2.四代目アルバトロス
2.四代目アルバトロス
次の日の朝、ローラは部下たちを引き連れてポツダムを訪れた。彼女の後ろにはテオドラやヴァルトラウトをはじめとして、『ティーガーズ』の中でも選りすぐりの精鋭である五名が同行している。
テオドラとヴァルトラウトの後に続くの三名のうち、一人はロートラウト・フォン・グライム。歳は十七~十八というところだろうか、細身の身体に青白い顔で、まるで幽霊のような少女だ。
もう一人はヘルマ・フロンメルツ。こちらはまだ十五歳にも満たない感じの幼い少女で、いかにも天真爛漫そうな外見をしている。
この二人は歳こそ若いが、両者ともすでに二十機近くもの敵を撃破しており、ブルーマックス受章も近いと噂されていた。それなのに、二人とも胸のサイズは特に大きいというわけでもない。これはRUK軍のウィルマ・ビショップと同じく、彼女たちの操縦技術が並外れていることを示している。
そして二人の保護者であるかのように最後尾を歩くのはフリーデリーケ・クリスチャンセン。二十代半ばほどの落ち着いた雰囲気の女性である。彼女はAMの撃破数こそ少ないが、かつては戦車の主砲に使われていた八十八ミリ砲を改造したロングレンジキャノンでの砲撃を得意とし、主に城塞を破壊したり輸送船を沈めるといった戦略的な武勲を上げていた。
「お姉さまっ、私たち……次はどこの戦場に向かうのですか?」
ヘルマが前を歩くヴァルトラウトに問いかける。その仕草はとても可愛らしい印象を与え、彼女を実年齢以上に幼く見せている。
「まだ聞かされていないわ。今日は新型のAMを受領しに行くだけよ。それとフロンメルツ少尉、公の場で“お姉さま”はやめなさい」
「はぁーい」
「どこでもいい……目の前に現れた敵を皆殺しにするだけよ……」
陰気臭いオーラを放つロートラウトのほうはどこか虚ろな目で、行き場のない殺意を持て余しているかのようだ。
「二人とも、無駄口はそこまでにしなさい。迎えの車が来たわよ」
一行は二台の木炭車に分乗し、軍需工場へと向かう。入り組んだ街中を三十分ほど走ったところで車が停まり、ローラたちは巨大な建物の前で降ろされた。
「…………!」
建物を見上げ、一同が絶句する。
その工場はとても大きなものだった。基地に設置されている整備ドックとは比べ物にならないのは当然だが、それにしても異常なほどの広さである。横の広さだけなく高さも通常ではあり得ないほどで、AMの製造工場というよりは造船所のようだ。
一行が工場内に入ると、意外なほど中は広々としていた。このような広い空間で製造しなくてはならないとは、一体どんな巨大兵器を開発しているというのか。
ローラが辺りを見回し、責任者であるアネットの姿を探す。すると壁際の一角に、ドラム缶のようなガラス製のビーカーがいくつも並んでいるのが見えた。ビーカーにはマリンブルーの小さな石がぎっしりと詰められ、そこから人間の女性が首から上だけを出して目を閉じている。
“人間電池”――ガラス製の容器に裸の女性が入り、そこに細かく砕かれたGETSを詰め込んで発電しているのだ。よく見ると、それらの電源ユニットは工場内のあちこちに置かれている。
――非道いものね――
工場の電源となった女性たちを見て、ローラは正直そう思った。GETSに触れているだけなので特に疲れるわけでも体に悪影響があるわけでもないが、これでは本当にモノ扱いではないか。自分たちもAMを操縦しているときは動力ユニットの一部と化しているようなものだが、敵を打ち倒せば英雄として扱われる分まだ人間としての尊厳が保たれている。
昔のような文明を取り戻すには電気の力が不可欠だとはいえ、GETSが軍事利用以外にいまいち普及しないのはこういう事情もあった。自分が製品を使うための動力となることに抵抗がある人間は少ないが、製品そのものを作るための機械を動かす電源として人間を使うのは、人道的な見地からも敬遠する企業が多かったのだ。
「あら、いらっしゃいリヒトホーフェン中尉。いえ、今は大尉だったかしらぁ? お久しぶりねぇ」
ローラが声のしたほうを振り向くと、そこにはボサボサになった髪を輪ゴムで無造作に留めたアネット・フォッカーがいた。以前はもう少し身だしなみに気を遣っていたように思うが、今はずいぶん小汚い格好をしている。
「お久しぶりねフォッカー博士。司令部の命令で、新型のAMを受け取りに来たわ」
「ええ、聞いてるわぁ。こっちよ」
アネットが先を歩き、ローラたちはAMを製造している工房へと案内された。広い空間には整備用のハンガーがずらりと並び、三十機近いAMが未塗装のままぶら下がっている。
「これが新型?」
ローラが入口からすぐのところにあるハンガーの前で足を止める。そこには以前よりも大きな二対四枚の翼を持つAMが、こちらに背を向ける格好で立っていた。フライヤーユニットが後付けだった以前のアルバトロスD.IIとは違い、目の前のAMは翼とタービンが背部と一体化している。
「ああ、それは違うの。そっちは『アルバトロスD.III』、一応タービンのモーターコイルを強化して飛行時間を延ばした新型ではあるんだけど……まあ試作機ってところね。本命はこっちよぉ」
アネットが一行を工房の奥へと誘う。そして彼女が立ち止まったハンガーを前にした瞬間、ローラたちは目を見開いたまま固まった。
「な……なんだこれは?」
「これは……AMなのか?」
全員が十数秒も呆然とした後、テオドラとヴァルトラウトがようやく口を開いた。そこにあったのは、とてもAMとは思えない代物だったからだ。
細い――あまりにも細い。それが全員の抱いた感想だった。以前のアルバトロスシリーズも十分に細身の機体であったが、それよりもさらにシェイプアップされている。そして彼女たちがなにより驚いたのは手足の細さである。枯葉に擬態するカマキリがいるというが、目の前の機体はまさに葉っぱで作った人形のようだ。
「『なんなのこの針金みたいな機体』……といったところかしらぁ? 尤もな感想だとは思うけど、文句を言う前に横からも見てちょうだい」
みなが口にするであろう感想に先手を打ち、機体の横に回るようアネットが促す。その言葉に従って横側から見てみると、それが“細い”のではないことが分かった。
太い――横から見ると太い。つまりこの機体は“く”の字型に折り曲げた板を二枚合わせたような、薄い菱型の四角柱を組み合わせた形状をしていたのだ。
「これは……一体なんなの? なぜこんな形状に……」
「こうして極限まで薄いフォルムにすることで前からの風を切り裂けるし、下からの風を受けることで飛行時間をグンと延ばせるのよ。要は手足まで翼にしたようなものね。重量もかなり軽量化できたから、両手を広げれば上昇気流を捉えて再上昇することさえ可能になったわぁ」
「そういうこと……でもこんな薄っぺらいボディじゃ、装甲なんてあってないようなものじゃない。こんなの……敵の攻撃を受けたらすぐにバラバラにされちゃうわ。あなた、少しは防御ってものを考えないわけ?」
「ふぅん……お気に召さない?」
「それにこれ、武装どころか履帯も付いてないじゃない。これじゃあ地上に下りた後、どうやって戦えっていうのよ」
「うふふ…………あはは…………あっはははははは!」
突然、頭がおかしくなったかのようにアネットが笑いだす。
「な、一体どうしたのよ?」
「あー可笑しい…………いえ、あなたの発想があまりにも古臭いものだから……うふふふふ」
「……どういうことか説明していただけるかしら?」
以前のローラであればここで感情を露にしていたところだが、部隊を任される立場となった彼女はもう大人の対応というものを身につけている。ヘルミーネたちに小馬鹿にされていた頃とは違い、これぐらいのことでムキになったりはしない。
「簡単に言っちゃうとねぇ、この『アルバトロスD.IV』は、今までのAMとは運用方法そのものが大きく違うのよ」
「つまり、戦い方がまるで違うものになると?」
「そういうこと♪ まず、この機体は敵の攻撃を食らうことを想定していないわ。最高飛行速度が百八十二キロ……以前の三割増しだから。それに正面から見える表面積が小さいうえ、万が一敵の銃撃を受けても鋭いフォルムが弾丸を逸らしてくれるからね。装甲は最小限で十分ってわけ」
「それで、攻撃はどうするの?」
「メイン武装は前に追加した投下型爆弾よ。高高度から敵を爆撃して、爆弾を使い切ったらそのまま地上に下りずに帰還すれば接近戦の必要も撃ち合いの必要もないでしょう? 履帯の代わりに展開式の二輪ローラーが両足に付いてるけど、これも整備や運搬の時に自走させるためのものでしかないわぁ」
「なるほど、そういう使い方をするのね」
「上手く風に乗ればずっと飛んでいられるうえ、再上昇すら可能になったからこその運用法ねぇ」
「それ、私たちでも使えるの?」
ロートラウトが突然二人の会話に割って入る。たしかに以前のフライヤーユニットであれば、彼女やヘルマのように若干小振りな胸のパイロットは飛ぶことができなかったはずだ。
「ええ、胸の小さな娘でも前のフライヤーユニットと同じぐらいには飛べるように造ってあるから、あなたたちほどのサイズがあれば十分よ。なにせ以前飛べなかった大尉のデータを元に設計したから……」
そう言いつつ、アネットがローラの胸へと視線を移す。
「でも今のあなたを見る限り、いらない心配だったかしらぁ?」
「大きなお世話よ」
姉のマルグリットが除隊したことでコンプレックスが克服されたせいか、それとも精神的な成長が肉体にも影響を及ぼしたのか、ローラはこの半年で胸のほうも大きく成長していた。すでにブリュンヒルデやヴィルヘルミナといったハンドボールサイズの者には追いつき、旧式のフライヤーユニットでも運用できるほどの大きさになっている。
「それはいいとして……さっきの話で一つだけ気になることがあるわ」
「なぁに?」
「あなたさっき『高高度から爆撃』って言ったけど、一体これをどこから飛ばす気なの? 国内の主要な山岳地帯はみんな連合軍に押さえられているというのに」
そう、この半年でゲルマニア帝国の主要な山岳地帯はすでに連合軍の手に落ちているのだ。
ゲルマニアの最南端――バーデン・ヴュルテンベルク州の南西部はこの国で最も大きく、最も高い中級山岳地帯である(連合軍のエース部隊が先日訪れた温泉地もここにある)。国境付近の戦線を突破した後、連合軍はここに第二第三のクリンバッハ城を築かれることを恐れ、本来ならばライン川を北上してフランクフルトに向かうはずだった戦力を二分してまでこの地域を押さえていた。
ボンやケルン、デュッセルドルフといった大都市へと続くフランクフルトの北西にもゲルマニアを南北に分ける中部山岳地帯があるが、そちらも今は連合軍の激しい攻撃に晒されている。それどころか、そこを抜かれれば西部戦線で戦っている方面軍が挟撃されることになってしまうため、とても高所にAM発進のための拠点を築いている余裕などない状況だ。
「いくら高性能の飛行型AMを開発したところで、飛び立つ場所がなければそれこそ空飛ぶパイ(絵に描いた餅)よ。どうするつもり?」
「うふふ……この私がそんなことを考慮していないと思って? そんな問題はすでに問題たり得ないからこそ、ヒンデンブルグ閣下はあなたたちをここへ寄越したのよ」
「その通りだ」
突如後ろから声がして、その場にいた全員がそちらを振り返る。そこには分厚いコートを羽織り、高級そうな葉巻をくわえたポリーヌ・フォン・ヒンデンブルグがいた。




