エメラルド色の髪の少女8
ウィルとウルフマンと別れたサーシャは、協会のロビーにあるソファでなにをするでもなくダラダラして過ごしていた。
そろそろ自分も帰ろうかと考え、ソファを立ち出口へ向かう。
「君がサーシャ・アンソニー君かい?」
ふと自分の名前を呼ばれ振り返ると、そこには紳士服を着た中年の男性が立っていた。
「はじめまして。私はロッズ=ホブスターという。合衆国の魔術大学で教授やっているものだ。」
その男性はサーシャにとってよく知っている人物だった。サーシャのように、魔術と科学の共存について考えている人間(がこの世界にどれぐらいいるのかはわからないが・・・)ならなら、いろいろ調べていくうちに必ずこの教授にたどり着く。
実際サーシャも、この人の論文を元に研究して実践したことは数知れないレベルだった。
「なぜ、私のことを?」
なぜ、それほどの人間がなぜ自分の目の前に立っているのだろうか?単純な疑問だった。
「おっとこれは失礼。」
彼は、紳士的なお辞儀をする。
「君は、私のように科学と魔術の共存を願うような思想を持った人間の間では、少し有名でね。かくいう私も一度君とはなして見たいと思っていたのだよ」
確かに、サーシャは国内では発明コンテストなどにも積極的に参加している上に、世界各国の人間が集まるサミットで論文を発表した経験があった。おそらくその時だろう。
だが、サーシャのような思想を持つ学生も世界には多くいる。
国内ではめだった学生はサーシャを除けば数名しかいないが、ホブスター教授が教鞭を振るっている合衆国にはかなりいるという話だ。
だからこそ、サーシャは嬉しくもあり何故こんな中学生の自分に目を向けているのか?という疑問を拭いきれない。
「私は、科学と魔術の共存を願っています。ですが、教授のように有名な方の気に留めてもらうようなことは・・・」
いつもの威勢はどこかへ消え、ありえないぐらいかしこまった態度で教授に接していた。もし、リンや琴葉にでも見られたらからかわれること間違いなしだろう。
でも、サーシャにとってこれは本心だった。
確かに、同世代では尖った考えに聞こえるかもしれないし、同世代とは離れた考えではあるのかもしれない。
仮にそうであっても、結局年上の先輩ほうがすごい、そうに決まっている。彼女はそう考えていたからだった。
「それは謙遜だよ。」
教授は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「君が、一年以上前にこの国で発表した『魔力と電力の同時使用ができる可能性』を示した論文は、私たちに大きな震撼を与えたのだよ。私たちがいくら研究しても可能性すら実証できなかったものを、わずか十四歳の少女が示したんだからね」
憧れの存在にここまで言われたことに驚きすぎたのか、サーシャの全身から汗が噴き出す。
「ありがとうございます。」
学園の先生にもしたことないような深いお辞儀する。
教授は丁寧な所作でジャケットの懐から懐中時計を出し時間を確認すると。
「おっと、こんな時間か。実は、今回の事件のことで呼ばれていてね。今度はゆっくりお茶でも飲みながらお話を聞かせてほしい。それではまた」
教授は軽く会釈して、魔術協会支部の奥へと向かっていった。
サーシャの全身の力が抜けて、今の会話だけで激しい精神的疲労を覚えていた。
なぜなら、彼女なりに会話の一字一句から、所作まで全てに最大限の気を配っていたからだ。
それもそうだろう。雲の上のような存在の人に話しかけられたかと思えば、自分の存在の認知だけではなく、研究内容まで把握してもらっていた。
彼女にとってこれほど嬉しいことはなかった。
「おーい」
もしかしたら、将来は彼の元で優秀な生徒に混じって研究をさせてもらえたりするかもしれない。
「おーいってば」
もしかしたら、それが功を奏して教科書に載るぐらいの有名人になってしまうかもしれない。
「おーいおーい」
「駄目よメアリー。こういうときはね」
もしかしたら、体が魔術協会の吹き抜けの部分まで宙に浮いて今まさに落下して、すごい勢いで地面に近づいてドンッ!
「いってええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
「敵を魔術で宙に浮かせてから、落下させて無力化するのよ」
「琴葉すごい。わたしもやってみたい」
突然の落下で痛みにもだえるサーシャの前には、エメラルド色の髪が特徴的な琴葉ともう一人。
眠たげな目をした幼い少女が立っていた。
サーシャたちの通う学園の制服に身を包み、うさぎのぬいぐるみを抱いていた。
身につけている腕章は学園のもので、3年A組メアリアル=ローレンティーと書かれていた。
つまり、この少女もまた、サーシャのクラスメイトである。
見た目のとおりまだ7歳と幼いが、天才的な頭脳とセンスを持っており飛び級している。
そして、先ほどのウィルたちの会話に出てきたメアリーとは彼女のことだ。
「なにするさね!!!!お尻が二つに割れたさね!!!」
「ぼーっとして、メアリーを無視してるからよ〜」
「あと、お尻は最初から割れてる。」
感情豊かな琴葉の声に続いて、メアリーが淡白な声で突っ込んだ。
「はぁ・・・これをやったのはどっちさね?メアリーなら許すけど、琴葉だったらマシンガンで蜂の巣にしてやるさね!」
メアリーが無言で琴葉の方を見る。
「よしお前かそうか!今すぐ表に出るさね!私のAK-47で風穴を開けまくってやるさね!」
「いや、ちょ、待って!?そもそも扱いが不公平すぎない!?」
「日頃の行いさね!っていうかお前、無免許のくせに魔術協会支部で魔術使うとか何考えてるさね?」
サーシャの言葉を聞いて、琴葉がハッとしたように持っていたカバンを漁ってあるものを取り出した。
「じゃーん!仮免持ちでした!」
といつ間にか取っていた、魔術使用の仮免許証を見せびらかしてドヤ顔を決める琴葉だったが、サーシャはそれを容赦なく奪い取る。
「よし今すぐ協会の偉い人に、仮免持ちの分際で暴力目的で私に魔術を使ったって言ってくるさね」
もし、そんなことをすれば講習やり直しは待ったなしだろう。
そうなれば、免許取得講習費として収めたまあまあ高額な費用も払い直しになってしまう。
「あーごめんなさい!今度、商店街の喫茶店が営業再開したらパフェ奢るから、ごめんなさいいいいいいい!」
「よかろう。」
商店街の喫茶店のパフェは絶品であるのもでも有名だがそこそこ値段のするものだ。
中学生の寂しいお財布には中々にヘヴィな代物である。
サーシャは、欲望に忠実な少女であるため、パフェを食べたいと素直に思った。
世の女子は、パフェという単語にカロリーがと反応するのかもしれないが、カロリーなど生まれてこのかた気にした事などない。
素直に琴葉に仮免許証を返した。
「それで、どうして二人がここにいるんさね?」
「メアリーが昨日調査に行った場所がかなりヤバイ場所だったらしくて、今日は一日中ずっと聴取を受けていてね。さっき終わったって連絡もらったから迎えに来たのよ」
「プリン美味しかった」
サーシャも詳しく事情を聴いたわけではないが、メアリーは琴葉の家が引き取った孤児らしい。
当然、琴葉の家に住んでいるため、事情聴取で帰りが遅くなったメアリーを琴葉が迎えに来たのだろう。
「なるほどな。琴葉も大変さね」
「もう慣れたわよ。」
「ねむい、おんぶ」
「はいはい」
琴葉は慣れた仕草で、メアリーをおんぶする。
そんなクラスメイトの姿にメアリーは感心する。
「本当に慣れっこさね」
「まあね。おかげで、腕と足腰の筋肉が強靭になった気がするわ」
「それはいいことなのか?」
「さぁ?」
二人は帰路を歩き始めた。