24、ないとめあー・ぐらふてぃんぐ
ちょろっとタイトル弄りました。
突然だがあなたは、
「お前の脳内お花畑かよ(笑)」
といった主旨の罵詈雑言を食らったことはおありだろうか? 私はある。
言ってくれたのはいつも同じヤツで、幼稚園、小学校、そして中学校と続く腐れ縁だ。同じくらいの成績で、ケンカの強さも同じくらいで、ありがちなライバル的存在。親友の知世が心配する程度には、ちょっとした犬猿の仲だった。
で、お花畑と言われるたびに毎回もれなく保健室送りにしてやるわけなのだが。そこで一緒に手当てされてやっていたというのだから、私の聖人君子っぷりはとどまるところを知らない。
……お前も保健室送りになってるだけだろって? 知らんな。
ともあれ、私は何度か『脳内お花畑ちゃん』と言われたことがあって、ちょっと使い方間違ってんじゃない? とは思いつつ、まあ多少なりととち狂っている自覚はあったりするので、そう呼ばれても否定はできなかったりする。
けどさあ。
これはないだろ――――と、小瑠璃は目の前の景色を見ながら思った。
見渡すかぎり、どこまでも、どこまでもお花畑。
パンジーだのチューリップだのコスモスだのラフレシアだのが、季節も何も関係なく咲きまくっている。
「まーたここか」
ちょっとうんざりした感じにつぶやいたのは、この景色に見覚えがあり、この場所に心当たりがあったから。
そう、ここは以前にもちょろっと来た(というか性質の悪い悪霊に強制的に連れてこられた)自分の脳内お花畑なのであった。
(そういえば私、ネズミをぶっ飛ばそうとして返り討ちにあったんだっけ)
それでかーと思ったものの、たかが気絶でこんな場所に連れてこられてはたまったものじゃない。性質の悪い夢か、それかひょっとしてまた幽霊にとりつかれたのかと、きょろきょろ辺りを見回した。
だがしかし、それっぽい姿はない。くるくると奇声を上げながら回るニワトリも、黒いガス状の悪霊も、なんにもいない。ある意味悪夢のようなお花畑がえんえんと広がっているばかりである。
…………もしかして、ホントに気絶しただけでこんなとこに来てしまったんだろうか?
「ん?」
もっとこうピンチのときに来るとこでしょと呆れていると、こつんと何かが足にあたった。
なんだろうと拾ってみると……
「わーお」
ガイコツだった。
「なんでこんなもんがここに……ってなんかいっぱいあるし」
よく見たら、花の下に隠れてガイコツがたくさん転がっているではないか。そしてよく見なくても空は不吉な赤色をしているではないか。
「私のインナースペース殺伐としすぎでしょ」
おかしいな、前来たときは少なくとも青系統の色をしていたはずなんだけど。ある意味悪夢というか、もう本当に悪夢みたいな光景を前に小瑠璃は首をかしげる。
本当にここは前来たところなのだろうか。前も骨はあったけど、あれは外から来た不純物だからノーカウントだし、そもそもこんな一面に広がってはいなかった。
……外から来た、不純物?
そういえば、最近手に入れた物騒なスキルがあったような……
そんな嫌な予感がしたのと同時、手に持っているガイコツがカタカタと鳴り出す。小瑠璃は無言でそれを捨てた。
カタカタ、カタカタ、カタカタ……
ガイコツはまるで壊れた玩具みたいに歯を打ち鳴らしている。何か言いたいことでもあるんだろうか。で、どうしたどうしたと見ていたのだが、そのうちピタリと動きが止まる。
「?」
首をかしげていると、今度は別のガイコツがカタカタ言い出した。「おおう」とか言っているうちに、それが止むと今度はその向こうにあるガイコツが、さらに向こうにあるガイコツが、といったふうに、カタカタ鳴るガイコツは徐々に小瑠璃から遠ざかっていく。
「ひょっとして、呼んでるの?」
一定距離離れたらずっと同じガイコツが鳴るあたり、本当にそうみたいだ。カタカタカタカタ、カタカタカタカタ、カタカタカタカタカタ……いい加減うるせーぞとなってきたので、しかたなく、そっちに歩いていくことにする。
「ホント、イヤな予感しかしないんだけど」
歩いていくというより、花畑をぐるぐる回るという方が正しいか。
直進。右折。左折。八の字を描き、かと思えば後ろに下がる。極めつけは同じところを何周もしたり……ナビゲーターなしのスイカ割り並みに奇妙な挙動を繰り返しながら、花畑をぶらついていく。
飽きてきたのと嫌な予感がするのとで、ちょっと帰りたくなってきた。いい加減帰ろうか。でもどうやって帰ろうか、そう思っていると。
ざざあっ……
ノイズ。
テレビの砂嵐のように、周囲の景色がほんの一瞬、ブレる。
来たか、と小瑠璃は足を止めた。いや何が来たかは知らないけど。ガイコツが急かすようにカタカタと鳴っている。心なしか、さっきよりも音が強かった。
「……しゃーないか」
そんなに言うならとことん行ってやろうと覚悟を決める。どうせ帰り方もわからないし、案外この先に待っている何かとあれやこれやしないと帰れないとかそんなオチなのかもしれない。
それならしかたないなと、あきらめてまた歩き出した。
ざざあっ……
ざざあっ……
歩けば歩くほど、進めば進むほど、砂嵐が起こる間隔は短くなっていく。景色がブレていく。そして……
ひときわ大きなノイズとともに、世界が変わった。
見渡すかぎりの荒野。
あれだけあった花が、影も形もない。花のかわりに転がっているのは、カタカタと不気味に鳴っているガイコツたちだ。
小瑠璃の目の前で、ぽっかりと大きな穴が口を開けている。
その底にあるのは、暗い、どこまでも暗い闇――ではない。
闇よりも、もっと怖いもの。
ばちばちとものすごい音を立てて爆ぜる漆黒の雷が、闇のかわりに穴の底でわだかまっていた。
「……………………、なにこれ」
ぽつりと小瑠璃がつぶやくと、
「『憤怒』だ」
横合いから、少年みたいな幼い声。
声のした方を見ると、思った通りの幼い少年が小瑠璃の隣で穴を覗き込んでいた。ぶかぶかの大人用コートに、色素薄めの白い髪、白い肌。
ちょっと親近感を覚える死んだ目の少し上、小さな額から一角獣っぽい一本角が生えている。
「『憤怒』?」
誰だあんたと聞くかわりに、小瑠璃はこてりと首をかしげて聞いた。
「うん。君は『簒奪者』だから……セキュリティの一環で、精神汚染がはじまってるんだ」
「マジすか」
そういえば思い当たる節がある。このところ我ながらやけに怒りっぽいのは、もしかしたらそのせいなのかもしれない。
そのことを話すと、少年はこくんと頷いて言った。
「そう、『憤怒』は君を認めない。正当な『継承者』に引き渡すまで……あるいは君が死ぬまで、君を苦しめ続けるだろう」
「なんとまあはた迷惑な。好きで簒奪したわけじゃないんすけど」
「ああ、君が『憤怒』を奪う経緯は俺も見てたよ……災難だろうけど、がんばって」
「適当っすね」
小瑠璃はジト目になって言った。少年は眉一つ動かさず、黒い雷を見ながら答えた。
「……なんとか力になりたいとは思ってるんだけど、一応。でも、こいつはじゃじゃ馬だからね。今の残りかすみたいな状態の俺がどこまで干渉できるか……」
「もう完全に『内なる敵』みたいな扱いになってることはさておき、対処法はないんすか」
「そうだな……すでに一族に『継承者』が現れているなら、そいつに引き渡せばいい。現れてなかったら……」
「なかったら?」
「気を強く持って、現れるまで待ってください」
投げやりすぎる。そんな思いが伝わったのか、少年はぽりぽりと頬をかいた。流石に言い方がまずかったと思ったのかもしれない、しばらくして、ぽつりぽつりと口を開く。
「なんというか、俺は君に感謝してるんだけど……それに、こうやって君に混じったのも何かの縁だ。できるかぎりのことはするつもりだよ」
「えーと、ありがとうございます?」
「礼はいいよ……。君には、あの馬鹿がお世話になってるし」
「あ、やっぱりベル子ちゃんのお身内の方でしたか」
薄々察しはついていたけど、彼がベル子ちゃんが言うところの『本っ当に意地の悪い、最低最悪の、ただの上司』らしい。
ベル子ちゃん、という呼び方を聞いて、今まで無表情だった少年が初めてくすりと笑う。
「まあ、兄か父親みたいなもんだよ」
哀れベル子ちゃん、見事に脈なしだった。相手はすでに故人(?)なのだから、ある意味よかったのかもしれないが。
少年は言う。
「ところで、お察しの通り俺は『憤怒』にくっついて君に宿った残留思念みたいなものなんだけど……君の私生活とかには微塵も興味がないから、安心してもらっていいよ……?」
「ひどい侮辱を受けた」
ぽっと出キャラのくせに、乙女のプライベートをなんだと思ってるんだ。
「ごめんね、俺、正直者だから……とにかく、今日は『憤怒』のことを伝えておこうと思ってわざわざ来てもらったんだ」
「ああ、やけにあっさりインナースペース来ちゃったと思ったらそういうことですか」
「うん。もう用は済んだから、帰っていいよ……?」
あ、この人鬼畜だ。敬語使うのやめようかなと小瑠璃は思ったが、ベル子ちゃんの父兄とのことなので我慢した。
「まあいいですけど。私もさっさと帰りたいと思ってたとこですし。ほらさっさと帰してください。はりーはりーはりー」
「マイペースだね、君……」
あんたにだけは言われたくない。
「ちょっと待ってて。すぐに帰す準備するから……」
言うや否や、ざざあっというノイズがまた走った。周囲の景色が一瞬砂嵐みたく歪む。ノイズと砂嵐の感覚が、徐々にせばまっていく。
「ああ、そうだ。ベルや……あと、他の魔族に会っても、俺のことは言わないでくれるかい? 所詮死人だから、変な期待は持たせたくないんだ……」
「いいんですか?」
うん、と少年がうなずいたところに、ひときわ大きなノイズと砂嵐。限界まで濃くなった砂嵐が景色のすべてを飲み込む。
そして砂嵐はすべてを塗りつぶし、そこで意識は途絶えた。
……というか、復活した?
――――
目を覚ますと、お花畑も荒野ももうどこにもなかった。
地面も壁も天井も全部まるっとコケだらけなのを見るに、リアル世界に帰ってきたようだ。
「ナヴィ、私どれくらい寝てた?」
服とか体が酸の水でじゅうじゅう言ってることから、長時間気絶していたわけじゃなさそうだと予想。前もそうだったが、精神世界と現実世界は時間の進み方が違うみたいだ。
「ほんの数秒だよ!」
案の定ナヴィがそう言ったので、小瑠璃は痛む体に鞭打って起き上がると、辺りの様子をうかがう。ゴーレムも、あの赤いマロククネズミも近くにいないとわかってから力を抜いた。
「……あのネズミ、追いかけてこなかったのね」
前は追いかけてきた上ぼこぼこにされたので警戒していたのだが、いらぬ心配だったらしい。子供とちがって、大人のネズミはそこまで好奇心旺盛というわけでないようだ。
「うん。もし来たら無理やり小瑠璃を起こそうと思ってたけど、来なかったよ」
「そう……」
寝起きのせいか、頭痛がひどい。まああんな悪夢を見たあとではしょうがないのかもしれない。なにせ、ものっそいデカい爆弾の存在が発覚したわけだから。
まったく面倒なのに関わってしまったと思っていると、
「どうする? まだ近くにいるかもしれないし、探すかい?」
ナヴィの声がして、ハッと我に返る。
「ううん、いい。闇雲に追いかけるだけじゃ捕まんないだろうし、一回外に出よう」
ぱん、と頬を叩く。よし起きた。さっさとその場を離れて、一時避難するべくエリアの外に向かう。
そろそろ、意識、というか気分を本筋に戻そう。
道すがら、だいぶはっきりしてきた頭でこれからのことを考える。
最初の接触時点でわかっていたが、赤いマロククネズミの敏捷はやはり驚異だ。さっきの体当たりを見るに、力も相当ある。小瑠璃の耐久をものともせず気絶させてくるあたり、無視はできない。あとたぶん魔法とかも使ってくるだろう。
それを踏まえた上で、さて、どうしようか。
これは前途多難だなと、小瑠璃はナヴィの体に捕まって飛びながら思った。
「重……飛ぶ………無理、死、……助」
「…………」
ホントに前途多難だなと、小瑠璃はナヴィの体にぶら下がりながら思った。




