エメラルド色の髪の少女6
サーシャのペアがウルフマンに変更になってから、すぐの昼下がり。早速家に帰ろうかと考えているとローラから任務を言い渡された。
「下水道の見回り〜?」
サーシャが気だるそうな声をあげる。
「そうだ。お前達には下水道の見回りをやってもらう。なんでも、そこらへんからも不審な魔力反応が出ているそうだ。お前達にはその調査を頼みたい。」
「不審なものだとわかってて学生にやらせるんさね?」
ローラの言葉に、抗議するが
「今は協会の魔術師も、街の復旧業務に忙しく猫の手も借りたい状況だ。だから使える学生の力を借りる他ないというわけだ。」
「うげぇ・・・・あんな臭いところに・・・」
「ああ、そうだ。この任務は特別報酬が出るそうだぞ」
「いますぐ、行くぞウルフマン」
「現金なやつだな・・・」
と、いうわけで・・・下水道にやってきたサーシャとウルフマン。
この街は、街並みの外観を崩さないためという名目で、ほとんどの下水道が地下に敷かれており、迷宮のように張り巡らされている。
「うげぇ、くっさいさね!」
下水独特のなんとも言えない臭いが充満している。当然、これが嫌でさきほどあまり良くない反応を示していたが、サーシャにはもう一つ懸念事項があったのだが
「しかし、お前の巨体でよくここに入れたさね」
サーシャが自分の身長の倍以上あるウルフマンの巨体を見上げながら言った。
「まあ、メンテナンス用の出入り口は結構広かったからな」
「まあ、確かに出入り口もだが、この通路を普通に歩けてるのも意外さね」
「それは俺も意外に思った。だが、まあ中腰で歩くのは疲れるからな、天井が高くて助かった。」
メンテナンスの利便性のためか、水路の天井も高く、水路の横には人が歩くためのスペースが確保されていた。
それでも、ウルフマンのような巨体では気を抜くと天井に頭をぶつけそうになるのかもしれないが。
「もしかしたら、俺でもマンホールからでも入れるかもしれないな。」
ウルフマンがふと目に入った天井のマンホールを見て、そうつぶやく。
サーシャは「お前の巨体じゃ絶対に挟まる」と心の中で思ったが、それを口に出す前に彼女の五感が別のものを捉えた。
「止まるさね」
「?」
ウルフマンが怪訝に思いつつも、言うとおりに足を止める。
「硝煙の臭いだ。」
「しょうえん?」
「硝煙ってのは、火薬が爆発した時に上がる煙のことさね。私が銃を撃った時に香ばしいに臭いがするだろ?それさね」
「あぁ、あの臭いか。確かにそれに近しい臭いはする・・・ような・・・」
獣人は、人間に比べて非常に優れた五感を持っている。しかし、サーシャのように銃を持ってる輩ならまだしも、中等部の健全な学生が普段から硝煙の臭いを嗅いでるなんてことがあるはずもなく、さらに、下水の臭いも相まって余計に気づくことができなかったんだろう。
サーシャが、ポケットから携帯を取り出し、カメラ機能についているライトを点灯させて辺りを照らす。
すると、水の中に複数個のキラキラと光るものがあった。
その一つをウルフマンに頼んで拾ってもらうと、それはサーシャが日頃から見慣れたものだった。
「薬莢か、これ?」
「間違いないさね。これは、ハンドガンの弾さね」
「ほう、ということは、これはここで誰かが発砲したということか?」
「おそらくは・・・・だが、まだこれだけじゃ」・・・
サーシャ達が調べなければいけないのは不審な魔力反応のことだ。
「人の気配があるかどうかわかるさね?」
「おそらく、この先に人はいない」
「ほう、なら・・・」
サーシャが、転移魔術を起動し、懐中電灯のような形をしたものと色付きのゴーグルを二つ転移させた。
「それは?」
「ALSっていう特殊光学機器さね。この色付きのゴーグルをかけながら照らすと、足跡や指紋の痕跡を見ることができるんさね」
ゴーグルを一つウルフマンに渡し、懐中電灯と同じような形状をしているALSのスイッチをつけると、ブラックライトのような薄暗くぼんやりとした光が点灯した。
すると、ゴーグル越しに地面にはおびただしい数の大小様々な足跡が浮かび上がって見える。
後ろを照らしてみれば、サーシャ達が歩いてきた足跡も見ることができ、二人の足跡は新しいもののため、他の足跡よりも色濃くはっきりと見ることができた。
「なんだこりゃ・・・」
「そりゃ、当たり前さね。ここには、この水路をメンテナンスする人たちから、ネズミの足跡まで残ってるんだから。」
だが、とサーシャがその照らした足跡の中で、比較的くっきり浮かび上がっているものを指差した。
「それがどうかしたのか?」
「私たちの足跡を除けば、この足跡がこの中では一番新しいものさね。」
サーシャは指差した足跡を観察する。
その足跡は、非常にゴツゴツした靴底であることが見て取れ、作業員が履くような長靴でもなければ、スニーカーのような靴底とはさらにかけ離れていた。
少し険しい道でも、この靴底であれば滑らずにしっかり地面をホールドしてくれそうな、そんなデザインだった。
「見たことないデザインさね」
少なくとも、この二人には想像ができないような種類の靴であった。
「それで、この足跡と硝煙の臭いになんの関係があるんだ。」
「おそらく、この弾を撃ったのは、この足跡の人物達で間違いないさね。きっと、このあたりで、何かがあったんさね」
少し先の方へ歩いてみると、そこで足跡が止まっていた。
正確には、その場で足踏みをしたり、足をターンさせたりしている。
つまりはここでなんらかの戦闘行為があったということだろう。
そしてその足跡に混じっていたのは、子供の足のサイズでしかないものだった。
「まさか・・・な・・・」
「そのまさか・・・さね・・・」
だがその摩訶不思議な痕跡に、二人は心当たりがあった。
というか、心当たりしかなかった。