秘話〜佐藤萌のプレリュード〜
「はあー」
1学期の終業式の日。
私――佐藤萌は学校の屋上でため息をつく。
「また、失敗しちゃった……」
失敗と言うのは、告白の呼び出しに失敗したと言う事である。
お相手は小鳥遊優くん。
いつも小鳥遊くんって呼んでいる。
小鳥遊くんは高校で初めて知り合ったクラスメート。
だから、私には幼馴染とか家が近所とか深い背景がない。
むしろ、好きになった理由にすら深い理由はない。
クラスが偶々一緒だったとか、
学級委員の仕事を手伝ってくれたとか、
体育の授業で活躍する小鳥遊くんがかっこよかったとか、
そう言うのが塵に積もっていつの間にか好きになり、大好きになっていた。
『好きになるのに理由は要らない』
とは、私の親友の佐藤冴ちゃんの言葉。
ちなみに、同じ佐藤でも彼女とは類縁という訳ではない。
単純に佐藤という名前が今年の1年生には何故か多かっただけの事。
だから、クラスで私の事は委員長か萌と呼ばれ、
冴ちゃんの事は佐藤や冴、不思議ちゃん、参謀、委員長の頭脳と呼ばれている。
うん、納得できない。
いや、まあ、確かに冴ちゃんの方が頭いいのは確かだけど……
「ん、やっぱりここにいた」
「冴ちゃん……」
噂をすればなんとやら。
屋上に冴ちゃんが来てくれた。
「萌、また今度って明日から夏休み」
「うっ」
冴ちゃんが痛い所を突いてくる。
「少しだけでも時間もらえたんだから、連絡先だけでも聞いとくべきだった」
「うう〜」
冴ちゃんが私を甘やかしてくれない。
そう、私は小鳥遊くんの連絡先を知らない。
連絡先を聞けそうな時に限って、スマホを家に忘れてたり、充電が切れたり、フリーズしてしまうのだ。
ふう、と冴ちゃんが軽いため息をつく。
「それにしてもクラスにまだユダがいたなんて誤算だった」
「ユダって?」
「萌は気にしなくていい。
萌の告白の邪魔をするものは私が排除する」
「よく分からないけど、いつもありがとう」
「ん、私が好きでしてる事だから感謝しなくていい」
冴ちゃんはこうしてよく意味のわからない発言をする。
その上、普段から眠たげにしていて、表情が分かりづらい。
故に、不思議ちゃん。
「ねえ、冴ちゃん」
「ん、何?」
「やっぱり小鳥遊くんは生徒会長と付き合ってるのかな?」
馬鹿な私でもいい加減生徒会長から邪魔されてるのはわかってる。
いや、まあ、告白する日に限って風邪引いて早退したり、
間違ってラブレターを小鳥遊くんとは別の下駄箱に入れちゃったり、
その他諸々盛大にやらかしたけど、
生徒会長からの横槍があるのは確かなのだ。
まるで私の優に手を出すなんてどういうつもり? と言わんばかりに。
私の弱気な問いに、
「それはない」
と、冴ちゃんがキッパリと断言した。
その物言いに私は目をパチクリさせる。
「何で、そう言い切れるの?」
「小鳥遊と生徒会長が仲良くしているのを見た事がない。
萌はある?」
「そういえば、ないかも」
「ん」
「でも、私が偶々見てないだけかもしれないし、人目を忍んでいるだけかもしれないし」
「それもない。
人目を忍ぶ人は校内アナウンスを使わない。
そもそも忍ぶ必要がない」
「へっ?」
「生徒会長に逆らえる人は校内にいない。
例え校内でキスやセックスをしても誰も注意出来ない」
「せ、セックスって……」
あまりに直情的な表現に私の顔が熱くなる。
「ん、萌は純情。
やっぱり可愛い」
と、相変わらず眠そうな顔で冴ちゃんが私を褒める。
「ん、話をまとめる。
忍ぶ必要がないのに仲の良い姿を見ない。
アナウンスなんて使ったりして邪魔をする。
付き合ってるなら『付き合ってるんだから手を出さないで』と言えばいい。
結論、生徒会長は小鳥遊と付き合ってない。
生徒会長は独占欲が強い。
けど、恋人になろうとする度胸がない。
ただの卑怯者」
「生徒会長を卑怯者って、冴ちゃんは生徒会長が嫌いなの?」
「ん、嫌い、大っ嫌い。
見てると虫酸が走る。
恋人でもないくせに、萌の恋の邪魔をしないで欲しい」
さ、冴ちゃんが怖い。
生徒会長なんて目じゃないかも。
「生徒会長は無視していい。
これが正解。
萌のやる事はただ一つ。
小鳥遊と恋人になればいい」
「そ、それが一番難しいんだけど……」
「ん、小鳥遊と恋人になるのなんて簡単。
キスして、おっぱい揉ませて、告白すればいい」
「キスって、揉ませるって、なんで告白が最後なの?」
私の頭がぐるぐる回る。
「小鳥遊は鈍感。
なら、疑いようのないアプローチをかける。
恋愛に慣れてない小鳥遊は断る事は出来ない」
「でも、私には、ム、ムリ!!」
私は全力で否定する。
だって、それは、あまりにも恥ずかし過ぎる。
「むー」
冴ちゃんは唸り声をあげると、
「えい」
「きゃっ!」
私の胸を鷲掴みにした。
思わず、悲鳴が漏れる。
「もみもみ」
「ちょっ、やめ」
「ふにふに」
「やっ、あっ」
「ちょんちょん」
「あ、あっ、あん♡」
「ちゅー」
「やっ、止めてってば!」
私は冴ちゃんを思いっきり突き飛ばす。
急に意味がわからない!
「はぁ、はぁ」
私が荒い息をついてると、冴ちゃんは自分の手をにぎにぎし、
「ん、気持ちよかった」
と、呟く。
「私は良くないよっ!」
本当、冴ちゃんの事がよくわからない!
「萌のおっぱいは凶器。
小鳥遊もそれでイチコロ」
「なんでよっ!」
「巨乳が嫌いな男はいない」
「そうかもしれないけどっ!」
普段、異性からは顔より胸を見られる事が多いので否定出来ない!
「でしょ?」
「でも、萌が揉む必要ないよね!?」
「ん、今のは対価」
「一体何の!?」
荒れ狂う私に、冴ちゃんは自分のスマホを取り出す。
「立花、大黒と『ライス』を交換した」
「えっ?」
「2人から協力の約束も得た」
「えっ、何で?」
「これで夏休みの小鳥遊の予定もわかる」
「えーと?」
「2人が小鳥遊と遊ぶ約束をして、当日ドタキャン。
代わりに萌が小鳥遊とデートする段取りも整えた」
「冴様!」
私は冴ちゃんに抱きついた。
やっぱり持つべき物は頼れる親友だよね!
「うむ、苦しゅうない」
冴ちゃんは私の胸に顔を埋め満足そうな声を出す。
「ん、後は萌がデート中に胸を揉ませれば万事解決」
「だから、それはしないからねっ!?」
「本当にしないの?」
「勿論だよっ!?」
「小鳥遊を誰かに取られてもいいの?」
「えっ……」
思わず頭の中が空っぽになる。
「小鳥遊に好きな人が出来たら?
小鳥遊に他の女が熱烈なアプローチをかけたら?
ないと思うけど生徒会長が本気で小鳥遊にアプローチをかけ始めたら?
小鳥遊に恋人が出来たら?
萌はそれでいいの?」
それはもしもの話。
だけど、可能性はゼロじゃない。
「よくない……」
「ん」
「そんなの嫌」
「ん、ならやる事は?」
冴ちゃんのその問いに私は覚悟を決める。
「わかったわ、冴ちゃん。
私はこの夏に小鳥遊くんを押し倒してでも彼女になってみせるわ!」
「ん、その粋」
冴ちゃんはやっぱりどこか眠そうで、
それでも私を応援してくれた。
この夏、私は女になります!
副題 <残念委員長と読者の代弁者が本気を出すそうです>




