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ミス・リードの館(短編集)

永遠の別れ

『即興小説トレーニング』で

テーマ「永遠の別れ」で書きました。

 生まれてこの方ずっと二人で寄り添いあってきた。

 ぴったりと身を寄せ、離ればなれになったことなどないし、そんなことは考えられない。


 気がついたときには二人でせまい箱のような部屋の中に入れられていた。大きな窓が1つあるだけの、何もない部屋。二人でひとつの寝袋に押し込められ横になっていた。同じ部屋の中には他にもそうやって二人でひとつの寝袋を使っているご同類がたくさんいるようだ。


 二人で寝袋に入っていることは嫌ではなかったが、箱のような部屋は嫌だ。大きな窓の外からさしこむ光は眩しくて、暗い部屋の中がますます陰鬱に思えてくる。

 そうして二人はいつしか外の世界へ憧れを向けるようになっていた。


「そとにでてみたいね」

「でてみたいね」


 二人は寝袋で身を寄せ合いながらくすくすと笑う。外の世界はどんなところか、そんなことを夢想するのは楽しい。

 だが同じ部屋の中にいる誰かがそんな二人を鼻で笑った。


「外なんてそんないいもんじゃない。覚えていないのか、ここへ来る前自分がどんなだったかを」

「どういうこと?」

「だいたい、僕たちがここから外へ出るときは別れの時だ。ペアを組んでいるおまえたちは、ここから出ればもうさよなら、永遠の別れが待っている」

「ええ! いやだよ、そんなの」

「いやだ、いやだ」

「文句を言っても無駄だ。いつ外に出されるのかを決めるのは僕たちじゃないんだから」

「そんな――――!」



 そしてほどなくそんな二人がついに離ればなれになる日がやってきた。

 二人は寝ていた寝袋ごと部屋の中から運び出されてしまった。そして無理矢理寝袋をはがされ、産まれたままの姿を白日の下に晒されてしまう。


「いやだ、離れたくない」


 そう必死で訴え、折れそうに細い体と体をしっかりとくっつけていても聞き入れられるはずもない。ずっと一緒だった二人を非情な手が無理矢理引き裂こうとする。

 これが永遠の別れなのか。けれどなぜかこうして離れ離れになることは自分たちの運命なのだと理解している部分もあって、それがまた淋しい。

 ぐぐぐ、みちみちと音を立て、ついに二人は引きはがされてしまった。ぱきりと小気味よい音を最後に、生まれてこの方片時も離れたことのない二人はついに離れてしまい――――


 ★☆★☆★





「へいお待ち。カレーうどん二つね」


 今日も常連客で賑わう蕎麦屋の信濃亭は、濃いめのだしが評判の人気店だ。一番人気はカレーうどん、誰か一人が頼むとついつい香りにつられて周りの人間もカレーうどんを注文してしまうほどの魅力を持った美味さだ。


「ダイさん、割り箸取ってくれや」

「おう。ほらよ、シゲさん」


 ダイさん、と呼ばれた常連の老人が机上の箱を開け割り箸を取り出した。箸の入っている箱は蓋にガラスが入っていて中身がよく見えるようになっている。箱の中には紙製の箸袋にお行儀よく入った割り箸がぎっちりと入っていた。シゲさん、と呼ばれた老人は軽く手を上げてお礼の気持ちを表す。


「ありがとよ。それじゃいただくとするか」


 シゲさんは割り箸が入っている箸袋をさっと取り去ると、割り箸の先をを持ち、ぐっと両手に力を込めた。


 ぐぐぐ、みちみち。


「あれっ、うまく割れないよこの割り箸」


 力をこめてぐっと開けばやっと「ぱきり」と音を立て箸をわることができた。ちょっとばかり左右で形が違ってしまったが、使い終わった割り箸などゴミ箱行きなんだろうから気にすることはない。

 箸を割るとき、どこからか「いやだ、離れたくない」と悲鳴が聞こえたような気もしたが、そんな眉唾物のオカルト話はシゲさんの趣味ではなかったので無視する。

 彼は嬉しそうににおいを吸い込んでから念願のカレーうどんにどぶりと箸を突っ込んだ。濃厚な金色のだしをまとったうどんを箸で持ち上げる。


「それにしてもこの割り箸って奴は便利だけどもったいないねえ。使い捨てだもんなあ」

「いやいや、木製っていっても材木を切り出した後の間伐材で作ってるらしいぞ。だからむしろエコってやつさ」

「はあ、そんなもんかねえ」


 ずるずる、ずるずる。

 賑わう店内に二人のカレーうどんをすする音が吸い込まれて消えていった。



 ★☆★☆★



 使い終わった割り箸は廃棄される。

 それはよくわかっている。


 離れ離れになった二人はもう以前のようにくっついていることはできない。ゴミとして焼却されるのを待つばかり。

 ああでも、最後に二人で協力して箸としての役割をこなせたことは喜びだ。そう思って割り箸の片割れは目を閉じた。


 けれどその通りにはならなかった。


 夜になり、ひとところに集められていた割り箸たちは信濃亭の主人の手できれいに洗われた。

 ただ、カレーうどんに使われた箸は先端が黄色く染まり色がおちにくい。その部分は切り落とされた。


 幾日経っても焼却されないことに割り箸は不安になっていった。だが夜ごとに信濃亭の主人が現れては少しづつ割り箸たちを連れて行く。これは何なんだろう。


 やがて自分の番が来た。取り出された割り箸は適当な長さにカットされ、ボンドを塗られて他の割り箸と貼り合わされる。どうやら割り箸で工作するのが主人の趣味らしい、とここでやっと気がついた。

 割り箸で組み立てられたミニチュアのログハウス、割り箸はその屋根になったのだ。


 最後にニスを塗られ、作業が終わったときに気がついた。


「――――あれ? 君は」

「ああ! あなたなのね」


 箸入れの箱の中、ひとつの箸袋に共に入っていた片割れ。もはや永遠に会うことは叶わないと思っていた相手が隣にいた。偶然、屋根の材料として隣同士に貼り合わされたようだ。


 こうして永遠の別れだと思っていた彼らは、再び側に寄り添うことになった。二人はこの偶然に涙する。もう離れることはない。


 今度こそ、いつまでも。

二人の正体は割り箸でした。

土下座。




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