行間二
うさぎのぬいぐるみを抱いた幼い少女メアリーは、町の地下に埋め込まれている日の射さない真っ暗な水路を歩いていた。
なぜここにいるのかは、彼女にもわからない。
ただ、友人に頼まれて魔力を辿りながら町中を歩いていたら、いつの間にかこんな場所に来ていた。
(くさい・・・)
鼻を刺激してくる下水特有の匂いに少女の眠たげな顔が少しだけ歪んだ。
だが、先日の商店街で起こった事件のせいで、日夜を問わず働いている知人や仲間たちを思えば、こんな臭いに耐えるのぐらい、どうということはなかった。
そんなことを眠たげな顔のまま考えながら歩いていると、いつの間にか魔力の痕跡が近くなっているのがわかった。だんだんと魔力の濃度が濃くなっている。
さらに少し奥へ進んでみる。
「おいおい、お嬢ちゃん。迷子かい?生憎だが、この先に出口はねえんだ。引き返しな」
姿ははっきり見えないが、前方から男性の声が聞こえてくる。こちらを子供だと気づいているのか、明らかに子供をあやすような声だ。
「私はその先に用がある。」
自分が探しているのは出口じゃない。
「困るなぁ。こっちに来てもらっちゃ」
「なら、困らせてでも通る。じゃないと私が困る」
少女が姿の見えない男性に淡々と告げる。
すると、目の前にいる男性はため息をついてから、
「なら、仕方ねえな」
前方からマズルフラッシュが見えた。それから数瞬遅れて、乾いた発砲音と共に足元で火花が弾けた。
おそらく拳銃によって発砲したのだろう。
(外した?いや、おそらくわざと・・・)
そうなると、あちらからはこちらが見えていることになる。
少なくとも男性との距離はまあまあ離れているはずだ。
(暗視ゴーグル・・・?)
前に、科学に詳しいクラスメイトがこれを肝試しに持ち込み、正確かつ大胆な暗所での脅かし役としてクラスを恐怖のどん底に叩き込んだものだ。
「さぁ、わかったらとっとと引き返しな」
「いやだ。」
「はぁ・・・子供を撃つ趣味はないんだけどねぇ」
目の前にいる男の声は、子供をあやすような声から邪魔者を排除するような敵意をあらわす声になった。
さらに、そのタイミングで男がいる奥の方から複数の足音が聞こえる。おそらく男の仲間がやってきたのだろう。
「おい、発砲音が聞こえたがどうした!?」
メアリーは、身体強化を施してからその小さな体からは想像もできないほどの速さで走り出した。
後ろではなく前へと。
「あそこにガキが・・・」
男の指差した方向に彼女の姿はない。
もうすでに男達の目の前へと迫っていたかだ。
メアリーが勢いを止めることなく、呪文を唱える。
「神に仕える天使たちよ 我に力を貸しておくれ 光に当たらぬものを 暗くよどんだ影を 照らしておくれ」
そして、勢いを殺しながら、手を上に振りかざして魔術を完成させる。
「ルミネート」
その言葉を合図に、メアリーの真上から白く眩しい光が放たれる。
光属性の魔術「ルミネート」。自分の近くに光源を発生させて、しばらくの間周辺を照らすことのできる魔術だ。
先ほどまで、目の前の視界さえ確保できなかった暗闇が光に照らされ、男達の姿が露わになる。
数は六人。全員は男性で、身長や体格に差はあるものの全員が尋常じゃないトレーニングを積んできたとわかる体つきをしていた。
全員の顔面には、ゴーグルが装着されていた。おそらく、予想した通り暗視ゴーグルだろう。
(これぐらいなら)
抱いていたうさぎのぬいぐるみを近くの足場に置いてから、一息吸う。
「身体強化」
ぽつりと呟いて身体強化を自身に施すと、敵へ猛スピードで突っ込んでいく。
「なんだあのガキ!魔術師か?」
「撃てっ!撃て!!」
男達が、懐の拳銃を引き抜き発砲する。
だが、メアリーは走りながらにして、まるで弾道を予測しているかのように、銃弾を避けていく。
そして、その勢いを殺さぬまま男の懐まで入ると、足を払いつつ服の袖をつかんで地面に叩きつけ意識を刈り取る。
まずは一人。
つぎに一瞬で隣にいる男の目線まで跳躍して、身体強化された足で回し蹴りを食らわせる。
これで二人。
三人目、四人目、五人目と、まるでカンフー映画のような体裁きで、わずか十秒足らずで五人の屈強な男の倒してしまう。
「なぜだ!」
驚愕する男は、さらにメアリーに向けて銃弾を撃つがやはり当たらない。
「銃弾はまっすぐにしか飛ばない。そして、身体強化をしてる魔術師には、銃弾はスローモーションとまではいかないけど、遅く見えてる。だからまっすぐ飛んでくるものを避けれるのは簡単。」
メアリーが淡々と説明しながら、相手の懐へと文字通り一瞬で入り込むと、その勢いを乗せて、そのまま相手のみぞおちへと拳を叩き込む。
容赦ない力にさらされた男の体が五メートルほどノーバウンドで飛んだ。
確認するまでもなく男の意識は飛んでいた。
メアリーは、「ルミネート」と「身体強化」を解いてから、さきほど置いたうさぎのぬいぐるみを回収する。
「ごめんね。さあ行こうか」
そうぬいぐるみに喋りかけてから、魔力の反応がある場所へ向けて歩いて行った。
ほどなくして、魔術を使った痕跡を発見した。
(くさい、はやく帰ろ。)
無事目的を発見し、それを言われた通り記録したが、メアリーは帰り道がわからなくなっていた。
エメラルド色の髪の少女が心配になって迎えに来たのは一時間後のことだった。