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幕間2、笛木知世の憂鬱


あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ!

「おれは 二章がはじまったと思ったら 冒頭から幕間を書いていた」


幕間ってなんだよ(哲学)


 


 細く長い巨体が、草むらを揺らして地面を走る。

 目にもとまらぬ早さで、鋭利な刃が騎士の鎧を切り裂いた。


「いたぞっ! 一人やられた!」


「負傷者はいったん捨て置く! 取り囲んで逃げ場をなくせ!」


 それは、大きなムカデの魔物だった。

 人より二回りも大きな体は金属質の外殻に覆われ、体節のひとつひとつに、外殻が変化した刃が付いている。

 その刃は、巻き付いたり、あるいはすれ違いざま触れるだけで、獲物を傷つけられるようできていた。たった今、騎士に一太刀浴びせたように。


 しかし今、刃はそこかしこが刃こぼれし、ヒビが入っている。

 このまま行けば騎士の側が勝つ。やがて来る自らの敗北を予感し、ムカデ……ブレイドセンチピートと呼ばれるモンスターは、一か八かの賭けに出た。


 するすると騎士たちのあいだを縫って、後生大事に彼らが守っている、ひときわ立派な馬車へと向かっていく。あの中には指揮官か、そうでなくとも重要人物がいるはずだ。ブレイドセンチピートの予想は的中した。

 

「王女殿下の馬車に向かっています!」


「絶対に近づけさせるな! 殿下に傷ひとつでもつけてみろ、陛下に合わせる顔がないぞ!」


 馬車の周りの騎士が一斉に守りを固め、迫るモンスターを迎撃すべく各々の武器をかまえる。


 そんな隙のない布陣を、他ならぬ馬車の中から現れた人物が、崩した。


「殿下!?」


 現れたのはまだ幼い少女。だが、しっかりと鎧を着て、本物の剣を腰にさしている。

 とん、と地面を蹴って、騎士たちを飛び越えて前に出た。

 すらりと剣を抜く。


「殿下、危険です!」

 

「お下がりください!」

 

 口々に上がる声を、少女は威厳のある声で封じる。

 

「今回の巡警にわたしが同行したのは、実戦の経験を積むため。黙って見ているだけでは陛下に怒られてしまうのです」


 言っているあいだにも……ムカデは、ゆっくりと、本当にゆっくりと、少女の方に近づいてくる。


 遅い、と少女は思った。ただし、本当に遅いわけではない。むしろ速かった。その速い動きを、少女の目は余裕を持って捕捉し、脳が「遅い」と判断したのだった。


 剣をかまえる。

 すぅっと息を吸って、吐いて、魔法を唱えた。


「〈紫閃(シセン)〉」


 剣の刃が激しく紫電を帯びる。

 付与魔法(エンチャント)と呼ばれている魔法だ。武器や体に魔法を付与して、強化することができる。中でも今少女が使った付与魔法は、ほんの数秒しか持続時間がない代わりに、すさまじい威力を発揮する魔法だった。

 たった一太刀、それだけを強化するための魔法。雷の魔力を帯びた剣を、少女は思いっきり振り上げて――


 近づいてくるブレイドセンチピートの脳天めがけて、振り上げたときと同じくらい思いっきり、振り下ろした。


 一撃。


 ムカデの甲殻が見事に砕け散り、紫電とともに飛び散る。

 雷が空気を伝って走り抜け、弾け、バチバチと音を立てる……


 黒焦げになった草むらの真ん中に立ちながら、少女はポツリと呟いた。


「……終わったのです」


 たった一撃で撃破された魔物を見て、騎士たちは口々に歓声を上げるのだった。



   ○



「シフレ殿下、先ほどは流石でございました」

 

 がたん、ごとん、と走る馬車の外から、馬にまたがった騎士が声をかけてくる。

 のどかな山村の風景を眺めていた少女――クォーツブルク第二王女シフレ・クォーツブルクこと笛木知世(ふえぎともよ)は、ちょっと気まずそうに答えた。

 

「別に。『ステータス』任せで剣を振り下ろしただけなのです」


 無愛想とも取れる態度だったが……騎士は気にする様子もなく、ひとまわり年下の少女を、はっきりと尊敬の眼差しで見つめる。


「頼もしいお言葉です。殿下ならば近い将来、竜を倒すことも夢ではないのでしょうね」


「竜級、ですか」


 憂鬱そうに呟いて、知世は話題を変えた。


「この村には……」


 つい先ほどまでプレイドセンチピートの脅威に怯えていた小さな村の様子を眺めながら、騎士に聞く。

 

「この村には、わたしと同じ年の子供はいましたか?」

 

 そのいかにも奇妙な質問が、まるで慣れっこかのように、騎士はすらすらと答えた。

 

「五人ほどおりましたが、殿下の探し人ではないかと」

 

「……そうですか。わかったのです」


 騎士は頭を下げたあと、知世が落ち込むのを察して静かに馬車から離れていった。

 知世は騎士を見送ると、声をかけられる前と同じように、村の景色をぼんやり眺めはじめる。






 知世がシフレ・クォーツブルクと呼ばれるようになってから、十二年が経っていた。


 はっきり言って、長かった。

 王宮の生活や、実感のわかない家族、魔物や魔法、魔王の存在、それとの戦い、そして『ステータス』……覚えることも、順応しなければいけないこともたくさんあった。


 生まれたときから意識があったせいもあるだろうけれど、前世の十五年間より長く感じたかもしれない。


 でも、『やっと』とは言いたくない。

『もう』十二年だ。


 一足先に転生したという小瑠璃を探して、もう十二年も経ってしまっている。


 なのに、小瑠璃はまだ見つからない。

 知世は外を見るのをやめて、ため息をついた。

  

「はぁ……」

 

「知世はん、ご機嫌斜めやねえ」


 そこに、騎士ではない誰かの声が聞こえてくる。


「シルベ」


 知世は声の主を呼びながら胸元を見下ろした。――と、身につけた鎧の胸部分から、小さなキツネが窮屈そうにはい出てくる。

 

 彼女は(シルベ)。十二年前、知世がシフレとして生まれた次の日にやってきた、知世のナビゲーターだ。

 ふわりと目の前に浮かんだシルベを、知世はジトっと睨む。


「シルベ」


「はいはい。なんや知世はん」

 

「本当に、小瑠璃はこの世界に転生したのですか?」

 

「それ聞かれるん何回目やろなあ」

 

 シルベは前足で器用に頭をかきつつ、のんびりと答える。

 

沙ヶ峰小瑠璃(さがみねこるり)はんやろ? 転生させたっちゅう記録はしっかり残っとるし、転生先も間違っとらん。ようするに、知世はんの努力不足っちゅうことやわな」

 

 知世の視線が恨めしげなものに変わった。

 

「し、仕方ないのですよ。小瑠璃一人を探すには、ここは広すぎるのです。ましてや、テレビもインターネットもないのでは……」

 

「ま、再会は絶望的やわなあ」

 

「うぐぐ……」


 一応、手を尽くしてはいるのだ。シフレ・クォーツブルクが『サガミネコルリ』なる少女を探しているという噂は国内外に流してあるし、知世自身、こうやって国内をあちこち探し回っている。

 

 そんな真似を王女の知世ができるのは、クォーツブルクに『巡警』という制度があるおかげだ。


 クォーツブルクは、アビスに近い立地のためかモンスターが多く出没する。そのため、王宮の騎士が手分けして国内を見回る『巡警』が定期的に行われているのだ。

 さっきブレイドセンチピートと戦ったのも、知世が一部指揮を任されているクォーツブルク西部『巡警』の一環である。


 似たようなことが、ここ何日かだけで何十回と起こっている。思い出し、知世はため息をついた。


「私、この世界向いてないのです」


「知世はん、ビビりやもんねえ」


「そうです! ビビりなのです!」


 ぶんぶんぶんっ! と全力でうなずく知世は、さっきブレイドセンチピートを一撃で葬ったシフレ・クォーツブルクとは、まるで別人だった。


「まったく! おかしいのですこの世界は!」


 世界の無情を訴えるべく、涙目で憤慨しつつ怒鳴ってみる。


「普通、五歳になってすぐの子供に剣持たせてモンスターの前に放り出しますか!?」


「まあまあ。モンスターいうても、確か、一等雑魚のスライムやったやろ? そんなんテキトーに鋼の剣振って一発やないの」


「剣! が! 効かなかったのですっ!!」


 相性って大事だよね、という話である。

 勇気を振り絞って攻撃した直後の絶望感は半端なかった。転生補正か知らないが、そのとき魔法に開花した自分をほめてやりたい。


「いえ……よく考えたら、転生補正(才能)があるせいで父上に期待されて、こんな目に合っているのですよね……」


 それもこれも、ステータスが高いのがいけないのだ。第二王女なんて立場ある身に生まれてきたのがいけないのだ。そして、そもそも、この世界が魔物だらけなのがいけないのだった。


 しかも、魔物だらけのくせして魔物に対抗できるステータスの人間は驚くほど少ない。

 ステータスにおける総合闘級は、知世の知る限り五つに分かれている。

 

 ノービス級。

 人類の大半がここに属し、そのため、モンスターに使うときは「一般人でもなんとか対処可能なレベル」という意味になる。

 

 ベーシック級。

 普通の人間では対処不可能なもののうち、比較的弱いモンスターはこの闘級であることが多い。

 

 エミネント級。

 普通の人間では対処不可能なもののうち、比較的強いモンスターはこの闘級であることが多い。

 

 ボス級。

 多くがその地域の生態系の頂点に立つほどの強力なモンスターたちである。

 

 ちなみにブレイドセンチピートはエミネント級で、騎士は大半がベーシック級、一部がエミネント級、知世はボス級のステータスを持っている。

 

 そのさらに上の闘級が、竜級だ。

 人間側ではわずか八人しかいない、竜族にも匹敵する強力無比なステータスの持ち主たち。

 

 それ以外の戦える人間は、ほとんどがベーシック級かエミネント級で構成されている。いまひとつ、魔物に人が追いつけていない感がある。

 ようするにこの世界は、物騒きわまりないのだ。


 ああ、前世がなつかしい。

 こんな世界で……小瑠璃はまだ生きているのだろうか?


(あの小瑠璃が簡単に死ぬとは思えないのですが……)

 

 環境が環境だ。不安にもなる。

 もしかしてもう死んでるのかも。そう思うことだってある。

 いくらチートをもらっても、赤ん坊のとき魔物に襲われたらひとたまりもない。強すぎる魔物と出会ってもアウトだろう。

 

 考えて、怖くなる。

 もし本当にそうだったらと思ったら、怖くなる。

 

「知世はん、震えてるで」

 

「平気です。ただのホームシックと、あと、さっきのムカデが怖かったのです」

 

 そもそも自分は戦いに向いていないのだ。馬鹿でビビりでノロマで……

 知世はぎゅっと自分の体を抱いて、震えを止めようとした。シルベはそんな知世を見て微笑ましげに笑う。


「知世はんはほんま、ビビりな上にさびしがりやなあ」

 

「悪いですか」

 

「悪いとはゆうとらんけどなあ……うちの神さん、人選間違えたんとちゃうかなとは思うとるよ。こんなんじゃとても、アビスに行って捜し物探してくれどすえー、なんて言えへんわあ」


「いつも言ってるのです。嘘つき」


「そやったかな」


 とぼけるシルベを、知世はジトッと睨みつける。

 

 少なくとも、今はアビスに行く気はない。かといって、今の生活にもうんざりしている。

 ふかふかのベッド、たくさんの侍女、高い地位に、恵まれた生活。そんなものに意味はない。 

 帰りたい。

 

 でも帰れない。

 もし帰れたとしても、ほんの少しでも小瑠璃がこの世界で生きている可能性があるなら、彼女一人を残して帰るなんてこと、できない。

 

 知世はもう、この世界で生きていくしかないのだ。

 

「はぁ……」

 

「こらこら、ため息ついたら幸せ逃げるで」

 

「もう逃げているのです」

 

 窓の外を眺めながら、知世は言った。

 

「憂鬱なのですよ……」

 


 ―――


 

「小瑠璃! 魔族城地下シェルターにてふかふかのベッドを発見! 使用可能だよ!」

 

「えくせれんと」

 

「さらに食料庫を発見! 調理済みの! 調理済みの保存食料が大量に保管されております!」

 

「まーべらす」


「続けて箒とちりとりを発見! いつでも地上部分を清掃可能です!」


「ぷろーじっと」

 


 

「これはあれだな、最高にハイってやつだ」 

 

「真顔ではしゃぐのやめなさいよ」

  


 ―――

 


 一週間後、巡警を終えた知世はクォーツブルクの王都に帰ってきた。

 

 そのまま王宮に入り、自室に戻って一休みといきたいのだが、一応は巡警団の指揮を任されている身だったので、父王に謁見して報告しないといけない。

 

 こつ、こつ、こつ、と廊下を歩いて、謁見の間に向かう。そして広間へと出て父に謁見するこの瞬間が、知世はあまり好きではなかった。というかぶっちゃけ嫌いだった。

 なにしろ……大げさすぎるのだ。


 知世が広間に入った瞬間、ざわめきが上がった。


「おお、王女殿下がお帰りになられたぞ……」


「やはり、陛下に似て凛々しくあらせられる……」


 そんな声や、


「なんでも、今回の巡警で一番の成果を上げられたとか……」


「それはそれは、この国もしばらく安泰ですな!」


 こんな声が、いっせいに知世の胃に襲いかかる。


 知世は震えそうになる足をなんとか抑えて、広間の中央にまで進み出た。

 そこで知世を待っていたのは、玉座に座る父王だけではない。わざわざ集まってもらってすみません、と頭を下げたくなるほどの大臣たち、貴族たち、騎士たちがズラリと並んで、一斉に知世を見つめてくる。


(うう……胃が痛いのですよ……)

 

(ほんま緊張しいやねえ。気張りおすえー)


 胸の中に隠れたシルベがそうテレパスしてくるが、気張りたくなんかない。

 こんなに集まってるのはたぶん、父が召集をかけたのだろう。あの人、親バカなところあるから……と、知世は思い込んでいたが、竜級になるだろう自分がどれだけ期待されているか、馬鹿だからわかっていなかった。わかりたくもなかった。


 ああ、こんな大勢の前でしゃべるのはイヤなのですよ……安心安全な自分の部屋に帰りたいのです……

 

 などと思いながら、万が一本当に帰るとしてそれはそれで胃に穴が開く性分なので、おずおずと前に進み出た。

 玉座に向かって跪いた後ろで、実質の指揮を行った部下が同じように跪く。

 それを気配で察してから、知世は口を開いた。


「シフレ・クォーツブルク以下第八巡警団、ただいま帰還いたしました」


 まだ幼い少女のものとは思えぬ、堂々とした声。

 なお、内心では割と逃げたい気持ちでいっぱいである。


「此度の巡警につきまして、国王陛下にご報告申し上げます」


 なのでそれだけ言ってしまうと、あとは後ろの部下に任せる。

 

 元々、まだ12才(転生前を入れれば27だが)の知世が巡警に加えられたのは、あくまで実戦の空気に馴染ませるため。魔物をばったばったとなぎ倒させるというありがた迷惑な理由である。

 だから、それさえ終われば部下に任せきりでも文句は言われない。重圧から少し解放されたところで、知世はほっと息をついた。


 これで、残るは退出時の挨拶のみ。

 部下が国王へ報告する声を聞き流しながら、脳内リハーサルを繰り返して心の準備を進めていく。


「ほう、王女は一刀で魔物を斬ったか」

 

 そんなアホなことをしていたものだから、急に自分の話題になったとき心臓が口から飛び出るかと思った。

 意識を戻すと、父王が知世のすぐ目の前で、うむうむ、と嬉しそうにうなずいている。

 

 知世と同じ金髪碧眼。とうに四十才を越えているはずだが、鍛えた体とハンサムな顔は、まだ二十代だと言われても十分通用する。

 二人は、親子というよりは、ちょっと年の離れた兄妹に見える。知世は王の言葉にうなずきながら、イヤな予感をひしひしと感じていた。


「うむ、やはりお前にその程度の魔物では、役者が足らぬということだな」


 そう言われて、渋々うなずく。本当は全力で首を横に振りたかったのだが、そんな情けないことをすれば……ひどい目にあう。

 目の前のこの人は親バカで、態度も割とデレているが、愛情ゆえに超スパルタという超めんどくさい親バカなのだった。


 その父が言う。


「雑魚を相手にしていては力の吸収がままならん。次の巡警は東へ行ってみるがよいぞ」


 ざわ、と広間が騒がしくなる。知世は心の中で「は?」と言ったあと、胃痛で現実に戻されてみじめな気分を味わった。


 東は、アビスの大穴がある方角だ。そのせいか、東に行けば行くほど敵は強く、凶悪になっていく。ようするに強い魔物と戦いまくって修行してこいと言われているのだった。


 嫌ですとは言えるはずもない。

 王の言葉という以上に、周りが、知世が首を横に振るなんて考えてもない。はっきり言って期待が重かった。

 そんなふうにプレッシャーかけられるとやらなければいけない気になってくるのは、元日本人の性なのだろうか。


「……承知いたしました、陛下」


 知世は優雅に礼をしながら、


(誰か児童相談所を呼んでほしいのです)


 と心の中で泣いていた。

 もちろん、そんな戯言を王の前で吐けるはずもないし、そもそもこの世界に児童相談所などない。泣いた。

 報告を終わらせると……知世は退出の挨拶もそこそこに、謁見の間からすごすごと逃げ帰るのであった。


「知世はん知世はん。ちょうどええし、ついでにアビスまで行ってまう?」


「うるさいのです!」


 

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