プロローグ
初投稿です
あぁ、こういう時に限ってこの道は長く感じる──前は母さんが死んだ時、そして今は、親父が死にそうな時──!!
俺は家へ向かう狭い暗く路地を走り抜けていく。
家に辿り着いた時、既に玄関は開いていた。いつもは親父の警戒心で殆ど閉じっぱなしの玄関だ。大きく口を開けた扉を素通りして部屋へと駆ける。
「おぉ、弘一……よく来たな」
「よく来たなじゃねぇぞクソ親父! 先生、容態は?」
「……弘一君。お父さんは多分、持っても今晩中だろう」
いつも近くを通る度にコロコロとした笑顔を浮かべて挨拶してくれる先生が、見た事も無い顔でそう言った。今晩中……今はもう夜明けまで長くない。こんな状況でもベッドの上で笑顔でいる親父の表情とは正反対だ。
「先生、俺にゃあ今晩だけでも充分でさぁ……なぁ、ちっと弘一と二人きりにしてくれねぇか……死ぬ前くらいよ」
多分、一時間と四十分程だった。親父が途切れ途切れの声で話すからだろうか、体感ではもう外では日が昇っている様に感じた。
「……弘一君?」
「……親父は逝ったよ」
扉の外で待っていてくれた先生にそう言うと、俺は手に握りしめた紙の一枚を見せた。
「これは……?」
「わかんねぇ、字はあんまり読めねぇ」
「……これは、お父さんが?」
俺は頷くと、さらにもう一枚を見せた。
「こっちは俺でもわかる……昔、母さんがよく呼んでくれた絵本のページだ」
主人公の少年が仲間の動物達と大きな『鍵』を洞窟の中で見つけるという絵本だった。その『鍵』が大きく描かれたページを、親父はもう一枚の紙と共に渡してきた。
「……お父さんと何を話したんだ?」
「親父が昔技師をやってた頃の話を少しだ」
それを聞くと、先生は感慨深げに頷いた。そして、俺の方に向き直る。
「これには、お父さんがその時働いていた会社に行けと書いてある」
先生はあまり字の読めない俺の代わりに読んで聞かせてくれた。
親父が若い頃に技師として勤め、今や大企業となった『ポータル・インダストリー』。そこが売り出している異世界旅行とやらに参加しろと言うらしい。
「これの一番下に数字が並んでる……やけに桁数が多い、日付じゃないな……なるほど、座標か。お父さんは君にここへ行ってほしいらしい」
先生と一緒に紙を見るが、やはり読めない。しかし、なんとなく親父がこの文章を大切に書いたのだろうと思わせる雰囲気を持っていた。
「それじゃ、俺は行くよ」
恐らく暫くの間帰ってこれないが、先生が親父の死んだ後の諸々は任せておけと言ってくれたので安心して行ってこれる。
いつもの笑顔で見送ってくれる先生に礼を言い、昨日と同じ道を歩き出す。
「お父さんが残した何か! 分かる事を祈っているよ!!」
離れていく俺の背中にそう叫んでくれる声に、振り返らずに手を振った。
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