20、あの荒れ果てた城が、まあ、なんということでしょう、全然リフォーム進まねー
それは……ヘルハウンドを倒した次の日か、その次の日か、はたまたそのまた次の日のことだったかもしれない。
「リフォームで思い出したんだけど、魔法少女の武器でガンタッカーってあったよね」
「誰もリフォームなんて言ってないよ小瑠璃」
半壊した魔族城――
その廊下を箒で掃きながら聞く小瑠璃にツッコんだあと、ナヴィはのんびりと答えた。
「あったねえ、そんなのも」
「君らが用意したチートスキルだよね? なにその他人事みたいな反応」
そりゃあ、苦しまぎれにルーレットで入手した〈無敵〉さんの方がはるかに活躍しているという一周回って笑える事態なのは確かだけど、〈魔装〉さんもがんばってるんだよ? 不本意な衣装変更とか髪型とか髪色とかデメリットの方が多いけども、ステータス上げてくれてるんだよ?
さっさっさっと箒を動かしながら小瑠璃は言う。
半壊したとはいえ、城の中はけっこう広い。元の大きさは、実際のお城にたとえるなら……あれだ。姫路城くらいだろうか? 姫路城よく知らんけど。
魔族城は、前世でいう中世っぽい感じのお城で、まず城壁と城門が一つ、そして城壁の中に城本体と、あとは何個か塔がある。
半分以上がヘルハウンドの〈ラースオブゴッド〉で消し飛ばされ、無事なのは地下に作ってあったシェルターくらいとはいえ、やっぱり広い。一人で掃除が絶望的なくらいの広さだ。
まあ、安全な寝床を手に入れたと思えば安いものだが。
「しっかし、こうやって安全な寝床を確保しても〈魔装〉解除できないんだけど……危機察知センサーとやらが壊れてるんじゃないの」
「それはね、この城がまだまだ安全じゃないってことなんだ。ちなみに、〈魔装〉を完全解除するにはお城レベルを8にする必要があるよ!」
「そんな街づくり系シミュレーションみたいな後付け設定絶対いらねーからな」
調子乗ってるとホント子供の落書きみたいな世界観になるぞ、と思いつつ、小瑠璃はまあすでにお察しか、とあきらめた。
「で、ガンタッカーさんの話だ」
「うーん。たしか小瑠璃がそれを使ったのは、マロククネズミの子供に襲われたとき出したのが初めてだったよね?」
「そして最後だったよ」
あのとき、針を出す音でネズミの子の気を引いたあと、その場のノリで投げ捨ててしまった記憶がある。
正直ごめんガンタッカー、使い捨てにしてごめん。今度生まれ変わるときは、レイジングなハートさんのように偉大な先輩を見習ってくれたまえ。
と思ったのだがそうはナヴィがおろさなかった。
「魔法武器を紛失してしまったときはね、武器召喚機能を使えばいいよ!」
「いまだお前の持ってる情報の限界がわからない」
そんなもん武器を手放した直後か、せめて翌日に言えよ。そう言うとナヴィはガンタッカーさんを最初からなかったかのように振る舞っていた小瑠璃にも非がある、などと言い出したので、なるほどと思った小瑠璃は箒とナヴィを使ってバッティングの練習を始めた。
「で、武器召喚機能って?」
字面でわかるが一応聞いておく。ナヴィが聞かれなきゃ答えないタイプの無能だと再確認したがゆえに。
ナヴィはすらすらと答えた。
「〈魔装:魔法少女〉シリーズのスキルは、魔法少女の才能に応じて魔法の武器を創造するんだ。この武器は換えがきかない大切な物だけど、万が一なくしてしまったときのために、魔法少女の意思一つでいつでも呼び出せるようになってるんだよ!」
「なるほど」
ひたすら銃や剣を呼び出し、地面に突き立ててスタイリッシュに戦うのではなく、一つ一つの武器を末永く大事に使っていきなさいと、そういう機能か。
よし、じゃあさっそく呼び出そう。正直存在を忘れていたが、どんな武器でもないよりはマシである。たぶん。
「どうすればいいの? 念じるだけでOK?」
「作法があるんだ。まず右手を突き出し、手の平を大きく開いて指を少し曲げる。あたかも、まさに今敵の心臓を握りつぶさんとするかのごとく」
言われたとおりに右手を動かし、さらに聞く。
……これ指疲れるな。
「OKそれで?」
「呼び出したい武器をつかむイメージを浮かべながらこう唱えるんだ…………〝武器よ来い〟っ!!」
「そんだけ溜めたんだからもうちょいひねれよ」
面倒なので無言で力を込めると、うまい具合に空間の歪みが出現した。ただし出現場所は手の中ではなく、少し上。
「略式ゆえの失敗か……いや、でも無言で言えるようにがんばろ……元の口上絶妙にシンプルでダサいし……」
手の平を上に向けて、やってくるガンタッカーを待ちつつ呟く。また使い捨てる気満々である。
そんな小瑠璃の手の平に、ぼたぼたぼたと降ってきたのは青い酸の水だった。
……んん?
じゅうじゅうと音を鳴らす手の平は、まるで絶賛焼き肉中の鉄板のようだ。首をかしげる小瑠璃の脳裏に、はたと記憶が浮かぶ。
あのとき……
ネズミに襲われた、あのとき。
「そういえば酸の泉に池ポチャしてたわ、ガンタッカーさん……」
降ってきた水の中にそれらしき姿はない。溶けてんじゃねーか、と小瑠璃は忌々しげに言った。
「いや、よく見たらそれらしき粘液状の物体があるよ!」
「もしかしてこれか……水に沈めた泥の方がまだ自分保ってそうな有様なんだけど……」
ほとんど水の、ヘドロ状の物質が指の間を通って地面にたれていく。
「…………」
それを見て、小瑠璃は黙って手の平を返した。
ぼたぼたぼたぼたっ! と。
ヘドロも酸の水も、まとめて床にぶちまけられていく。
「掃除、やり直しだね」
……こうしてまたもガンタッカーさんをなかったことにした小瑠璃は、酸で溶けた手を治すべくベルの部屋に向かったのだった。
○
そんなハプニングをまじえつつ、魔族城の大掃除に着手してはや一週間が経った。
地下の居住シェルター(ヘルハウンドのときは城の陥落が目に見えていたので使わなかったようだ)に寝泊まりしつつ、引っ張り出した掃除道具で灰を掃く日々。
住むだけなら地下を使えばいいけども、ベル子ちゃんの精神衛生上、廃墟と化したホームをそのままにしておくのはよくないだろう……
そう考え一応気をつかった小瑠璃は、まず最優先でベルの部屋を掃除した。
ベルの住み処は、城の塔の一つをまるまる使ったものだった。部屋自体は塔の一番上にあって、シェルターとの行き来は割と面倒くさい。
しかし、その程度はなんのその。
丸一日かけて、焼け焦げたクッションを取り除き、壁と床を磨きなおし、新しいベッドを運び込んだ。我ながらめずらしく、新しくできた友人へのささやかな気づかい、そんなつもりだった。
それが間違いだった。
「起きてよベル子ちゃん。起きてったら。今日も私一人に復興作業させる気?」
ベッドに入ってぐうぐう言っているベルの羊の角をつかみ、ゆさぶる。が、まったく起きる気配がない。
そう、共同生活に入ってすぐ、思ってもみなかったベルの一面が発覚した。
ベルは……極度のぐうたらだったのである。
「うーん、あと五年……ううん、百年でいいからあ」
「増やすな」
もぞもぞと動き、小瑠璃の手を払うベル。そのお腹に思いきりチョップする小瑠璃。
しかし。
「やっぱり小瑠璃のパワーじゃ無理みたいだね!」
ナヴィが言った通り、ほどよいお腹の脂肪に吸収され、ベルにダメージはない。
「しかたない。今日も一人でやるか」
今度枕に石つめてやろうと思いつつ、小瑠璃は部屋を出た。
「小瑠璃、僕もそばで応援「ウザいからいらない」ひどいや!」
箒ひとつ持てないナヴィの戯れ言はさておき、黒焦げになった廊下から取りかかる。
小さなお城といっても、されどお城。いったいいつまでかかるやら、と考えて目の光を殺しつつ作業に集中する……
掃除をし、適度に休憩を入れ、食料を求めて(あとレベル上げのために)外に繰り出す。ダンジョンの外ではたぶん日が暮れているだろうなという頃になって、城に帰ってくる。
信じがたいことに、ベルが起き出してくるのはちょうど小瑠璃が帰宅する頃だ。
「ふあぁぁぁ~、おはよ~」
「おはよう寝ぼすけさん。前世ならそろそろ夕飯の準備をはじめてる時間だよ」
「そうなんだぁ。朝ご飯は?」
小瑠璃は無言でベルを地下の調理場に連れていき、まな板の上のチキンを指さした。
なんだかんだ一対一なら安定して倒せるようになってきたローランドソクシニワトリさんである。
「それと、マンドラゴラちゃんのキノコとあと保存食。晩ご飯はなんか適当にモンスター狩ってきたから。おいしい調理方法知ってたら教えて」
「晩ご飯モ私を食べテよ!」
「はいはい、君は急に出てこないで埋まっててね」
いつでも毟れるように台所に埋めていたマンドラゴラちゃんを、小瑠璃はほぼスルーして地面に埋め直した。
「あれ? このトリ焼いてないわよ?」
「自分で焼けよ」
まだ寝言を言うか貴様は。パジャマから着替えさせてー、とさらなる寝言は無視した。流石四天王はお嬢育ちなのか、色々と生活スキルがひどい。
「家事とぐうたらの介護って、転生前とまったく変わってないんですけど……マジかー」
ベルの世話を放り投げ、城の廊下をぶらつきつつ呟く。というかぼやく。
転生前は兄貴がぐうたらだった。いや、あれしろこれしろ言ってこない分ベル子ちゃんよりはマシか。
そのかわり、放っておくと食べも寝もしないでゲームやって貧血等々起こしたりするから気をつけてやらないといけないけど。
「あ、でろでろさん。そこ掃除したばっかだから通らないで。ていうか城に入ってこないで」
チキンに釣られたのか、いつのまにか侵入していたブラッディオイルに言う。赤黒い凶悪スライムはごぼんぬっ! と泡だったあと、のろのろと廊下を去っていった。
「いやあ、懐かれてるね小瑠璃!」
「うれしくねーよ」
ところどころに擦りつけられた猛毒の粘液を、小瑠璃は見なかったことにした。
魔物除けの結界を張るにはしばらく魔力を術式に溜めなければいけないらしい。肝心のベルがアレなので、不本意な同居人を追い出すにはまだ時間がかかるだろう。
やっぱり、ヘルハウンドを倒して気が抜けたのだろうか。
戦ってる最中はもうちょっと頼りになった気がしたのだが、今ではまるでニートである。
……なんとかせねばなるまい、と小瑠璃は密かに決意した。主に自分が楽をするために。
その日の夜……
「というわけで、何かいい案ない?」
「何が『というわけで』なんだい?」
「いやさ、ベル子ちゃんを働かせる良い方法はないかなと」
地下でベッドに寝転びながら、小瑠璃はナヴィに言う。
地下は、やや広い空間にベッドが並べられているというだけの簡素なもの。食糧庫や物資は別にあり、それなりに長い間引きこもっていられるように作られている。
魔物除けの術式を破られ、集落が戦場になったとき、か弱い女子供を守れるようにと作られた場所らしい。
小瑠璃はそのベッドの一つを使っていた。
「ベルフェゴールのあれは、たぶん『怠惰』のせいじゃないかな」
「ステータスにあったスキルのこと?」
七つの大罪スキル。ベルたち魔族の始祖が神から授かったとされるチートスキルである。
元々、小瑠璃と同じ転生者だったベルの先祖は、〈魔装〉にあたる転生補正として七つのチートスキルを与えられた。
その一つが……〈怠惰〉。
「まさかスキルが性格に影響してるの? なにそれ怖い」
「七つの大罪は特別なスキルだからね! 〈魔装〉とちがって!」
おいやめろ。魔装さんが可哀想だろ。
「で、そのスキルが原因だとして、どんな対策が?」
「そんなものないよ!」
「言い切ったな。なんのためらいもなく言い切ったな」
ナヴィ曰く、スキルによる性格変化(というよりもはや精神汚染)は魂に染みついたものらしく、直すどころか普段の素行を矯正するのも難しいとのこと。つまりどうしようもないと。
「困ったな。てっきり私はベル子ちゃんがこのまま比較的常識人のツッコミポジを維持してくれるものと信じてたのに」
「小瑠璃がやるしかないね!」
「私にできると思うか?」
ナヴィが頼りにならないとわかったので、小瑠璃はしかたなく一人で作戦を立てることにした。
「とはいうものの、驚くほど何も浮かばないな……」
予定を前倒しにして、今晩にでも石を枕に詰めてみる?
待てよ。寝て起きないのが原因なら、今夜は寝かせないぜ☆作戦を使ってみるのもいいかもしれない……
いや、絶対寝るわ。修学旅行の晩いつのまにか一人で寝てるクラスメイトばりに寝るわ。そういうヤツはどう頑張っても寝落ちするものである。
あんなのに務まる四天王どんだけだよと思いつつ、小瑠璃の思考は早くも行き詰まった。
いやだって腹にチョップしても起きないんだよ?
普段冷めきってるうちの兄貴だって、腹チョップを使えば思わずビビるほどの罵詈雑言とともに目覚めるというのに。起こせと言われたから起こしたんだよマイブラザーとも言わせてくれない世の理不尽。それに似たものを小瑠璃は今感じているわけだった。
かくなる上は〈無敵〉さんで抱きつくしかあるまい。あ、でも〈ファイアーボール〉あたりで応戦されたらどうしよう……
せっかく運んだベッドやらが消し炭になり、新しくベッドを運び煤を掃くのはもちろん小瑠璃の仕事。なんてことになったらやってられない。
そこに、救いの光は思わぬところからやってきた。
「そうだ! 小瑠璃、植物エリアにあるあのコケ!」
「それがどうかしたの?」
「実はね、あのエリアには緑のコケだけじゃなくて、赤いコケも生えているんだ! そのコケを飲めば……」
「あのぐうたらが直るって寸法か」
ナヴィはうなずいた。
これまた随分と都合のいいコケがあったものである。嘘じゃあるまいな、と思いはしたが、なんだかんだナヴィが嘘をついたことは(多分)ないので信用する。
「あそこにはいい思い出がないんだけど、まあ、そういうことなら探してみよっか」
かくして、別に魔族城再建に必要な素材を取りに行くとかではなく、ベルのサボり癖を直すため、危険な冒険に出ることが決定したのであった。




