22、ぼっちの恐怖>『怠惰』
キノコは鬼門みたいです。
半壊した魔族城――
「ふぁあああ~……お腹すいた~……」
と、今日も今日とて午後五時起きのベルはベッドから起き上がるや否や「うーん」と伸びをしながらそう言った。
城にいくつかある塔のひとつ、最上階にあるベルの自室である。
陰気なダンジョンの中にありながら、どこかの王女様の部屋もこうはいくまいと思うほど豪華な内装は、小瑠璃がベルのために復元したものだ。部屋中に散乱しているクッションと、中央に、でんっ! と鎮座している天蓋付きベッドの存在感が群を抜いている。
ベルはもぞもぞとベッドからはい出て、床に敷かれたクッションの上を転がりながらパジャマを脱いでいった。この前「着替えさせて?」と言ったとき「ざけんな」と〈無敵〉をかまされた記憶があるので、不承不承ながら学習したのである。
ちなみに、パジャマはご存じ地下シェルターから持ってきたもので、どうでもいいが羊さんの柄をしていた。
そのパジャマを、ゆっくりと、のろのろと、ナメクジかお前と言いたくなるスピードで脱いでいく……
「あれ?」
たっぷり10分かけてパジャマを脱ぎ終わったベルは、ここからさらにいつもの服に着替えることを思ってやや憂鬱になったところで、いつも様子を見に来る小瑠璃(と豚)が来ないことに気づいた。
「変ね……?」
すっくと立ち上がり、いつもの服に着替える。適当なシャツとズボン、そして愛用の、やたら丈の長いクリーム色のコートという出で立ちになって部屋を出た。
ずらりと立派な柱が並んでいる廊下は、一週間前と比べてだいぶ綺麗になっている。そこをきょろきょろと、ベルは小瑠璃を探しながら歩いていく。
ちょっと危なっかしい歩き方だが、そこは勝手知ったる我が家。「けっこう簡単に元通りになるものなのね……」と、小瑠璃が聞けば〈無敵〉からのアックスボンバーをかまされそうな感想を浮かべつつ、地下シェルターに向かう。
ところどころ赤黒い粘液が床を張っていたが、見なかったことにした。
実際、小瑠璃はいい仕事をしていた。
壁も床も丁寧に煤が掃かれて、焦げて黒ずんでしまった部分は磨かれ、あるいは削られてほぼ元通りになっている。謎のこだわりと手際のよさに、ベルは感心しつつちょっと引いた。
チョイ引きしながら廊下を歩き、塔を出て、それから階段まで行って、降りて、シェルターの分厚い扉を開けて、やっと地下シェルターの入口についた。はやくも本日の活動エネルギーの半分以上が消し飛んでいた。
何かしゃべれば眠気が引くかもしれないと思ったので、
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……」
やってみた。無駄だった。引かないどころか余計眠くなってきた。どうしてだろう。
「……」
やっぱり、『怠惰』が制御できなくなってるのね。
と、ベルはあくびしながら思う。
前に魔族城で暮らしてた頃より、もっとひどくなってる。
たぶん、一人でいたときの反動なんだろうけど……
どんだけあの子に甘えてんのよ私、と、自覚したら恥ずかしくなってきた。
元々、制御不能なスキルではないのだ。
七つの大罪スキルはそれぞれ強烈なデメリットを負っているが、継承者に限って言うと、自制心さえあれば克服することは不可能ではない。ようするに、全てはベルの至らなさが原因である。
修行不足だね……修行不足だね……修行不足だね……
「うるっさい!」
そんな声が脳内でリフレインし出して、怒鳴って、ベルは一時的に眠気から覚めた。
よし、と自分に気合を入れて、つかつかとシェルターの中に入っていく。
○
地下シェルターは、主な施設が食料庫、調理場、武器やその他物資貯蔵庫、そしてふかふかのベッドが並んだ居住スペースと、かなり充実している。立地の関係で、割と頻繁に上が戦場になるからだ。
ベルは居住スペースに入り、ずらりと並んだベッドのあいだを縫って小瑠璃(と豚)が寝床にしている部屋のすみまで歩いていくと、首をかしげた。
「いない……?」
ベッドはもぬけの殻だった。ついでに豚もいなかった。
どこ行っちゃったのかしら、と不思議に思う。
掃除……は考えにくい。ベルが起きる頃には、小瑠璃はその日の分は終わらせているのが常だし。
なんとなく不安になってきて、ベルはうろうろと居住スペースを見回した。もちろん小瑠璃はいない。
しかたないので、ベルは大声で呼ぼうとして、「あれ?」と詰まった。
(そういえば、私、あの子のことなんて呼んでたっけ)
一度、フルネームで名前は呼んだ気がする。
しかし、それ以外は〝あなた〟としか呼んでない気がする。
「さ、沙ヶ峰小瑠璃ー」
なんかちがう、とベルは思った。
「あ、あなたー……」
夫婦か! と首を振った。
無性に恥ずかしくなってきて、ぶんぶんと首をふる。何言ってんだろう自分、と思った。
もうあきらめて、足を使うことにする。ベルは小瑠璃を探して歩き出した。
貯蔵庫は、いない。
食料庫は、いない。
調理場は……
「ア! わタしを食べに来タのね!?」
まず目に入るのは、大きな竈。
白く塗り固められた壁に吊るされた、大小様々なフライパンや、その他調理器具。
部屋の片隅ではなんと、土がむき出しになって、ちょっとした家庭菜園が展開されている。設計者はよっぽどのものぐさなのだろう。
そんな調理場に入ったベルを、家庭菜園に埋まっていたマンドラゴラちゃんが勢いよく顔を出して出迎えた。
「ちがうわよ……」
マンドラゴラちゃんの勢いに圧されて、ベルはちょっと後ずさりながら言った。
ここ一週間自室でのんべんだらりとしていたベルは、マンドラゴラちゃんの扱いに必要な経験値がなく、どっかの魔法少女のように、それを補う天性のスルースキルも不動の心も持ち合わせていなかった。
だから……どうもやりにくい。
「えっと、あの二人を見なかったかしら?」
しかし、マンドラゴラちゃんなら小瑠璃の住処の近くにいるし(というか埋まってるし)、どこに行ったかくらいは知ってるだろう、そう思って聞く。
すると、マンドラゴラちゃんはふんと鼻を鳴らして、
「教えナーい」
「はあ?」
「だっテ、ワタシを食べに来たンじゃナいんでしょ?」
急にどうしたと思っていると、マンドラゴラちゃんは不機嫌そうにそっぽを向く。ベルが自分を食べに来たわけじゃないとわかって、すねているみたいだった。
めんどくさ、とベルは内心思った。というか、キノコなら小瑠璃が毎日食卓に乗せてくるのだけれども。それじゃだめなのか。……だめなのか。
じゃあ、しょうがない。イヤだけど、しょうがないと割り切ってベルは言った。
「はいはい、食べればいいのね?」
「なにソれ! そレがヒトを食べル態度!?」
「どうしろと!?」
めんどくさいわ! ベルは口に出して言った。
「そんナいやいやイジメられてもダメなの! こーふんしないノ!」
「唐突に性癖カミングアウトするのやめなさいよ」
どうやら簡単には教えてくれなさそうだとわかったベルは、もうなんか最初からだいぶ面倒になっていたので、しかたなく、あっさりと最終手段に出た。
「……教えないと燃やすわよ?」
脅しである。
長い袖をゆらし、ファイアーボールをちらつかせつつ、言う。
ベルの髪と同じくらい赤い火の球が、指先でめらめらと燃えた。
すると、びくぅっ! とマンドラゴラちゃんが震える。
よし、脅しは効くようだ。ベルはにやりと口元をつり上げて、ドスのきいた声で言った。
「冗談で言ってるんじゃないわよ? あなたが〈死の魔声〉で抵抗したって、私が死ぬよりも先に、ファイアーボールがあなたを燃やし尽くすわ」
黙りこくるマンドラゴラちゃんへ、畳みかけるように言う。
マンドラゴラちゃんはたしかに変態だ。ドMだ。
認めたくはないが、認めよう。
しかし、変態といえど命は惜しかろう。それもたかが小瑠璃の現在位置のために命を張るなんてありえない。だからあきらめて教えてくれるだろう。ベルはそう思っていた。
「さ、早く教えなさい? 燃やされたいの?」
それは間違いだった。
「もっト……」
「へ?」
「もっト言っテっっ!!」
ベルは絶望した。
「もう一回言っテ! 『そう、踏みつぶされたいのね? ……いいわ、踏んであげるわよ、この短小』ッて!」
「そんなこと一回も言ってない上に長い!」
ちょっとくじけそうになりながらツッコむ。が、マンドラゴラちゃんはいささかも動じない。
あれか、びくっと震えたのは……か、か、感じたからか。なんだろう、泣きたくなってきた。
(お部屋帰りたい)
ベルは半ば現実逃避気味に思った。しかし、言わないととても教えてくれそうにない。
「さア、言っテ!」
「く……そ、そう、踏みつぶされたいのね?」
「ダメ、もっと冷たク! 見下シて!」
「い、いいわ……踏んであげるわよ、こ、こ、この、……」
「全然ダメ! 腕組みしテ! 胸を強調すル!」
「た、た、たん……」
「もッと、お前なんか心底どうデもイイって目をシテ言うノ! 小瑠璃みタいに! ……ちがウ、この下手くそ!」
ぷっつんとベルの中で何かが切れた音がした。
「あうっ」
そこまで言うなら、いいだろう、思いっきりやってやろう。と、ブチ切れて血が上った頭で思う。
おもむろに足を上げ、ベルはマンドラゴラちゃんの頭、すなわちキノコ部分を思いっきり踏みつける。
そのまま、ぐりぐりぐりぐりとねちっこく靴を押しつけた。
「……何度も何度も、えらっそうに。ほんっとうにめんどくさいわね、この『変態』が」
踏みながら言うベルは、目が死んでいた。
こめかみが怒りでひきつっている。今までたまった鬱憤を吐き出すみたいに、低い声で言った。
「ほら、お望み通り踏んであげてるわよ。どう? 気持ちいい? そう、気持ちいいんだ? 私は気持ち悪いけどね。……ほら、気持ちいいなら言うことあるでしょ? ありがとうございます、は?」
恍惚とした表情で「ありがトうございマす!」を連呼するマンドラゴラちゃんを冷たく見下ろす。
ここに小瑠璃やブタがいなくてよかったと本末転倒なことを考えながら、ベルは思いっきり足に力をこめた。
「じゃあ、白状しなさい? じゃないと踏むのやめるわよ」
「は、はイ! なんデも言いマスぅ!」
こうしてベルはマンドラゴラちゃんの扱いを覚え、大事なものを一つ失った。
○
そして……
「小瑠璃とブタさんハねー、わタし、何日も見てナイよ!」
「ねえねえぶち殺していいかしら?」
今放置プレイ中なノー、と笑うマンドラゴラちゃんにベルは青筋を立てた。
こいついつか燃やしてやる。そう心に決めつつ、マンドラゴラちゃんも見ていないとなると、本当にいったいどこへ行ったのか、ベルは途方に暮れた。
「あ、デモこの前にネ! ワタしに肥料くレた!」
「肥料?」
ニワトリの骨か何かだろうか? そう思っていると、マンドラゴラちゃんは自分が埋まっている地面に手を突っこんで、「コレだヨ!」とベルに見せた。
その手のひらの上に、青いゼリー状の物体が乗っている。
「これは……スライム?」
「よく知らなイけど、ガンタッカーさんっテ言ってタ!」
なにそれ? とベルは首をかしげた。そう言う種類のスライムなのかしら。でも、そんなスライムここにいたっけ……?
「前はもっと水っぽクて、触るとジュウジュウいってて気持チよかったノ」
「溶けてんじゃないのよ」
マンドラゴラちゃんの言葉で少しだけわかった。溶けたのはおそらく酸の水のせいだろう。『ガンタッカーさん』というのは、酸の泉の水で溶けてしまった何からしい。
そして、前はもっと水っぽかったということは、この『ガンタッカーさん』は……
「これ、再生してるわね。何かの魔法道具かしら」
それだけでなく、少しずつ、どこかへ行こうと動いているようにも見える。青いスライム状の物体が、ぷるぷる、ぷるぷる、とマンドラゴラちゃんの手からこぼれ落ちようと動いていた。
「かなり特別な魔法道具みたい。とても強く、あの子の気配を感じる……推測だけれど、あの子の存在の一部でできてるのね」
その割に一度も使ったとこ見たことないけど。
そう思い首をかしげるベルは当然、それが登場から数秒で酸の泉に投げ捨てられ、今日に至るまで放置されてきた哀れな被害者であることは知らなかった。小瑠璃も小瑠璃で、それがそんな特別な物だとは夢にも思っていない。
スライムの正体を言い当てたベルに、マンドラゴラちゃんはおどろいた声を出した。
「すごイ! なんでわかるノ?」
「〈鑑定眼〉よ。レベルが低くて大したことはわからないから、残りは自分で考えないといけないんだけど」
とにかく、『ガンタッカーさん』から強く小瑠璃の気配がしているのは〈鑑定眼〉でわかる。それが少しずつ動いているのは、おそらく小瑠璃に反応しているのではないか。つまり、これが動こうとする方向に行けば、小瑠璃を見つけられるのではないかとベルはこう考えた。
「これ、私がもらっていいかしら?」
「エ、だめだヨ! これはわタしが小瑠璃からもラった……」
「はあ? 聞こえなかったのかしら? 私は『寄越せ』って言ったのよ?」
「お納メくださイ、ご主人サマ!」
「……」
ベルは死んだ目でスライム状に溶けたガンタッカーをビンに詰め、調理場を出た。
なくした物の大きさはちょっと計り知れないが、ともあれ、これで小瑠璃がどこにいるかわかる。
ビンを床に置いて、じっと見つめると、かたかたと動いている。動きを見るにやはり、小瑠璃は城の外にいるようだ。
「もしかして……」
急に、不安になってきた。
小瑠璃は日に一度、食糧確保ついでに修行してくるといって外に出ていく。そしてちょうどベルが起きる頃に帰ってくるのだ。
それがまだ外にいるということは、何かあったのではないか、そうベルが思うのも自然なことだった。
また一人になる。
一瞬そんな考えが浮かんで、体が冷たくなる。
「……行かなきゃ」
ぽつりとつぶやいたとき、ベルの足はもう動いていた。城を出て、焦げた町並みをビンの動く方へと進んでいく。
少しして、緑のコケと岩肌の境界に、ベルは立っていた。
ここから先は、緑王苔主と呼ばれる強力なモンスターのテリトリーだ。周囲一帯を多うコケそのものがこのモンスターであり、ベルデゴーレムという厄介な手足が、そこかしこに配備されている。
どうしてこんなところに、そう思いながら、ベルは意を決した。
いつのまにやら、眠気はすっかりふき飛んでいる。
そしてベルは、自分のぐうたら癖が原因だとはつゆ知らず、小瑠璃を探して一歩を踏み出したのだった。
一方その頃、小瑠璃は赤いマロククネズミを追跡開始3秒で見失っていた。




