問いに香恋ちゃんは正直に感想を告げる。
「左様ですか」
ブースのお姉さんは香恋ちゃんが使ったマウスピースを除菌ティッシュで拭き取ってから、見繕っていたうちの1つを渡す。
「それではこちらのマウスピースをお試しください」
「はい」
香恋ちゃんは再度アイーダ凱旋行進曲を演奏し、そのやり取りを何度か繰り返した。
その都度、人が集まり、2〜3回繰り返した時には立派な人だかりが出来ていた。
超可愛い美少女が華麗にトランペットを演奏しているのだ。
注目を浴びない方がおかしい。
人だかりの中にはスマホを取り出し、勝手に動画を撮ろうとしていた不届者が何人かいたので、俺は『可愛い妹を勝手に撮らないでもらえますか?』と注意して回った。
『何だ、こいつは?』って目で見られたが、気にしない。
気にしたら負けだと思う。
麗姉は俺の行動を読み取って俺から離れているけど、気にしない。
だから『赤の他人ですから』と視線を向けないで欲しい。
結果、俺のその行動の甲斐もあり、撮影は自粛してもらった。
周りの人達も撮影しようとする人達がいたら注意してくれていた。
うん、世の中いい人もいる者だ。
「これ、凄い良いです」
やがて、香恋ちゃんはお気に入りのマウスピースを1つ見つけ出した。
その顔は高揚して恍惚していた。
「お客様に合ったマウスピースが見つかり、私もほっとしております。
こちらはご購入されていきますか?」
と、ブースのお姉さんが香恋ちゃんに訊ねる。
そして、香恋ちゃんは値段を確認して顔を曇らせた。
どれどれ。
俺は近寄って確認すると15,000円だった。
マウスピースってこんなするんだ。
普段使わないお年玉を持って来ているので、足りない事はない。
「はい、購入していきます」
「お、お兄ちゃんっ!」
俺の即断に香恋ちゃんがめっちゃ慌てる。
「流石にこんな高い物貰えないよっ!」
「えっ、でも香恋ちゃん、そのマウスピースが気に入ったんだよね?」
「それはそうだけど……」
香恋ちゃんは自分に嘘はつけないのか、そう肯定する。
「せっかくプレゼントするなら、俺も長く使ってくれる物だと嬉しいなあ」
「お、お兄ちゃん、ありがとうっ!」
香恋ちゃんは感極まったのか俺に抱きついてくる。
周りの生暖かい視線が痛いけど、可愛い妹だから仕方ない。
「まあ、素晴らしい兄妹愛でございますね。
私も妬けてしまいそうです。
それではこちらのマウスピースにこちらの専用ケースもサービスさせて頂きますね」
ブースのお姉さんが3,000円相当の可愛いマウスピースケースにマウスピースを入れてくれる。
「えっと、いいんですか?」
「はい、勿論でございます。
私からの感謝の気持ちもございますので、お気になさらないでください」
と、最後を俺だけに聞こえるように言ってくれた。
ブースのお姉さんの言葉に俺は首を傾げて、周りの人だかりを見る。
気づけば「さっきの子と同じトランペットをくれ」とか「私もトランペットが欲しいっ!」と人だかりから声が聞こえてきた。
香恋ちゃん効果がパナイ。
「そういう事でしたら、遠慮なくお願いします」
「はい、ありがとうございます。
そういえば、申し遅れました。
私、本日こちらのブースを担当しております音津と申します。
普段はこちらの店舗におりますので、何かありましたらご連絡くださいませ。
もちろん、いっぱいサービスさせていただきます」
と、音津さんから名刺を貰った後、会計を済ませ、ブースから離れた。
マウスピースは大事に香恋ちゃんがポシェットに仕舞った。
その後は香恋ちゃんが楽譜コーナーを見たり、
その場でハートマークに刻印が可能な楽器のストラップコーナーがあったので、トランペットのストラップに香恋ちゃんの名前を入れてお揃いのストラップを買ったりした。
終始、香恋ちゃんは上機嫌だったので、香恋ちゃんの引越し祝いのお買い物は大成功と言えるだろう。
無論、今日1日で大成功を収めた人物は、今日だけでトランペットを10台以上売り上げたホクホク顔の音津さんというのは言うまでもない。
副題 <香恋ちゃんは客寄せパンダ>




