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30、なんでコケ相手にこんなマジになってんだろうね




 



「とりあえず殿(しんがり)役を決めよう」


 言いながらバックステップした小瑠璃の目の前の地面が、ゴーレムの拳で大きく吹っ飛ぶ。


「まず私で一人でしょ。あとはやれそうな人いる?」


「ボクとマムは確定としてえ、サリエルとかどぉ? 意外とやるよ、その娘ぉ」


「今の〈サンダー〉のショックで気絶してますよ~」


 見れば、サリエルというらしい紫髪の女性は、口から命に関わる赤いヨダレを溢しつつ、別の魔族の方(40代男性、小太り)に背負われていた。


「おーけー、三人でやろう」


 速攻で作戦は決まり、人員が配備された。悲しいことに、ちんたら考えていられる時間は皆無に近かったのだ。

 小瑠璃と魔族四天王の二人が殿を勤め、一気に苔エリアを脱出する。

 そのためには、まず目の前のゴーレム軍団を突破しないといけない。


 こうしているあいだにも、お前ら今までいったいどこにいたんだと言いたくなるくらい次々と、ベルデゴーレムがこの空間にやってきている。


 これだけのゴーレムたちと、ゴーレムと乱戦を繰り広げているモンスターたち。

 その1体1体が、小瑠璃はおろか、魔族四天王であるマムとアスモデに勝るとも劣らない戦闘力を有しているのだから、この迷宮における自分たちの弱小っぷりがわかろうというもの。


 いったいどうすれば、その隙間をくぐり抜け、この地獄のような空間を脱出できるというのか。


「とりあえず~、パラライズストームでも撃ちます~?」


『とりあえず生で』並みの気軽さでそう言ったマムを、小瑠璃はジト目で見つめた。


「さっき痺れたって聞いたけど大丈夫なの」


「『下』みたいな超・閉鎖空間でなければ平気です~」


 ああ、なるほど。さっきは閉鎖空間だったため、名前からして強烈な風を伴うだろう麻痺攻撃は拡散せず、閉じ込められて自分たちを襲う結果になったと、そういうことなのだろう。

 ならば、だいぶ広くなったこの上層では、おそらく問題はない。


 ――そうして、それだけわかっててじゃあなんで撃ったんだよ、という空気の中、生存への第一歩『ゴーレム突破作戦(仮)』が始まった。


「じゃ、基本はボクたちがなんとかするから、ベリアルは他の皆の先導、よろしくねぇ」


 と、アスモデは紫髪の女性を抱えている魔族の方(40代男性、小太り)に向かって言う。

 40代男性、小太りの方は「あ、ハイ」と小さな牛の角を何度も上下させて頷きながら、額に脂汗を浮かべていた。無理もない。今がどれだけヤバい状況かなんて、誰にだってわかる。小瑠璃にだってわかる。実際、魔族の皆さんは大なり小なり青ざめて、何人かいる子供はぐったりしているか、今にも泣きそうな顔をしているかのどちらかだ。


 が、しかし、そんな中。齢たったの10程度であろう少女アスモデは、不敵かつ妖艶な笑みを崩さない。


「ふふふ……生きて帰ったらぁ、皆のほっぺにチュー、してあげるよぉ?」


 男性陣のテンションがちょっと引くくらい上がった。

 お前ら今までぐったりしてたくせに、と思った小瑠璃は女性の皆様方もガッツポーズしているのを見てマジパネェと呟く。君ら全員ロリコンかよ。


「やった~」


 と、本気なのか冗談なのかマムお姉さんまで反応する始末。アンタはさっさとパラライズストームを撃ってください。

 そんな心の祈りが通じたのか、マムはキツネの尻尾を一振りすると、右手を前に突き出してゴーレムたちに狙いをつけた。


「〈パラライズストーム〉~」


 ものすご~く間延びした声と共に――嵐が吹き荒れる。


 まず、突き出した右手につむじ風が集中し、すさまじい勢いで渦を巻く。いかにも麻痺らしい黄土色の粉塵が、どこからともなく現れて、嵐の中に充満する。それが半秒とかからず終了し、そうしてできあがった麻痺の嵐を、マムは前方の乱戦へとけしかけた。


 ゴレームやモンスターたち、そして蠢くコケの地面の動きが鈍くなったのを見るや、すかさずアスモデが号令をかける。

 さっきまでの色っぽい声とはまるで違う、硬く重い声で。


「よし――全員、全力で走れ。後ろはボクたちに任せろ。振り返るなよ。いいな?」


 脊髄反射で従ってしまいそうになるその声に、なるほどこれがカリスマかと小瑠璃は思いつつ、今までとは打って変わって鋭い目でこちらを見てくるアスモデと目が合った。


「じゃあ、あとはよろしくねぇ」


「ぶっ殺すぞ」


「冗談だってばぁ。ボクも真面目に戦うってぇ」


 そう言ったときにはすでに、五十名ほどの魔族たちは、紫髪の女性を背負った40代男性小太りの方を先頭に、ゴーレムの間を突破しようと走っている。

 そこを、麻痺しながらでも襲いかかろうとしたゴーレムの1体へと、アスモデは左手を差し向けた。


「――〈リキッド・ドレイン〉」


 ごぽり、と。細い足の下から粘着質な水音が響く。半分スライム状の薄紅色をした液体が、アスモデの周りから湧き出した音だ。液体はどんどん湧き出し、波打ちながらコケの地面を伝ってゴーレムへと走っていく。


 液体が通ったあとのコケが生命力を吸い取られ、枯れていくのを、小瑠璃は液体と併走してゴーレムたちへと向かいながら見た。

「おおー」と感嘆しつつ、「ま、すぐに再生するんだけど」と、割と台無しなモノローグを発したとき。


 アスモデの操る〈リキッド・ドレイン〉が、ゴーレムの下へたどり着き、両足に絡みつく。太い足をびっしりと覆い尽くす緑色のコケが、薄紅色の液体に侵されて枯れ果てる。

 一時的に足を失ったゴーレムは、慣性のまま、すさまじい音を立ててコケのマットに沈み込んだ。


 が、


「スリー、ツー、ワーン……」


 と小瑠璃がダウンカウントを取りきる前に、コケは緑色を取り戻し、ゴーレムは大地に腕をつき、踏みしめ――そして、立ち上がる。

 早い。

 早いとそうわかっていても、やはりその立て直しの早さ、再生速度には舌を巻いてしまう。稼げた時間は、およそ3秒。『たったの』が前に付くくらい、短い時間だ。

 しかし、魔族たちと小瑠璃がそのゴーレムの横をすり抜けるには、十分とは言えずとも、決して絶望的ではない時間だった。


 殿を行くのは当然マム、アスモデ、そして小瑠璃(不本意だがナヴィも)の三人。拳を繰り出そうとするゴーレムを、前に出た小瑠璃が〈無敵〉で受ける。思いっきり前方に吹っ飛ばされた小瑠璃へと、40代男性、小太りの方から「大丈夫ですか!?」と声がかかる。あ、これ苦労人の声だわと思いつつ、埋もれたコケからなんとか脱出したところで、殿の二人が小瑠璃に追いついてきた。


「囮ご苦労様ぁ」


「そう思うなら手伝えよ」


「ごめんなさい~、私達、ゴーレムを止められるような物理技~、何も持ってないんです~」


「マムは素の力で頑張ればいいじゃん。ボクは……〈サキュバスキック〉でいいなら披露するけどねぇ」


「なにそれどんな性能?」


「すごぉくエロい蹴り」


 意味がわからなかったので、小瑠璃はとにかく走ることにした。

〈無敵〉のおかげでノーダメージではあるが、小瑠璃のパワー(1104)ではゴーレムの力(確か1600相当)には遠く及ばない。インフレしてるおかげでわかりづらいが、それはいわゆるボス級モンスターと一般人とのパワー差、と言っていいのだ。トリッキータイプのくせにやたら力が高いマムですら、ゴーレムとの力の差は200ほど隔たっている。

 当然、ノーダメージだからといって受けとめられるわけがなく、囮になれても盾にはなれないのが悩みどころだった。


 ……あれ? 殿の意味なくない?


 とは思ったが、ポケットにある業火火蜥蜴の骨が小瑠璃にもチャンスを与えてくれる。


〈無敵〉を維持しつつ、小瑠璃はゴーレムの足下まで行くと、魔法少女衣装のポケットから取り出した骨を、器用と言うべきか横着と言うべきか、虹色のオーラを使って着火した。


「わぁ~、燃えてる燃えてる~」


「発言が完全に火事場の野次馬のそれ」


 マムお姉さん、対岸の火事じゃないんだよこれ。完全にこっち側で燃えてるんだよこの炎。真面目にやれよ。あんま調子乗ってるとそのうち私もふざけ倒すぞこの野郎。などと思いつつ小瑠璃は、コケが焼かれて動けなくなったゴーレムから距離を取り、そいつがまた地面に倒れ込むのを見届けた。あわよくばコケの地面も全部燃えればいいのにと思ったがまあそんなに甘くはなく、被害は1体のみに留まる。


 とはいえ、ゴーレムの壁はなんとか抜けたか。

 ゴーレムたちの反応は様々だ。小瑠璃たちを追いかけようとする個体、他のモンスターと戦う個体、こちらを追いかけようとしてモンスターに襲われる個体など、多種多様。やや混乱気味な印象を受けるのは、ゴーレムたちの主は所詮コケで、わりかし残念なオツムだったということなのだろうか。いや、混乱する気持ちは十分わかるけれど。


 モンスターたちも、ゴーレムたちから逃げるもの、戦うもの、逃げたくても逃げられないからしょうがなく戦うもの、隠れるもの、ブチ切れてゴーレムにラリアットをかます一部の猿と、やはり多種多様。そのおかげでゴーレムの標的が分散しているのだが、思わず笑ってしまう。


 まさに今、足下を走り抜けていくマロククネズミの群れに代表されるこの空間は、そう、まごうことなきカオスだ。


 と、


「お、こけた」


 ゴレームが、ではなく、ネズミが。

 群れの後方を走っていた子供のマロククネズミが、足かどこかに怪我をしていたのだろう、動くコケに躓いて転んだのだ。


「わぅ……」と、小さく、焦ったような鳴き声。ネズミか犬かどっちだよ、というツッコミはこの際置いておこう。たとえ外界ではドラゴン級の力を持つ規格外だとしても、この洞窟、この大迷宮アレーナにおいては、子ネズミは文字通り、ネズミ程度の存在でしかないのだ。

 そして、自分を保護してくれる『群れ』から脱落した子供がどうなるか、それは明らかだ。

 いち早く反応した赤いマロククネズミはしかし、群れの統率という最優先事項のために、動けない。

 絶体絶命。そう思われた。


 なんとなく動いていた小瑠璃が、ぎりぎりセーフで子ネズミを抱きかかえ、間一髪でゴーレムの拳から逃れ、奇跡的に華麗かつ完璧かつグレイトな着地を決めるまでは。


 おおう、何やってんだろ私。

 そう思った小瑠璃はしかし、体が勝手に動くなど日常茶飯事なのですぐに考えるのをやめた。


「ヂュッ!? ヂュ、ヂュワァァアあんっ!? わワァァアあんっ!? わぉぉぉぉん!」


 しかし、無敵オーラにさらされた子ネズミが愉快で素敵でシャレにならないしかもホントにお前ネズミか犬がわかんねえぞと言いたくなる悲鳴を上げているのを聞いて笑いそうになる当たり、どうやら自分はネズミを味方だとは思っていないらしい。それにしてもこの胸部装甲とのフィット感……もしかして君、2話か3話で私の胸を潰してくれやがった子ネズミさん? もしそうならざまあみやがれ。違ったらご愁傷様。どのみち、私は自分以外に対する慈悲は欠片も持ち合わせていないのだ、と冷血にして残酷な完璧美少女を気取る小瑠璃は、とりあえず悲鳴がやかましい子ネズミを解放し、やや遅れながらも群れに戻っていくのを見届けた。


「何やってんのさぁ」


 と、〈リキッド・ドレイン〉が生み出した薄紅色の液体を操りながら、アスモデが責めるように色っぽい流し目を送ってくる。器用だね君。


「これはその、アレだ。あの赤いネズミに恩を売ってやろうという隠れた目的があるのよ」


「隠す気なくない?」


 確かに。


 だがここで恩を売っておき、あとでヤツの体にこびりついた赤いコケをブチッとやらせてもらう……というのは完全に出任せだけども案外悪くない気がしてきた。こんな土壇場でもベル子ちゃんのぐーたら対策が頭から離れないあたり、ちょっと笑えてきたが。


 まあそんなネズミの気分次第な作戦は置いといて、今は迫ってくるゴーレムの拳をなんとかしないといけない。あとついでに、化け物蜻蛉(トンボ)エントマ・ドラグーンが寄越したと思わしき〈風鳴りの刃〉のとばっちりや、ゲェーマンドリルがゴーレムを吹っ飛ばすついでにお見舞いしてきた〈タイラント・ラリアット〉の余波もなんとかしないといけない。お前ら私に恨みでもあるのか、そう思いながら小瑠璃はそれらを〈無敵〉を発動させたまま防いだ。


「――ふぅ。三途の川が見えた」


「小瑠璃なら渡っても泳いで帰って来そうだけどね!」


 そもそも渡りたくないし、ガチで復活する(帰ってくる)ブタに言われても「あ、はいそうですか」以上の反応は出てこない。とにかく、大事なのは〈無敵〉を使わされたということだと、虹色のオーラが消えていくとともに考える。これで何回目だっけ。裂け目に落ちたとき気絶してちょっと休んだから、連続使用回数的には三回目か。持続時間は二十秒強、連続使用回数は平均七回なことを考えると、たかが子ネズミの救出なんぞに使ってしまったのは痛かったかもしれない。ナヴィを引っつかみ、緑の洞窟を駆け抜けながら舌打ちする。


 が、しかし。そこはポジティブシンキング。そう、さっきも言ったがネズミに一個借りを作ったと思えばいいのだ。見れば、ものすごいスピードで走っていたネズミの群れが一瞬だけ立ち止まり、先頭の赤ネズミがこちらに視線を送っているではないか。よしよし、あれは感謝の視線に違いない。と思った次の瞬間、割とガチな威力の〈サンダー〉が飛んできた。ふざけんなお前。


 空気を引き裂くようなジグザグの雷光を思いっきりダイヴして躱す。ごろごろごろとコケの蠢く地面を四苦八苦しつつ転がりながら、この恩知らず、黒こげ焼死体にするつもりかテメーとネズミ野郎を睨んだ。直後、気づいた。


 さっきまで自分がいた場所めがけて正拳突きを唸らせようとしていた苔ゴーレムが、ブスブスと煙を上げて黒こげになっていることに。


 ……まさか、助けてくれた?

 いやまあ、避けなきゃ黒こげになったのは小瑠璃だったわけだし、ゴーレムパンチだってスピードとパワーこそ化け物(当社比)だが軌道は単純と「べ、別に避けられないわけじゃないんだからねっ」状態だし(希望的観測)、そもそも本当に助けてくれたかも不明だし。というわけで気にする必要なんて全然ないのだけれど、無性に釈然としないのは何故だろう。


 おいおい、あっさりチャラにされたぞ、借り。

 まず思ったのはそれ。次に思ったのは……うん、そんな場合じゃないということ。んなことに使う頭があるならもっと考えることがあるはずだと、現状の分析と把握に努める。


(今追ってきてるゴーレムは……ネズミを追いかけてるのを入れたら2体か)


 怪我をしている子ネズミに合わせてスローペースな上、帰り道が同じなのか、魔族+自分とネズミの群れは重なり合うように走っている。それを2体のゴーレムが追いかけている、という構図だ。


(今のところ、前から来る気配はない。ってか前からは出尽くしたのかな。後ろの2体は私たちが囮でなんとかなってるけど、乱戦状態だからとばっちりには気をつけて走りましょうと、そんなとこかね)


 と、そこでマムが二発目の〈パラライズストーム〉を放った。追ってくる2体のゴーレムに加え、近場で乱戦中のモンスターたちの動きが鈍くなる。

 やはりというか麻痺耐性には個体差(というか種族差)があり、麻痺の嵐によってゴーレムに有利になるモンスターもいれば、痺れ状態になったところをボコボコにされている哀れな犠牲者もいた。

 そんな連中はさておき、絶賛大乱闘中のこの空洞からやっと脱出できそうだ。そこまで広いわけでもないのに長くかかった気がするのは、やっぱりあれか。命の危機で時間が圧縮されたとかそんな理屈か。

 先頭を走る魔族の皆さんがやっと空洞の端っこに到着し、細い道に入るのを見届ける。いい調子だ。この調子ならニ、三秒後には小瑠璃たちも道に入れる。細いといってもゴーレムが暴れるには十分な広さなので、残念ながら逃げ足をゆるめることはできないが。


 だが……それすら友人の知世がクリスマスとお盆と勤労感謝の日に大量生産するティラミスケーキ並みに甘ったるいクソみたいな希望的観測だと知るのは、直後のことだ。


 殿を務めるマム、アスモデ、小瑠璃(+ナヴィ)の三人と、その他の魔族たちを分断するように……苔がむくむくと盛り上がったのだ。


「うわぁ……出たよぉ」


 と、苔が形作ったものを見てアスモデが顔をしかめる。「あら~」とマムお姉さんの頬を汗が一筋伝ったのを見て、小瑠璃は「あ、今けっこうヤバい状況なんだな」と察した。


 まあ、目の前にいるのは一目でヤバいとわかる化け物なわけだが。


「なんだこいつ」


 と言った小瑠璃の目の前には、細い道の入口を塞ぐかのように、天井高くまで盛り上がった緑色の柱が九つ。いや、柱というより首か。床から天井へ突き上げるみたく生えてきた物体が、今度は鎌首をもたげるように曲がる。小瑠璃たちへと向く先端がうごめき、形を変える。

 そうしてできあがった九つの蛇の頭が、九対十八個の眼を怒りに染めて、通算三度〈パラライズストーム〉をぶちかましてくれやがったマムを初めとする小瑠璃たち一行を睨んだ。


 なんだこいつと言った小瑠璃に返事をして、マムはそれでも呑気さを失わない声で。


緑王苔主(りょくおうたいしゅ)の攻撃形態その二、『緑鱗のヒュドラ』~」


 かっけーな。

 混じりっけなし純度100パー現実逃避の感想が、ポロっと口からこぼれた。

 






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