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29、地獄に仏と言いますが、これはあれだ、地獄に地獄だ




 



 前回のあらすじ:ネズミが天井吹っ飛ばした。



 極大のビームのような雷が下から上へと伸び上がり、天井へと穿った大穴。

 ぱらぱらと焼けたコケが降ってきて、それでも再生しようとしているかのように、もぞもぞ動いている。

 その、自分が開けたわけではない穴を無表情で眺めながら、小瑠璃はポツリと呟いた。


「チャンスとは与えられるものではない、掴むものなのだ」

 

「かっこつけて言ってるけどぉ、思いっきり与えられてるよね?」


「ネズミさんに感謝~、ですね~」


 呑気に言う魔族二人に、うんうんと頷くナヴィ。


「まったくだよ!」


「おいブタ、なれなれしく便乗しないでくれるう?」


「皮はぎ取りますよ~?」


「二人とも、殺意まき散らすのは後にしよう」


 後ならいいのかい? とナヴィが首を傾げるが黙殺する。どうせ敵意のある攻撃は通さないんだ、気にするな。


 ずぼっ! と、子瑠璃はどさくさに紛れ、全身をコケから引き抜いた。抜けられるんかい、と無言のツッコミを発した気がしなくもないコケを尻目に、四天王二人もずぼっと抜けたことを確認して一言。


「君ら、今までノリで捕まってたの?」


「いや~、緑王苔主を~、下手に怒らせたくなくて~」


「矛盾した証言どうも」


 じゃあなんでパラライズストームとかいう魔法撃ったし。などと思いつつも、体は脱出するべく動いていた。

 よっこらせ、と魔族の皆さんを五人ほどコケから掘り出して、背負って、パニックなのか怒りなのか、うねうねと波打っているモスグリーンの壁に手をかけ、上っていく。

 ……意外と難しいなこれ。力は足りてるけど、バランスが取りづらい。 


「お世話になってしまって、すみません~」


 よじよじと上っていく隣で、同じく重傷者たちを背負いながらマムが言う。アスモデも、小柄なせいでいっそうバランスを取りにくそうにしながら、他の魔族たちを抱えている。


 二人に解放された残る魔族たちも、余力がある者は自分で、力を吸われまくった重傷者は他の誰かに背負われて、一路上層を目指そうとしていた。

 

「ドンマイドンマイ気にすんな。こんな日もあるさ」


「わぁ~、微妙に上から目線~」


「そのうち天から目線に進化したいなと思ってる」


 そうしたら百周回って素直に受けとめられるだろうと、割と本気で思っている。


「なんだか無性に『青い物が欲しく』なって来ました~。その綺麗なお目々とか~」


「ねえアスにゃん。終始笑顔だからいまいち掴みにくいんだけど、私今マムお姉さんから怒りを向けられているの?」


「んーん、ぜーんぜん」


「それで目玉要求してくるとか魔族って人生ハードモード過ぎない?」


「むしろベリーハードだけどねえ」


 アスモデは真面目な顔で、呟くように言った。小瑠璃はそれで、この世に生まれて10年と少し程度しか経っていないはずのこの少女が今までどんな風に暮らしてきたのか、なんとなく察した。


「ちなみに現状(いま)の難易度は?」


 が、あえて茶化す。

 あえての質問なのがわかったのか、アスモデは「ふふ」と無駄に妖艶な意味を浮かべた。そこらの道を歩けば十人中十五人がロリコンに目覚めそうな笑みである。


「ベリーベリーイージー、ってとこかなぁ」


 言い切った。おお、かっこいい。ロリロリしいのに漢らしいという新境地を無駄に開発するアスモデに小瑠璃は戦慄を禁じ得なかった。

 逆境をものともしない強さを感じさせるそのセリフは、つい数秒前までコケに体の七割埋まっていたことさえ思い出さなければ完璧にかっこいい女だった。小瑠璃は過去を振り返らない女(自称)なので素直に賞賛した。


 まあ実際の難易度はベリーベリーハードといったところか。蠢くを通り越してもはや襲いかかってきやがったコケを見ながら小瑠璃は思った。


「参るなホント。割と軽い気持ちで魔族城を出たのに」


 圧倒的物量と時限式の〈無敵〉は正直あまり相性がよろしくない。舌打ちしつつ、上下左右、跳びはねるように壁を移動する。さながらアクションゲームの崖際ばりの挙動で我ながらちょっと引いた。

 壁からコケが触手のように突き出して襲いかかってくるのを、超絶身体能力による回避と〈無敵〉によって次々いなしていく。


 どうでもいいが(いやどうでもよくないが)、ヘルハウンドを倒してレベルアップしたあとも、何故か〈無敵〉さんの性能は上がらなかった。そんなに魔法の才能がないのかとちょっと落ちこんでいる。


「ずいぶんめずらしい魔法持ってますね~」


〈無敵〉を見たマムがちょっと欲しそうな顔で言う。絶対やらんぞ。と、言っているうちに。

 

「よっしゃ脱出」


 こじ開けられた穴がふさがる前に、なんとか上層へ出ることに成功した。

 小瑠璃に続き、マムやアスモデ、まだ動ける魔族の面々も穴を脱出していく。


「ふぅ。シャバの空気が五臓六腑に染み渡るな」


「下もここも、おんなじコケ臭100%の空気だったけどねえ」


「反吐が出る臭い~」


「そう? ボクは深みと味わいがあっていい匂いだと思うけど――」


「「「頭おかしいんじゃないの?」」」


「ひどいや!」


 小瑠璃はおろか、四天王の二人、そしてモブ魔族の皆さんにまで同じことを言われる始末。しっかり嫌われてて可哀想だなと思いつつスルーした。実際、こんな草ぼうぼうの空き地にドブぶちまけてそこからさらにミラクルカスタムしたような青臭い臭いを平気な脳みそは理解に苦しむし。


「……で、一応聞くけどこれからどうするよ」


 塞がっていく穴を見ながら言う。

 似たような穴が他にもある可能性を考えると、気をつけて進まなければならないだろう。


 アスモデも多分同じことを考えているんだろう、唇に指をそえ、穴を見ながら、


「基本方針はもちろん魔族城への帰還、だけどぉ……どうやって無事に帰るか、だよねえ」


 どおん!


 と、ちょうどすごい音がした。

 どさどさどさっ、と小さな塊がいくつも落ちてきて、コケの地面をバウンドする。何かと思えば、一足先に穴を脱出したマロククネズミたちだった。


「ま、そうなるな。ちなみに妙案はある?」


 すぐ隣に落ちてきた赤いマロククネズミが、立ち上がり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()体を震わせるのを見ながら、小瑠璃は聞く。


「ないかなあ」


「ですね~」


 即答だった。お前ら指導者的立ち位置(リーダー)のくせにそんな調子で大丈夫かと、案の定不安な顔をしている魔族の面々を眺める。それから、改めて、ゆっくりと、薄暗い洞窟の空間を見渡した。


 周囲では……コケまみれのゴーレムの大群が、ちょうど、逃げようと暴れ回っているモンスターたちとすったもんだの大乱闘を繰り広げている。


「私もだ」


 小瑠璃は死んだ目で言った。




   ○




「ちょっとちょっとちょっと! 急になんなのよ、もう!」


 ベルはイライラしながら地面を蹴って高く跳び、足元で蠢く苔の地面へと〈ファイアボール〉をぶつけた。

 巨大な火球は緑の地面にぶつかると、広範囲にわたって炎熱を拡散させ、コケを焼き尽くしていく。

 とはいえ、それで安全なのはコケが再生するまでだ。焦りを抑えて走り出しながら、次の〈ファイアボール〉の準備。魔力の残量を〈鑑定眼〉で確認しつつ、あちこちからやって来るベルデゴーレムの集団を睨む。


「はあ……嫌な予感、的中ってわけね」


 この絶望巨蜂デスピアリーホーネットの巣をつついたような騒ぎは、間違いない。《あれ》が来たのだ。


 大捕食……大袈裟な呼び方だが、ようするに『ブチ切れた』。


 こうなった緑王苔主はしつこい。怒りが収まるまで、テリトリーのありとあらゆる生き物を呑みこみ、養分にしようとする。生き残るのはたまたま狙われなかった取りこぼしか、なんとか逃げのびた者だけだ。


 この『大捕食』を、緑王苔主はベルが生まれてからの15年で少なくとも8回、そして今回の2回で合計10回は繰り出しているという驚異の煽り耐性のなさを誇るが、毎回毎回、テリトリー内のモンスターがそのたびに激減するほどの凄まじさだ。


 前回、殿を引き受けたベルが逃げられたのは、物量の割にコケ自体の動きはそれほど速くないこと、なにより〈瞬間移動〉の魔法があったからこそ。

 それがなかった仲間たちがどうなったのかは……あまり、考えたくない。


「…………ああ、もう!」


 無力な自分への怒りを込めて、ベルは手近なゴーレムに〈ファイアボール〉をぶつける。


〈瞬間移動〉で逃げるという選択肢はない。〈ファイアボール〉で切り開く方向も背後ではない。あくまでも『ガンタッカーさん』が指し示す、緑の領域の奥を目指す。


『大捕食』を引き起こしたのは、この先にいるだろう小瑠璃の可能性が高い。だとすれば、小瑠璃は自分以上にピンチなはずだ。それこそ、一刻も早く助けに行かなければ間に合わないくらい。

 なのに……『ガンタッカーさん』の反応を見て走る方向を変えるというやり方では、スムーズに移動できない。それがじれったい。落ち着けと自分に言い聞かせながら、ベルは焦りを消すことができなかった。


 その焦りをぶつけるように、ベルはまた〈ファイアボール〉を撃とうとして……

 やって来るゴーレムの大半が自分ではない誰か――おそらくだが、小瑠璃を目標に移動していることに気がつく。


「これは、いよいよやばいかも」


 発射しようとしていたファイアボールを待機状態に戻す。巨大な火球が宙で渦を巻き、ベルの赤い髪をちりちりと焦がした。

 自分に向かってこようとするゴーレムもいるにはいたが、ゴーレムたちの進行方向は一様にベルと同じ、洞窟の奥だ。


 再生を終わらせて襲いかかってきたコケを焼き払う。再生の隙を狙って小瓶を取り出し、『ガンタッカーさん』を確認する。

 やはり、ゴーレムの行った先に小瑠璃がいる可能性は、高い。


「……あー、もう! よし! やばいけど手っ取り早くていいわ! そう思うことにする!」


 まるで何かに導かれるような予感がしていた。青いゼリー状の『ガンタッカーさん』を懐にしまい直し、前を向いた。

 無理やりなポジティブシンキングで焦りやら怒りやら、邪魔な感情をまとめて吹っ飛ばし、闘志で上書きしようと試みる。よし、できた。たぶん。


 ベルはゴーレムが起こす地響きを追って、蠢くコケの絨毯を思いっきり、駆けた。


「まったく、災難に事欠かないんだから、ホント!」


 まあ、ここで暮らしていれば毎日がハプニングである。今さらか。

 とにかく、そう、望むところ。

 そうでも思わないとやってられないのが悲しいところだった。





絶望巨蜂デスピアリーホーネット:アレーナ第一層アビスの一部地域にて、巨大な空洞などに巨大な巣を作る巨大な蜂型モンスター。同じくアビスの一部地域に咲くソクシユリから蜜を集めて作った絶望ハチミツは絶望的な不味さと強烈な死の魔力と馬鹿みたいに高い栄養価で有名。


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