21、伝説(大嘘)の赤いコケを求めて
「そうだ。コケを探す前にステータスを確認しとこうか」
次の日の夕方。
腹ごしらえも身支度も完了し、さてじゃあ行こうかというとき、小瑠璃ははたと思い立って言った。
そういえば、ヘルハウンド戦の前に見たきりだ。あれからも色々モンスターを倒したりはしていたのだけども、正直すっかり忘れていた。
ぱちんと指を鳴らすに合わせ、ナヴィが尻を向けてくる。それに順調に慣れつつある自分に、小瑠璃はそこはかとない危機感を覚えた。
「これが今の小瑠璃のステータスさ!」
沙ヶ峰小瑠璃
LV12(+7)
パワー:1104(+82)
耐久:1080(+16)
器用:950(+98)
敏捷:897(+103)
魔力:268(+226)
総合闘級:竜級
称号:『憤怒』を簒奪せしニート
アクティブスキル:〈無敵LV1〉〈ラースLV1〉〈ラースオブゴッドLV1〉
パッシブスキル:〈魔装:青色魔法少女LV1〉〈超再生LV4〉〈ド根性LV2〉〈加護LV4〉〈厚顔無恥LV3〉〈憤怒LV1〉〈情緒不安定LV10〉
「なんかめちゃくちゃ強くなってる」
耐久以外の数値がかなり上昇し、特に魔力は異常な伸び率を見せている。スキルも軒並みレベルアップしてるし。小瑠璃はちょっと感動していた。
「ヘルハウンドは災害級だったからね! 格上を倒すとたくさん経験値がもらえるんだよ!」
ナヴィはそう言ってから、しかしあからさまに肩を……いや、尻を落とした。
「でも、ステータス平均859か……やっぱり、これだけ上がっても魔力がベーシック級に毛の生えた程度しかないのが響いているね」
「私の知らない用語を出して賢さアピールするのやめようか」
で、ベーシック級ってなに? と聞くと、たぶん一生お目にかからないから知らなくても大丈夫だよ! と言われたので「いいからさっさと教えろよ」と小瑠璃はナヴィを全身ぞうきん絞りの刑に処した。
それで聞いたところによると、ステータスの平均が100~300程度しかない雑魚の闘級がベーシック級、1~100のもっと雑魚がノービス級、300~500がエミネント級、500~800ぐらいがボス級、で、その上に竜級なり災害級なりがあるのだとか。もちろん実際の闘級はスキル的な強さも判定に入るので、あくまで目安だ。
「なるほど。たしかにそんな雑魚にここでお目にかかれたら奇跡だね」
逆に戦ってみたい。というか、たまには弱いものいじめとかしてもいいじゃないかと思うんだけど、どうだろう。
「だから言ったじゃないか!」
怒鳴るナヴィを蹴飛ばしながら、今まさに弱いものいじめをしている事実を小瑠璃はまるっと無視した。
と、一通りふざけあったところでそろそろ、目をそらしていた部分にツッコミを入れないといけない。
「ところでさ、ニートが憤怒を簒奪してるんだけど」
とんとんとん、とナヴィの尻に踊っている文字を指で叩く。
「いやさ、一週間の家政婦生活を経てなおニート認定を受けてることも納得できないけど……なんでくっつけたの?」
普通に「『憤怒』の簒奪者」で上書きすればいいじゃん。それはそれで痛々しいけども。
そう抗議するも、ナヴィは動じなかった。
「こればっかりは、小瑠璃の資質次第だからねえ」
「うっわ、ナチュラルに私自身の問題にされた……」
まあ、私は穏健派だから許してあげるけども。
それで、だ。
「これはやっぱり、あれかな」
「うん。ヘルハウンドが奪ったスキルをさらに引き継いだんだろうね」
ふむ、と小瑠璃はナヴィの尻におどる『憤怒』の二文字をにらんだ。
「簒奪したことになってるのはさておき、『憤怒』か……ベル子ちゃんが聞いたらどんな反応するかな?」
「それはやっぱり、うれしいんじゃないのかい? 奪われたスキルが戻ってきたんだから」
「それはそうかもだけどね、たぶん複雑だろうと思うよ」
「どうしてだい?」
「女の勘」
誰かの遺骨をじっと見つめていた、あのときのベルのことを思い出す。
自分に宿った『憤怒』は、元はあの骨の主のものだったのではないか。そう思ったのがもし当たっていれば、やっぱり、複雑だろう。
(もしかして、今ベル子ちゃんがグータラしてるのは傷心だから?)
そんなことを考えかけ……光の速さで打ち消した。
「いや、あれはマジなやつだわ」
「なにがだい?」
「あ、ううん。なんでもない」
ひとまず、話すのはいつでもできる。
今はあのマジでやばいぐうたら癖を治すことだけを考えよう。なにせあの子、夜の九時(※腹時計です)に寝て夕方の五時に起きるのだ。驚きの二十時間睡眠である。
流石にもう少し起きててもらわないと、掃除だったり術式の魔力込めだったりが全然はかどらない。
「よしナヴィ、さっそく苔エリアに向かうよ」
「了解さ!」
すたすたと歩き出した小瑠璃を追いかけて、ナヴィも飛んだ。
―――
初めて城にやってきたときとは反対の道を通って、小瑠璃とナヴィの二人は苔エリアに入った。
巨大なトンネル空間は、ところどころにある酸の泉の中まで、びっしりとコケが生えている。それどころか、上を見れば天井にも生えていて、来るのは二度目ながら小瑠璃はドン引きした。
ヘルハウンドの炎の痕はまだ消えておらず、途中までは安全に移動することができた。とはいえまたあのめんどくさいゴーレムが出てくるかもしれないので、気は抜けない。
「でも、このコケを踏まないとどうしようもないんだよな……」
このエリアをまともに移動したいなら踏むしかない。
しかし、踏んだ瞬間コケに認識され、へたすればそのまんまゴーレムとエンカウントする危険性が生じてしまう。
「ヘルハウンドが倒されたって、わかってくれてたらいいんだけどね!」
「まあ望み薄だな」
とりあえず、常にゴーレムが来るかもという前提で動こう。前回は岩のそばによるまでなんともなかったが、用心するに越したことはない。
こんなこともあろうかと、実は手を考えてある。
「ナヴィ」
「なんだい?」
「飛べ」
もう飛んでるよ? と言わんばかりの顔をするナヴィの胴体をがしっと両手でつかむ。ぐえっとナヴィがうめいた。
「ねえ小瑠璃。これはまさか……」
「そう、そのまさか」
手乗りサイズのブタをつかむという奇妙奇天烈な状態のまま、もう一度言った。
「飛べ」
ナヴィはめずらしくイヤな顔をした。
「小瑠璃は重そうだからイヤだなあ」
「もういっぺん言ってみろ」
小瑠璃は無表情で言った。目がいつもより死んでいた。
ナヴィは言われた通りもういっぺん同じことを言ったが、そもそも拒否権はないという小瑠璃の主張により却下された。
小さな羽がぱたぱたと動いて、足が地面から離れる。
適度に着地しつつ、できるだけコケと接している時間を少なくしようというプランだった。
「こうやってだましだまし行けば、なんとかヘイト値減らせないかな」
「効果はあると思うよ! 僕はイヤだけど!」
「うるさい」
相変わらずの洞窟の中、もっさりと地面に生えたコケの上すれすれを飛んでいく。
が、十秒も経たないうちにナヴィがぷるぷると震えはじめた。
「小瑠璃……そろそろ限界だよ」
「マジか」
軟弱者めと思いながら、しかたないので一度地面に降りる。ぐしゅ、と湿った水音がして、靴裏からコケの感触が伝わってきた。
小瑠璃は「お邪魔してます」と聞こえてないだろう声をかけつつ、ゴーレムがやってこないか辺りを見回した。
「さて、そろそろ行くよナヴィ」
なんとなく、長居してるとまた酷い目にあうなと直感して、ゼエゼエと息をしているナヴィに言う。
「ぜえ……ちょ……待っ……ぜえ……小瑠璃……重……」
「そんなになるほど重いの私」
割とショックだ。我ながら小柄だし、細いし、あと……胸部装甲も薄いから、かなり軽量級だと自負していたのに。
「ちなみにナヴィ、君のパワーのステータスは?」
「5だよ!」
「なんでそんな低いの」
〈EX加護〉とかチートスキル搭載するのもいいけどステータス上げてやれよ神様。なんだよステータスたったの5って。スカウターつけた野菜の人に「ゴミめ……」とか言われて消されても知らないぞ……
そんなことを思いつつ、小瑠璃はぽりぽりと頭をかいた。
これはもう普通に徒歩で探索した方がはかどるのではないだろうか? いや、そうにちがいない(反語)。
赤いコケだってそんなすぐには見つからないだろう。それまでこんなことを繰り返すのは正直むなし……
「見つけたよ小瑠璃! 赤いコケだ!」
「ねえナヴィ、『見通しが甘い』の反対ってどう言えばいいのかな」
人生楽勝すぎるだろと、ナヴィが見ている方を振り向く。すると確かにそこには、ほぼほぼ緑カラーのこの場所に似合わぬ赤色があった。
小瑠璃の靴くらいの大きさしかない、小さな生き物。
この迷宮に初めて来たときに見たモンスター、マロククネズミ。その成体だった。ただしそいつは、普通のマロククネズミとは毛色がちがっている。
「……真っ赤だね、ナヴィ」
「真っ赤だね!!」
そう、赤いのである。普通のマロククネズミが黒いのに対し、そのネズミは全身真っ赤だった。どうやら、びっしりと赤いコケに覆われているようなのだ。
コケまみれってちょっときもいな。そう思いつつ、思ってもなかった幸運に小瑠璃のテンションは上がった。
「よし、確保します」
そろそろと、ネズミに近づく。
ゴーレム絶対来んなよ絶対だぞと思っていたおかげで、空気を読んだのか読まなかったのか、ゴーレムは来なかった。
だが。
「ちっちっち、おいでネズミさん。私怖い人間じゃないよ。大丈夫、何も危害は加えないよ」
ぐしゅ、と踏んだコケが水音を立てた瞬間、説得むなしくネズミは猛ダッシュして逃げ出していた。
「あ、逃げたよ!」
「よーし捕まえてぶっ飛ばそう」




