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きみは一輪の花のように  作者: 名上 叶人
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第1話 ~ 夢想 ~

はじめまして、名上 叶人です!

気軽にどうぞ~!(*^.^*)ノシ

 

 マグカップのコーヒーの中に、明るい茶色の髪と目をした男が映っている。


男がいるのは薄い緑のカーテンがかかった書斎(しょさい)だ。ホットケーキ色の本棚には、鳥の辞典やお気に入りのライトノベルが並んでいる。

書斎の主役である立派なデスクには、自作の小説をつづった原稿用紙と小説の資料となる本の山がそびえ立っている。その内側にあるインクつぼと万年筆は底なしの井戸と大理石の塔だ。インクつぼと万年筆は昔風なものにあこがれて男が使っているものである。

男の手は、それらの間を3時間ほど行ったり来たりし、唐突にその動きを止めた。ネタが尽きたためである。


 男は原稿用紙をわきへやり、席を立ってデスクにもたれかかった。すっかり冷めてしまったコーヒーにひとくち口をつけ、窓の外の景色を眺めながら、もの思いにふける。

子どもの頃に駆けまわった山と川が目の前に広がっている。子どもの頃は山の緑や川のきらめきが目に入ると、居ても立ってもいられず飛び出していって遊んだものだ。

それがいつからか、山も川も当たり前の景色になって、退屈だと感じるようになった。昔はこの祖母の家に来てよく遊んでいたというのに。


 祖母はこの家の主人であった。その祖母が去年亡くなって男はこの家を受け継いだ。祖母の歴史も思い出も。

受け継いだもののひとつに非常に興味深いものがあった。その興味深いものは、このデスクの引き出しの奥ににしまってあったはずである。

男は1段目、2段目と引き出しの中をひっかきまわし、3段目の奥の方に、それを見つけた。少しほこりをかぶった、上等な紺色のビロードの小箱を、男は取り出した。

その小箱を開くと、台座に、くすんだ金の「指輪」が(おさ)められていた。


 中央についた小さな緑の石はエメラルドっぽいが、不透明だから他の石だろうか。と言っても、この場合興味深いのは石の種類ではなく、この指輪にまつわる祖母のエピソードの方だ。


 祖母は霊感の強い家系に生まれ、いろいろとふしぎな体験をしてきたと言う。彼女自身の性格はまじめで、ちょっと茶目っ気のあるひとだった。

その祖母が亡くなる前にこんな話をしてくれた。


「わたしが16歳のとき、家族みんなでイギリスに旅行に行ったの。レンガでできた家々は造りや色合いがきれいで、いたく感動したのを覚えているわ。

公園はみどりが豊かですっごく広いのよ!家族連れや恋人たちがいて、ピクニックしたりフリスビーを投げたりして和やかに過ごしていたわ。見ていて微笑ましかった。

あ、あとね、カップルがあちこちでふつうにキスしているのにはわたし、驚いちゃった。


 そうそう、森にも行ったのよ。どこの森かは覚えていないけれど、日本よりもずっと大きい木があちこちに生えていて、自分がとてもちっぽけに感じられたわ。

そこでわたし、迷子になっちゃったの。信じられる?それで心細くて泣いているうちに、いつの間にか妖精ようせいの国に迷いこんでしまっていたの。

すごいでしょう?そこで、きれいな湖を見つけてね。その湖畔こはんで、この指輪を拾ったのよ」


 祖母はこの指輪を当時小学生だった男に見せながら、幸せな思い出として、この話を二度、三度と語って聞かせてくれた。けれど湖の話をするときだけ、いつも悲しい顔をするのだ。

そんな祖母のことがよくわからなかった覚えがある。


どうしてそこが妖精の国だとわかったのか?

どうやってそに辿り着いたのか?


意図的にそういう詳細を隠したのか、単に忘れてしまっていたのかはわからない。しかし、詳しいことは結局わからずじまいだった。そのせいで幼いころに聞いた話だったが強く印象に残っているのだ。

そのいわくつきの指輪が、これである。


 この話を思い起こすたび、「祖母が持ち前の茶目っ気を発揮させたのだ。きっと孫のために、作り話をしたのだろう」という思いと、「いや、祖母はまじめな面もあったから、本当にあったことかもしれない」という思いがやってくる。


 真実はどちらなのだろう。

祖母のまじめな面を信じたい。


指輪を指でもてあそびながら、いろいろな角度からそれを眺める。これが妖精のものなら、ふしぎなことが起こるかも、と期待をこめて。

1秒、2秒、3秒・・・。そうして10秒ほど指輪を凝視したが、とくに何かが起こる様子はなかった。


 指輪が一瞬きらりと光ったような気がしたものの、それだけで。男が落胆らくたんめ息をついたときだった。

黒い影が男の目の前をシャッと横切った。


「わっ!」


突如現れた影に驚き、男は椅子ごと後ろに倒れこんだ。その際背中と後頭部を強打したのは、受け身を取れなかったのだから致し方ない。


「いたたたた・・・!」


男は後頭部をさすりつつ、「ああ、脳細胞いくつ死んだかな」なんて、頭のどこか冷静な部分でつぶやいた。鈍痛に顔をしかめながら、男が黒い影の向かった窓に目を向けると。


開いた窓を背にして、黒い影がこちらを見下ろしていたのだった。



楽しんでいただければ幸いです!

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