エメラルド色の髪の少女7
夕刻になった頃。サーシャ達は協会の支部に戻ってきていた。
学生とはいえ、魔術協会からの依頼を受けてのものなので、任務から帰還したら、然るべき場所に報告をしなければならない。
いつもであれば、報告は協会支部に入ったすぐのところにあるカウンターで報告書を提出をすればいいだけなのだが、今日は勝手が違うようだった。
「さて、どうしたもんかな・・・」
サーシャとウルフマンは協会に入るとすぐにげんなりした気分になっていた。
理由はただ一つ。
「なんで、こんなに人がいるんさね?」
いつもなら、並ぶことはあまりない。待ったとしても一人二人だ。
しかし、今日に限って報告書を提出するカウンターには長蛇の列ができている。
それも、あの世界的に人気なテーマパークの人気アトラクションにも負けないレベルの列だ。
一応、臨時のカウンターが設置されてはいるものの、いつもは比較的静かな協会支部の一階ロビーが人の声で大衆酒場と同じぐらいの騒々しいものになっている。
確かに、先日の事件のせいで協会支部を出入りする人の数はいつもより多いものの、昼間にサーシャ達がいた時はこんなに人はいなかったはずだ。
おそらく目の前にいる人間達は、隅の隅まで全員が魔術師で間違いないだろう。
確かに、この国は魔術大国として世界的に有名であることは間違いないし、従って魔術師という類の人間は多くいることはわかっていた。わかってはいたが・・・
「魔術師ってこんなにいるんさね・・・」
「今は非常事態だからな、この魔術協会の魔術師も軍や警察と連携して動いてるおかげで大忙しなのさ」
サーシャの疑問に答えたのはウルフマンではなく、どこからかやってきていた金髪に長髪のウィルだった。
彼も、サーシャ達と同じく書類を出しに来たのか、その手には大量の書類を抱えている。
そして、その顔は果てしなく疲れ切った顔をしていた。
「お前も報告書の提出か?」
「あぁ、これは「魔導学園生徒会」の学生達が見たという不審者情報でな。もしかしたらこの事件と関係あるかもしれないと思ってな」
「ほうほう。それにしてもすごい量さね・・・それに目の下にすごいクマができてるさね」
「全部で一体どれだけあるんだ?」
「いや、目撃件数はそれほどでもない。一応守秘義務があるので名前は伏せるが、怪しい人間達と対峙したらしくてな。この紙束は、その事情聴取資料だ。これを昨日から一人でまとめていた」
ウィルが中学生なのに仕事で徹夜を匂わせる言葉をさらっと言ったのにも驚いたが、二人は他の言葉に反応して思わず顔を見合わせた。
二人が下水道で見た痕跡の心当たりと、ウィルが持っている資料はおそらく同じものだろう。
「それ下水道の話じゃないさね?しかもメアリーの?」
「なっ!?おまえら、なぜ知っている?」
「なぜ知ってるというか、たまたま発見してしまったさね。私たちが下水道を調査していたら、足跡の中に妙に小さいのが一つだけあったさね。あれは明らかに小さな子供のもだ。そんなの該当するのは彼女以外にいないさね」
「なるほど。じゃあなぜその下水道の件を知っているんだ?」
「私たちが調査に行ったのもその下水道さね」
「ん、待てよ。それは協会の依頼でか?」
「あぁ、ローラ先生にお願いされてだ」
「ちょっと詳しく聞いてもいいか?」
ロビーでは邪魔になってしまうと判断したウィルは、協会支部の空き部屋を借りて、サーシャ達は下水道での出来事を聞いた。
「それはおかしい。」
「「はぁ!?」」
二人の話を聞いて、ウィルは真っ先そういった。
「いや、二人を疑っているわけではないんだ。」
だが、とウィルは言葉を続ける。
「この報告が上がったのは昨日で、そこからは下水道などの一部区域は危険なので協会内では立ち入り制限をかけたはずだ。協会の魔術師が調査で行くことはあっても学生に行かせることはないはずだ。」
「だが、俺たちは確かに先生から依頼を言い渡された。伝達が遅れていたとか?」
「いや、その可能性は低いだろうね。昨日の夜の段階では情報制限がかけられていたはずだ」
魔術協会は、大きく見えて警察や軍に比べれば小さい組織だ。小さな噂も流せば次の日には広がるぐらいにはコミュニティも狭い。
逆に今回のような大きな事件ともなればその情報は内部であっという間に広がるはずだ。
「となると、状況はかなり信じたくないものになってくるかもしれないさね」
実際、「魔導学園生徒会」側もローラなどの大人たちが管理側にいるとはいえ、以来管理や情報統制を行うのは学生だ。
そんな中で、情報統制が遅れてしまい誤った仕事を言い渡されただけかもしれないが、その可能性は極めて低いと考えるのが妥当だ。
だとすれば、誰かが偽の依頼をしたということになるわけだが・・・
「目的が見えないな・・・」
なぜ、学生だったのか?そもそも、なぜ下水道だったのか?
「とりあえず、ローラ先生に相談してみるか?」
「いや、やめておいたほうがいいさね」
ローラが仕事ふってきた以上、彼女も一枚噛んでいる可能性がある。迂闊には動けない。
「他に何かおかしいと思ったところはなかったか?」
「あっあとそうだ。断定はできないが、相手はこの国の人間じゃないさね」
「それはメアリーの発言にはなかったな。」
「靴底の形状・・・もあるが、こっちもこの国じゃ確実に手に入らないさね」
サーシャが、ポケットから先ほど下水道で拾ってきた薬莢を取り出す。
「それは、薬莢だよな」
「これは、USで製造されてる45口径の弾のものだ。この国では基本的に取り扱ってないから、手に入らないはずさね」
「ふむ。それはこっちで預かっても問題ないか?」
「もちろんさね。どうせ証拠品として提出する予定だったさね」
「了解した。とりあえず、この件は僕の方で調べておこう」
ウィルは、中学三年生に「魔導学園生徒会」のトップに立つ人間だ。その発言権や情報網は協会所属の魔術師よりも上にある。
二人も、この件はウィルに任せるほうがいいと判断して頷いた。
「あまり無茶はするなよ」
「迷ったらすぐに私たちにも相談するさね」
だが、二人にとってウィルは上司である前にクラスメイトであり大事な友人であった。
「あぁ、僕はこう見えて面倒ごとはきらいだからね。すぐに助けを呼ぶさ」
ウィルは二人に微笑んだ。