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23、ネズミにボコられるという悲劇



 

 どぉんっ! どぉんっ! 

 

「ねえナヴィ」

 

 どぉんどぉんどぉんどぉんっ!

 

「なんだい小瑠璃」

 

 どぉんどぉんどぉんどぉん……どぉんっっ!!!

 

「私たち、どうすればよかったと思う?」

 

「わかんないや!」

 

 ただいま、絶賛ゴーレムから逃亡中。

 

 どぉんどぉんどぉんっ! とうるさいのは、前も聞いたことがあるベルデゴーレムの足音だ。

 コケまみれの岩の塊がすごい勢いで追いかけてくる光景は、二回目だが恐怖以外の何物でもない……いや、走るたびに地面がちょっと凹んでて、一周回って逆に笑えてきたかも。

 

 いったいどうしてこうなったのか。

 話は少し遡る……ほどのことではなく、単に追跡開始数秒でネズミに逃げられ、入れ替わりでゴーレムがやってきたというだけだったりする。


「ナヴィ、まだ飛べるね?」

 

 ナヴィの体をぎゅっとつかみながら言う。

 飛べるね? というか、ナヴィが飛べなくなったら私ミンチにされるんだけど。小瑠璃はそう思いつつ、

 

「いけるよ!」

 

 とナヴィが言うのと同時に、地面を蹴っていた。

 あんまり高く飛ぶと天井に頭突きをかましてしまうので、適度に力を抜かないといけない。天井にも地面にもさわらないように、さじ加減を意識して飛んだ。

 同時にナヴィがパタパタと羽を動かして、小瑠璃の体重を支えようと気張る。

 

「うぅ……重いや……小瑠璃って実はブタの仲間なのかい?」

 

「その暴言は余裕の表れとして寛大に受けとめておこう。あとで殺すかんなお前」

 

 ジャンプした分と合わせて、これで十秒ちょっと宙に浮くことができる。ベルデゴーレムはコケにさわっていないものは感知できないので、一時的にこちらを見失うという寸法だ。

 

 やみくもに動きまわるゴーレムを尻目に、小瑠璃はナヴィにぶら下がりながら宙を飛び、ナヴィがギブアップすると悪態をつきながら着地した。と同時に、小瑠璃を再認識したベルデゴーレムがまたすごい勢いで走り出す。小瑠璃もナヴィが休憩しているあいだ全力疾走する。

 こんなことをもう何回もくり返していた。正直きつい。

 

「待てよ、斬新なエクササイズだと思いこめばちょっとはやる気が……いや、ないか。ハードすぎるな」

 

 おまけに命がけだし。

 動きは単純だが、当たれば即死のゴーレムパンチをかわしながらぼやく。そのぼやきを、パンチが地面に炸裂して起こる轟音がかき消す。

 

「にしても……何か気に障ることしたのかな私」

 

 逃亡中他のモンスターも見たけれど、ゴーレムがそっちに襲いかかったりする様子はなかった。なんでだろ、と首を傾げながら、懐から引くほど燃える骨を取り出して着火する。 

 ゴーレムの足元で燃え上がった炎が、岩でできた体をあっというまに包み込む。

 

「小瑠璃はこのエリアからしたら異物だからね。ひとつ方法があるけど、やるかい?」

 

「……とりあえず言ってみ?」

 

「コケを食べるんだ! コケに寄生されれば小瑠璃も「ふざけんな」だよね!」

 

 ようするにこの辺のモンスターはコケに寄生されてるから狙われないのか。

 コケを燃やされたゴーレムがただの岩の塊になって崩れ落ちる。しかし、この程度では足止めにしかならないのは、何回もやってわかっていた。


 火の勢いが落ちたそばから、地面のコケがぞぞぞぞぞと岩を覆いはじめる。あっというまに復活したゴーレムに、小瑠璃はちょっとした絶望感に苛まれた。

 

 最初に思いついたときは完璧なアイデアだと思ったのに、まさかこうなるとは。まあ、少しでも足止めになるだけマシなのか。


 ゴーレムが燃えて復活するまでの時間は、正直かなり短いけれども、ナヴィが飛んでギブアップするまでの時間よりかは長い。もちろんこの間にやることはただひとつ、全力疾走である。

 両手を振り、足を持ち上げ、陸上選手ばりのフォームで小瑠璃は走った。走った。走った。復活したゴーレムにかかればこんなもの、ものの数秒で追いつかれてしまうだろうが、やらなければミンチになるのみ、やるしかない。


 とりあえず、いったん苔エリアから出て対策を考えねばなるまい。意気揚々と出た手前かなり恥ずかしいものの、最悪、魔族城への帰還も視野に入れておく。

 いや、むしろこの厳戒態勢が解けるまで城に帰って待つのが一番賢い気がしてきた。本当にそうしてやろうかと思ったところで前からもゴーレムがやってくるのが見えて、小瑠璃はちょっとキレそうになった。


「小瑠璃! 前からもゴーレムが来てるよ!」


「そうだね。見ればわかるね」


 妙にイライラしてるな、私。いつもならもっとパーフェクトに聖人君子してるのに……って、なんだろあれ。

 見れば、ゴーレムの足下を小さな赤い塊が動いている。正確には、それは何かの生き物で、走っていて、やってきたゴーレムは小瑠璃ではなく、その赤い塊を追いかけているようなのである。

 ていうか、あの赤いマロククネズミだった。


 一体目のベルデゴーレムに追いかけられている小瑠璃とナヴィ。同じく、二体目のベルデゴーレムに追いかけられている赤ネズミ。この二つがちょうどぶつかる形になっていた。

 

 どうする? と頭の中で一瞬、火花のように思考が散る。

 ネズミを捕まえるなら、姿を見せてくれた上、わざわざこっちに走ってきている今がチャンスだ。ただし、二体のベルデゴーレムの邪魔をかいくぐりながら、という条件付きだけれども。


 その上、うまくネズミ(というか赤いコケ)を確保しても、ゴーレムを二体相手にしないといけないのは変わらない。


 それを踏まえた上で、決めた。

 よし、獲りに行こう。


 さっき開始数秒で逃げられたことから、ネズミの敏捷はかなりのものだ。今を逃せば捕まえるのは無理そうだと小瑠璃は判断した。


 判断したその瞬間、ネズミの姿が消えていた。


「――む」


 どこへと思ったそのとき、頭が重くなる。

 一瞬遅れて悟った。赤いネズミが目にも留まらぬスピードで地面を蹴って、頭の上に乗ったのだ。


(本当に速いな)


 速さだけならあのクソ犬以上、今まで出会った中では最速だ。

 それでも、ネズミが攻撃するつもりだったなら、なんとか〈無敵〉を発動させるくらいの反応はできていたと思う。反応できなかったのは、攻撃しようというそぶりを全然感じなかったせいだ。


 だが――

 この他人様の頭に乗るという行動が、そんじょそこらの攻撃よりずっと性質の悪いことだとわかったのはすぐあとだった。


 二体のゴーレムが腕を振りかぶる。

 それぞれ、小瑠璃と、小瑠璃の頭に乗っているネズミを狙っていた。しかし、ほとんど同じ位置に小瑠璃とネズミがいるので、二つの拳は一つの標的を狙っているようなものだった。そして、ネズミの狙いはそこにあった。


 軌道が単純なこと以外は、ゴーレムのパンチはかなり強力な攻撃だ。当たったらただではすまないのは、当のゴーレムでも同じこと。


 つまり、ゴーレム同士をぶつけて同士討ちさせようというらしい。むちゃくちゃ速いくせにわざわざ追いかけられていたのは、下手に撒くより同士討ちを狙った方がいいと思ったのかもしれない。

 しかも……


(ついでに私も殺す気満々か)


 このまま何もしない場合、一、二秒後の自分は安いサンドイッチのハム並みにぺらっぺらになっていることだろう。なんという策士なネズミ。

 ざけんなよと思ったとき、振りかぶった腕が一気に伸びて、クレーターを楽々作る威力の拳が二つ、小瑠璃とネズミに向かって発射されていた。


 図ったような、いや、実際にきちんと計算されているだろうタイミングで、赤いマロククネズミは小瑠璃の頭を踏み台にして飛ぶ。思いっきり踏んづけられた衝撃で、小瑠璃がほんの一瞬硬直する。

 かまわず、大きな拳が前後から唸りを上げて迫ってくる。


 だいぶ強化されたとはいえ、今の自分ではよけられそうにない。……いやほんと最初のルーレットではずれ引いてたらどうなってたんだろうと強運に感謝しつつ、偶然ゲットした相棒の名前を唱える。


「〈無敵〉」


 唱えた瞬間、虹色の光が全身をすっぽりと包みこんだ。その上から、二体のゴーレムの拳が小瑠璃をプレスするように命中する。


 どおぉぉぉんっっ!!


 衝突地点周辺にあった酸の泉が大きく波立つ。すさまじい衝撃波が、ぶつかりあったパンチの威力をわかりやすく教えてくれていた。


「まあ、あのクソ犬ほどではないんだけど」


 二つの拳に挟まれながら、〈無敵〉をまとった小瑠璃は無表情でつぶやく。ゴーレムたちの拳にぴしりとヒビが入った。

 ヒビは拳だけでなく、腕を伝い、さらには胴体にまで走って、体の大部分に広がっていく。


 ぴし、ぴし……


 どうやら私の超軽量級ぼでぃーでは緩衝材にならなかったようだ。というより、〈無敵〉のせいで自分のパンチの衝撃がそのまま跳ね返ってきた状態になっているのかもしれない。いや、わからんけど。

 限界に達したゴーレムたちが砕け散った。ただの小さな岩の集まりになって、がらがらとコケの地面に崩れ落ちる。


「ナヴィ、今のうちに行くよ」


〈無敵〉を解除し、ぱたぱたと飛んできたナヴィをつかんで、小瑠璃はネズミが消えた方角へ向かって走り出した。

 ゴーレムたちが復活する様子はない。大きな岩でないと動かせないのか、小さな岩は操るだけ無駄だと考えたのか、いや、そもそもそんなことを考えられる知性があるのかすらわからないが、とにかくチャンスだった。今のうちにエリアの外に出るなり、ネズミを確保するなりしてしまおう。


 しばらく走ったあと、小瑠璃は後ろを振り向いて、


「何も追ってきてないよね?」


「ないね!」


 とナヴィはうれしそうに言った。たぶんあれだ。ゴーレムが来ると、小瑠璃を引っ張って飛ばなければいけないからだ。そんなに嫌なんだと小瑠璃は地味に傷ついた。

 ともあれ、いつ新手がやって来るかわからないので、傷ついてるヒマがあったら動けと自分に言い聞かせる。――と、


「ちゅ~」


「もしかしてあの子は私をおちょくってるのかな」


「だとしたら?」


「ぶっ飛ばす」


 またもや突然現れた赤いマロククネズミに向かって、小瑠璃は言うや否や突撃した。

 で、吹っ飛ばされていた。


「ぐっは!」


 なんか前にも覚えがある衝撃だと思ったら、こっちの突進に合わせたネズミタックルが胸に直撃していた。

 ちょっと考えなしに行きすぎたなと反省。しかも、この前の子ネズミからお見舞いされたのより数段速い。それでかわすのはおろか、〈無敵〉での防御も間に合わなかったのだ。


 こっちのステータスは確かに上がっているが、向こうのステータスも以前の子ネズミ以上なのは間違いない。


 そんなこんなを考えながら、ぴゅーんと飛んでって壁にぶち当たり、その壁が薄かったのでぶち破ってさらにふっ飛んだ。

 

「む……胸は、ほんと、やめてよ……」


 当たり前のようにそこにあった酸の泉から脱出したあと、小瑠璃はがくっと気絶した。





たしか最初の方で〈無敵〉を〈インビシブル〉と表記していたにもかかわらず、いつのまにかごく自然に〈ムテキ〉と読んでる自分にずっと前から気づいてましたが無視していました。


……〈ムテキ〉さんの語呂がよすぎるのが悪い(責任転嫁)。



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