25、ふぉーる・いんとぅー・ぐりーん
どうしても勝てない相手というものは、まあ存在するものである。
それはたとえば、赤点のテストを持ち帰ったその日の夜の母親だったり、寝起きの不機嫌MAX状態の兄貴だったり、何か言うとすぐ涙目になって罪悪感を刺激してくるビビりかつヘタレの親友だったり、色々だ。
直近の例で言うならば、あのクソ犬、もといヘルハウンドが当てはまるだろう。
本当なら勝てる相手ではなかったと思う。〈幽体〉があるせいか素の耐久が低かった以外は、力も、器用も、敏捷も、魔力も、そしてスキルにもつけいる隙はなかった。
小瑠璃が唯一勝っていると断言できるのは〈無敵〉のみ。それにしたって、ナヴィがくれた情報、惚れキノコという小道具、ベルの協力がなければ焼け石に水程度の意味しかなかった。
そして、それらすべてに小瑠璃の悪知恵と演技力が加わったからこそ、一週間前ヘルハウンドを倒せたのだ。
勝負内容的にはただのだまし討ちで、ズルいとも言えるものだったが、別に恥じてはいない。卑怯だと思うような殊勝な性格はしていないし、アレに真っ向勝負で挑もうとすること自体、卑怯以上の傲慢でしかない。
つまり、だ。
あの赤いネズミにも、真っ向勝負じゃ歯が立ちそうにない。
なら、どうするか?
ズルして勝とう。
「ナヴィ知ってる? ネズミって実はチーズ嫌いらしいよ」
コケだらけのエリアを脱出し、もはやホームグラウンドと化した酸の泉エリアにて、小瑠璃は惚れキノコをもぎ取りながら言った。
「そいつは知らなかったよ!」
ナヴィは大げさに驚きつつ、先ほどからキノコをもぎ取ってはポケットに入れている小瑠璃の隣でぱたぱた浮いている。
「かわいそうに。人生の26割を損してるね!」
「お前にとってのチーズはいったい何者なんだ」
「それで、小瑠璃はさっきから何をしてるんだい?」
ツッコミはスルーですかそうですか。
せっかくちょっと興味出てたのに。そう思いつつ、まあ優先順位で言えばこっちなので説明する。
「いやさ、あのネズミをはめるためのエサを集めようと思って」
「エサ?」
首を傾げるナヴィに、呑みこみの悪いやつめと思いながら追加説明。
「あいつ速いし強いじゃん。正攻法じゃ埒があかないからさ、こう、適当にエサでおびき寄せて、惚れキノコでも毒でもなんでも使って弱ったところを仕留めようかなと」
「罠をしかけるんだね。いかにも小瑠璃らしい発想ですばらしいと思うよ!」
「そんなにほめられると照れる」
とりあえず必要だろう分のキノコは確保したので、次の目標に移ることにする。
「マロククネズミだっけ。あのネズミって何食べるの?」
「たしか肉食だったはずだよ。あとは……骨なんかも好きだね」
なるほど、割と雑食なのか。まあ、いちいち食べるものなんか選んでられないとかそういう事情なのかもしれない。
じゃあ、ここから骨と岩エリアに移動しつつ、勝率が安定してきたニワトリでも探そうか……と方針を立てる。それなら肉も手に入るし、骨だって好きなだけ拾える。ついでに引くほど燃える骨片を探して補充するのもいいだろう。
物資は大切である。こまめに補充して初めて、アイテムというものは惜しみなく派手に使えるのだ。
たとえばアクションゲーでは、アイテムをケチるのも補充を面倒がるのも、二流である。プレイヤースキルはもちろん、豊富なアイテムを的確に使いこなすことができて初めて一人前なのである。
だが所詮ゲームはゲームと言われればそこまでなので、そっちの方はまあ、気合いを入れて準備する必要はないかもしれない。しかし、悲しいけどこれ現実なのよね。
「でも小瑠璃、惚れキノコだけじゃうまくひっかかっても不安が残るよ。君もさっき言っていたけど、毒も仕込んでおく方が確実に殺せるんじゃないかい?」
いや、殺すとは一言も言ってないけども。
「なんだろうね、ちょくちょく発言が黒いというかシビアよね」
小瑠璃は肩をすくめた。
「まあしかし、私も毒は必要だと思う」
「じゃあ、探さなくていいのかい?」
「いやもう持ってる」
そう言って、小瑠璃は魔法少女衣装のポケットから赤黒い粘液がつまった小瓶を取り出した。
「それはまさか……」
「うん、でろでろさんの毒液」
城の中でブラッディオイルのはいずり跡を見かけたとき、採取しておいたものだ。
こちとら転んでもただでは起きぬ。不本意な同居人を前にただ泣き寝入りするわけなかろうなのだ。
「流石小瑠璃。用意周到というか、せこいね!」
「おいどうした、今日はやけに褒め殺すな」
とにかく、これで毒とキノコは用意できたことになる。残すは骨と肉のみだ。
「さて、じゃあ次はニワトリかな」
「今のところ唯一勝てる相手だもんね!」
「それも割と命がけなんだけどね。他のやつらはだいたい徒党組んでるからもっと無理ゲーだけど」
単体なら互角……いや、やや不利くらいか。あいかわらずクソゲーだなと思う。なんだよザコ敵一体一体が互角以上って。
小瑠璃は憤慨しつつ、言ってもしょうがないので歩き出した。ナヴィもそのあとに続き、ぱたぱたと羽を動かす。
「ところで小瑠璃」
「なに」
「ちょっと小腹がすいたから、チキンは多めに仕留めてもらっていいかな?」
「上の方で命がけって言ったの聞いてなかった?」
○
小瑠璃がアホなことをのたまうナヴィをはたき落とし、バインバインとドリブルを始めた頃。
「あー、もう! うっとうしい! 〈ファイアボール〉!」
一方のベルはコケのはびこる植物エリアでゴーレムたちに襲われまくっていた。
二体。
いったい何が気に食わないのか、本気で殺しにかかってくる。ベルでも当たると痛いでは済まないパンチが、リズミカルにコケの地面を震動させていた。
しかしベルも負けてはいない。回避の合間を縫って放たれた〈ファイアボール〉で、ゴーレムにまとわりついているコケ――『緑王苔主』の一部を焼いて焦がす。ただの岩になったゴーレムが再生する前に、今度は〈コメット〉を使って粉微塵に砕いた。
「――っ、ふぅ」
同じくもう一体も料理して、一息。ナヴィにぶらさがって逃げ回っていた小瑠璃とは雲泥の差である。
(……なんだかんだあの子を頼ってたけど、スペック的には私の方が上なのよね)
事実〈無敵〉を使った肉弾戦よりも〈ファイアボール〉、〈コメット〉の方が威力は高い。小瑠璃がベルに勝っているところといえば〈無敵〉時の防御力と悪知恵くらいである。
そう思うと、しっかりしなくちゃ、と柄にもない気持ちが湧き上がってくる。とにかくこの辺にいることは確かだから、さっさと見つけて連れ帰らないといけない。
「ゴーレムしか来ないうちは、まだ安心だけど……」
つぶやきながら、またやってくるゴーレムを相手に今度は逃げの一手を打つ。
あまり刺激すると次々やってきて余計面倒だからだ。
まったく、ヘルハウンドはもういないのに、緑王苔主はまだ気が立っているのかと舌打ちする。
それとも、他にまだ何か理由があるのだろうか。まさか小瑠璃とベルの二人が入ったくらいでこんな反応するなんてこと、ないだろうし……
(……ないわよね?)
ちょっと不安になってきた。
面倒なことになる前に、小瑠璃と合流しなければ。
「…………」
イヤな予感がする。魔族……他の仲間と離ればなれになったのも、ちょうどこんなときだった。
ちょうど、というか今もその延長なのだが、こうして緑王苔主が苛立っているところをもたもた歩いていると、すかさずベルデゴーレムがやってくる。それを倒すとまたやってくる。それを倒すと……というふうな繰り返しは危険信号だ。
何度もゴーレムを撃退するということは、それだけ相手の逆鱗をつつくということだから。
あのときは仕方なかった。とっさに逃げられる通路がここにしか通じていなかったし、混乱していた上、たくさんの非戦闘員を連れたままここを抜けるのは難しい。結果、ベルは自分の力不足のツケを払い、仲間をかばった末、離ればなれになることになったのだ。
そのときと今は、似ている。
似ているだけならいい。でも、もし同じなら……
もし《あれ》が来たら、〈無敵〉があるといっても小瑠璃では対処できないだろう。急がなければ。
懐に入れた小瓶の中身――『ガンタッカーさん』が指した方向に向かって、ベルは足を早めた。
○
「よし、準備完了」
骨、肉、キノコ、毒液がちゃんとあるなと確認する。
「あとは素敵に不運な偶然を装ってこれを食わせればOKだ」
まあそれが一番難しいのだが、気にしない。何故かゴーレムが来ない(どっかで油売ってるんだろう、きっと)のを幸いに、ふたたび植物エリアに凱旋する。
「あの辺とかどうだろう」
「いいんじゃないかな!」
と、手頃な場所を見つけてエサを置く。
そこそこ大きな空洞だった。けっこう岩が転がっていて……といっても、ゴーレムに使われるような大きな岩じゃなく、小さな岩。それがいくつも転がっていて、隠れる場所には困らない。ゴーレムはともかく、ネズミには気づかれないだろう。
雑に場所を確保すると、小瑠璃はさっそく準備に取りかかった。ニワトリ肉は軽くロースト、キノコは磨りつぶし、毒液と混ぜたペーストにしてチキンに塗りたくる。骨はもう適当に下に敷いておいた。
「――おいしそうだね!」
「正気か」
食べたら天国行き確定だぞ。……いや、地獄か。
「食べないでよ。ナヴィに死なれたら困る」
なにせこいつ、死んだら乙女の胸元でリスポーンしやがるのだ。信じられないデリカシーの欠如である。
もうそのまま死んでればいいのに。そこはかとなくそう思いつつ、罠のセッティングを完了する。ローストチキンの香ばしいにおいがしっかり漂っていることを確認して、岩陰に隠れた。
そして、ひたすら待つ。
「…………」
待つ。
「………………」
待つ。
「……………………」
待つ。
そして五分も経っただろうか、小瑠璃は真顔で、
「飽きてきた」
「流石だね!」
ナヴィはその一言で済ませた。皮肉か。あ、皮肉か。小瑠璃は悩んだあげく、
「……しりとりでもする?」
と言うとナヴィが「うん!」と無駄に元気よく答えたので、唐突なしりとり合戦が始まった。
先攻は小瑠璃から、しりとりの『り』につないでいく。
「じゃあ、『利尻昆布』」
「ぶ、ぶ、ぶ……『ブタの丸焼き』!」
「『黄菖蒲』」
「『ブタのしょうが焼き』!」
「……『銀行株』」
「『ブタ肉のピカタ』!」
「清々しいくらいブレないなお前」
そんなに調理されたいのだろうかと思いつつ、ナヴィとのしりとりが意外と楽しかった小瑠璃は約一時間をそれで潰したあとちょっと後悔した。
「そういえば」と、途中やって来る赤ネズミ以外の面々になんとか必死でお帰りいただきながら小瑠璃は言う。
「なんだい?」
「気になってたんだけどさ、あのネズミなんでゴーレムに襲われてるの」
こてりと首を傾げて聞く。よーく考えてみれば、あのネズミがコケに寄生されてるならゴーレムに襲われる理由がないのだ。
ナヴィはしばらく考えこんだあと、
「わっかんないや!」
小瑠璃はおもむろにナヴィをひっつかみ、思いっきり地面に投げつけた。
ばっこぉぉぉぉぉんっっ!!
とものすごい音がして、洞窟が揺れる。
「こ、小瑠璃……成長、したね……がふっ!」
「いや私じゃないよこれは」
震源はちょっと離れている。またゴーレムかと小瑠璃はそっちを見た。またゴーレムだった。
「なんかさっきも見たぞこの光景」
単体で来てほしかった赤ネズミがゴーレムの前を走っているのを見ながらつぶやく。
……それにしても、なんで逃げないんだろう?
ゴーレムからではなく、この植物エリアから。あの足の速さならそのくらい簡単なはずなのに、ネズミからはそうしようという気がまったく感じられない。
まるでゴーレムに追いかけられること覚悟で、なにかしようとしているみたいだ。
結果としてそれがこのコケ植物たちを苛立たせる結果になっているのだろう。ゴーレムの動きはさっきよりかなり乱暴になっている。たとえるなら力と敏捷にプラス補正、器用にマイナス補正といった感じ。
ようするにシャレにならないので、さっさと〈無敵〉を発動させて接触に備える。虹色のオーラが小瑠璃を包み込む頃には、ネズミとゴーレムは目と鼻の先にまで来ていた。
さらにスピードを上げ、小瑠璃の脇を通り抜けようとするネズミと、一瞬目が合う。おおよく見ればかわいいじゃんと思いながら、小瑠璃は今まさにゴーレムを押しつけられようとしていることも含め、そうはさせるかと身構える。
そのとき、それは起こった。
緑色の地面が波打つ。もちろん波打っているのは地面そのものではない。コケだ。得体の知れないコケが得体の知れない動きをして、洞窟がぐにゅぐにゅと形を変えていく。そしていきなり、バッカンと小瑠璃たちの足下の地面が口を開けた。
「あ、しまった」
とっさにナヴィにつかまった小瑠璃は、直後自分の失敗を悟った。
「重、……がふっ……死、助け…………」
ただでさえ安定感のないナヴィの飛行が、折檻のせいでさらにひどくなっている。吐血しながら飛ぶナヴィを見上げ、小瑠璃はほんの少し後悔した。
だがまあ、ナヴィが絶好調でも結果は変わらなかっただろう。コケが作った『裂け目』は、差し渡し二十メートルは軽く超えていたからだ。
(元々あった裂け目をコケが隠してたとか、そんな感じかな……)
呑気にそんなことを考えていられるのは、それ以外できることがないというか、ぶっちゃけあきらめの境地だからである。
視界の端、赤いネズミとゴーレムが裂け目の暗闇の中に落ちていく。たぶん数秒後には自分も同じ運命なんだろうなと思いながら、小瑠璃は心にもないエールをナヴィに贈った。
「がんばれーナヴィーかっこいいぞー」
当然落ちた。




