8.クリンバッハ城へ
8.クリンバッハ城へ
クリンバッハ城はインゴルスハイム基地の北西にあり、直線距離にすればわずか十キロ足らずしかない。だが山の南東側は川が入り組んでいるうえ道も険しいため、そこから直接山に登ることはできない。
城へ向かうには両軍の主戦場となっている北のシュタインゼルツ平原を抜け、城の東にあるヴァイセンブルク側から大きく回り込んで山上を目指すか、基地の南西にあるケッフェナッハからショーネンブール通りを北に向かい、南西側の麓から山を登るルートしかない。ケッフェナッハから森を挟んでさらに西のロブザンヌから大きく迂回する道もあるが、結局は山の麓でショーネンブール通りと合流するので遠回りになるだけだ。
今回、隊長であるルネが偵察ルートとして選んだのはケッフェナッハからショーネンブール通りを北上するルートだった。それが最も距離的に近く、山の麓からは森が深くなっているので身を隠しやすいからだ。
六機のAMが土煙を上げながら走っていた。ルネの乗るスパッドを先頭に四機のキャメルが四角を作るように続き、その中心にパップが守られる格好だ。上から見るとちょうど初心者を表す若葉マークのようにも見える。だが不思議なことに、他の機体に守られているべきパップ自身が時折隊列を乱していた。ちょっとした路面のキャップを踏むたびに、機体が大きく前に飛び出して先頭のスパッドに追突しそうになっている。
「おいおいジョルジーヌ大尉、どうしたんだよ? なんか動きがおかしいぞ」
無線からエダの声が聞こえる。
「し、仕方ないでしょう? パップなんて訓練生のとき以来乗ってないんですから。隊列を乱さないようにスピードを抑えるのが難しいんですのよ!」
本来パップは軽量で、大出力を生み出せない胸の小さな女性でも扱える機体である。それにバレーボール級の豊満な胸を持つジョルジーヌが乗るのは、軽自動車に大型トレーラーのエンジンを積むようなものだ。
「まったく……軽すぎて逆に扱いにくいなんて、こんなことならもう少し装甲を増やしてくればよかったですわ」
「し、仕方ないですよ。写真を撮った後はすぐに離脱しないといけないんですから、なるべくスピードが出るようにしておかないと」
アーサリンがフォローを入れるが、ジョルジーヌは不機嫌なままである。
「フン……本当は偵察任務なんて私の性に合いませんのよ。次に出撃するときこそ、あの忌々しいウーデットと決着をつけてやろうと思っていましたのに……」
連合軍AM部隊の副隊長であるジョルジーヌ・ギヌメールとゲルマニア軍AM部隊の副隊長であるエルネスティーネ・ウーデットはライバルのような関係であり、お互いに撃破寸前まで追い込まれたことが何度もある。今まで致命傷こそ負わずに生き残ってきたが、双方ともに怨み積もる不倶戴天の敵なのだ。
「なのにコソコソと隠れて敵の寝床を探った挙句、見つかったら背を向けて逃げの一手なんて……この三十七ミリモーターカノンが泣きますわ」
そう言いつつジョルジーヌは手元のレバーを操作し、右手に携行した武器をアイカメラに映る位置に掲げてみせた。これは彼女自身が設計し、WEU軍で制式採用されているスパッドの開発者であるリュシー・ジュベローの協力を得て完成させたものだ。他のAMが携行している通常の機銃とは違い、弾丸の装填や廃莢をGETSから動力を得たモーターによって行うことで速射性を高めている。
かつてジョルジーヌは国民的英雄であるAM乗り、特にエース・オブ・エースと呼ばれるルネ・フォンクに憧れて軍に志願した。ところがWEUの政府にも顔が利くほどの家柄である親が裏で手を回したのか、彼女が最初に配属されたのは前線どころか後方で、しかも整備兵としての従軍だった。そのとき彼女はWEU軍の兵器開発主任であったリュシーと親しくなり、スパッドVIIに三十七ミリモーターカノンを装備したスパッドXIIを共同開発したのである。
後にジョルジーヌは家族の反対を押し切ってAMパイロットとなり、数々の激戦を経てついに憧れのルネが率いる今の部隊に配属されたが、それを支えてくれたこの武器は彼女にとって騎士の剣にも等しい誇りだった。
そうこうしているうちに、部隊は山の麓に到着した。ここまで来れば目的地までは直線距離にして三キロほどだ。
部隊はいったん行軍を停止して森の中に隠れ、足裏の履帯を交換する作業に入った。耐久性は低いが静粛性が高く、鉄製の履帯のように接合部が甲高い音を立てない硬質ゴム製のものだ。換えのゴム製履帯は小型コンテナに積んで各機が背負ってきたが、交換後の鉄製履帯は身軽にするためここに遺棄していく。
通常の戦車の場合、履帯の交換には作業用の装置があっても最低三十分はかかる。だが人型兵器であるAMは手が人間の指のようなマニピュレーターになっているうえ、自らの操作で片足を上げたりすることもできるため、それほどの時間はかからない。それぞれの機体がペアを作り、お互いに交換作業を行うことで、わずか十五分ほどで履帯の履き替えは完了した。
「さて……城まであと少しね。ここからはさらにゆっくり、時間をかけて近づきましょう」
新兵器とやらの正体が全く不明である以上、城に接近するのは必須である。それがAMに搭載する類のものならば接敵して確かめるしかないが、もしも城からこちらの基地や前線の塹壕を長距離砲撃するようなものであった場合、こっそり近づけばその姿を写真に収めることができるかもしれないからだ。
目指すクリンバッハ城は標高五百メートル近い山の頂上に建つ城だが、このまま街道を通って城の正門側から堂々と接近するわけにはいかない。森の中を突っ切って、インゴルスハイム側を見下ろしている裏手のほうから近づく必要がある。六機のAMはさらにスピードを落とし、なるべく音を立てないようにしながら木々の間を進んでいった。