第5話 ~ 年の功とは ~
ときどき加筆修正します。
「橋、とは、どういう・・・?」
男はエルフに聞き返した。
意味がわからない。
「そのままの意味だよ。これは特別な指輪で、こうすると、ほら」
エルフが指輪に手をかざすと、指輪が緑の光に包まれる。
「魔力を流すと、こちらとそちら、・・・といってもわからないか。・・・えっと、ああ、そうそう。
この指輪に魔力を流すと、人間界と妖精界がつながって、双方に行き来が可能になるんだ」
その言葉通り、指輪から出た光がホログラムのように男の部屋を映し出した。
男はふむふむと頷いた。
「へ~、便利ですね。どうして祖母はこれを使わなかったんですかね?」
どこにでも行けちゃうドアではないけど、こんなに便利なのに。
男が何気なく発した言葉だったが、それを聞いたエルフが固まった。と思ったら、エルフがぶるぶると震え出した。それに困惑した男が、何事かとエルフに声をかけた。
「え、なに?どうしたの?」
エルフは自身の頭を抱えて叫ぶ。
「この指輪の使い方を、ヨーコに教えていなかったあ―――っ!!」
「そりゃあ、来ないわけだ!!」
祖母はこの指輪を使わなかった、というより、使えなかったわけか。
不憫である。このエルフが、ではない。祖母が。
好きな女性に特別なものを贈ったなら、特別なわけやその使い方まで教えてやらねば意味がないではないか。詰めの甘い男である。
そんな頭の良さそうな見た目をしていて抜けているなんて、雰囲気詐欺だ。クール系に見えて情熱的だし、知的に見えて抜けているし、エルフらしくない。
これだから見た目は当てにならない。
ふと、エルフの後ろに男が目をやると、黒い猫が震えている。上司に同情して泣いているのかと思いきや、必死に笑いを抑えているようだ。
おい、部下だろ。慰めてやれよ。
・・・笑いたくなるのは、わかるけどさ!
男が眼で抗議すると、黒い猫はこちらを向いて神妙に頷いた。
わかってくれたか。
男は、ほっと安心して、黒い猫に頷き返した。黒い猫はキリっとした顔をこちらに向けた。
「うちの上司は第一印象を、必ず、裏切る男です。おもしろいですよね」
黒い猫が、親指を立ててみせた。見事なまでのサムズアップ!男は開いた口が塞がらなかった。
黒い猫が喋れることにおどろいたが、それ以上にその発言内容に物申したい。
追い打ちかけてどうすんだ!?
上司のエルフは大ダメージを受けて、またすすり泣きはじめた。男は頬をかいて苦笑いをした。
「いや、ほら、付き合い長いんなら、励ましてやるとかさ・・・」
黒い猫は鋭いつめを出して、エルフの頭部に目をやった。
「おや、大々的な散髪をお望みで?」
男はあわてて否定した。
「可哀想だからやめてあげて!「ハゲ」を「増して」ほしいって意味じゃないから!!」
「その方が似合うと思いますけどね~。年齢的に」
黒い猫はつめをひっこめつつも残念そうだ。その目は本気だった。
男は黒い猫の発言で気になったことを聞いてみた。
「年齢的に、って、いくつなの?」
20代か30代くらいに見えるけど。男が首を傾げていると、当のエルフが涙声で答えた。
「二千超えたあたりから、数えるのをやめた」
男は固まった。
まさかの3桁越え!?人間じゃねえ!!
そういえばこのひと、エルフだった!!
おどろいて声こそ出なかったが、頭の中は騒がしかった。すると、黒い猫が眉間にシワを寄せながらエルフの発言を訂正した。
「1億くらいですよ、たぶん」
1億って、何桁だ!?
そして多分なところがかえって真実味がある。正確に覚えてたら逆に怖い!
あまりの年の差に男の顔は引きつっていたが、黒い猫がぽんと手を打ったことによって事態は悪化する。
「あ、1億と213歳ですよ!たしか!
いや~、自己紹介も誕生会もしてないと、歳って忘れますよね~!」
黒い猫は「にゃはは!」とじつに猫らしい声で笑った。男は自分の頭を抱えた。
「すごいね!その記憶力!!」
この黒い猫を怒らせると、一生ねちねち言われる気がする!男の頭が痛くなった!
男の反応などものともせず、黒い猫はエルフを座った眼でエルフを一瞥し、ため息をついた。その尻尾は地面をたしたしと打っている。
黒い毛皮のムチがしなり、黒い猫の怒りをあらわしていた。
「うちの上司、第一印象は裏切るし、第二印象も裏切るし、ろくに仕事をしないなら、いっそのことハゲてしまえばいいんですよ」
その言葉がトドメとなり、エルフはぱたりと倒れ込んだ。男は黒い猫に一応聞いてみた。
「なにがあったの?」
黒い猫曰く。黒い猫はこのかっこいいエルフの部下になれたことが誇らしかったそうだ。
・・・部下になった当初は。しかし、そのエルフの見た目と真逆の性格に、第一印象を裏切られた。
「そうか、このエルフは残念なエルフなんだ」と思い、「それならそれで仕方ない。部下になったからには自分が支えよう!」と思っていたところ、意外にもこのエルフは魔法の腕や知識、問題解決能力においてはとても優秀であることが発覚。
第二印象も裏切られた。「ああ、仕事はできるんだ。なら、足りないところを補おう」と、黒い猫は思い直した。
この頃から、周りに「あのエルフの世話は大変だね」という同情の目で見られるようになったという。実際はそうでもなかったが。
この時までは。そして、エルフは男の祖母のヨーコに出会い、一目惚れ。
ヨーコに一度会ったその日から、徐々に仕事に手がつかなくなり、ついには全て黒い猫が代わりにこなす羽目に。最近はまた仕事をするようになってきたものの、微々たるもので。
黒い猫の過労とストレスはピークに達している。ここ重要。
現在ストレスMAXの状態らしい。男は黒い猫の話を最後まで聞いて思ったことを、エルフに対して満面の笑顔で言ってやる。
「スキンヘッド、似合うと思います」
うん。問答無用でハゲればいいと思うよ!
エルフは青い顔をして、バッと頭をかばい3メートルほど後ずさった。
見た目だけで言えば、元気に見える黒い猫と泣いているエルフでは、泣いているエルフが可哀想だ。
しかし黒い猫の話を加味すると、目の前の光景がまたちがって見えてくるから不思議である。
真に可哀想なのは、より多くの苦労をして報われない者だ。
久しぶりの投稿だったり。
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