47.帰ってきた女、その名はウィルメッタ
47.帰ってきた女、その名はウィルメッタ
―― ゴガァン! ――
クリンバッハ城の兵器開発室に大きな音が響き渡った。城に帰還したマルグリットから戦闘の顛末を聞いていたアネットが、いきなりソファを蹴り倒したのだ。
「トマサ……ソッピース…………!」
アネットの歯がギリギリと軋む音を立てる。マルグリットは敵の新兵器であるガンブレラについての私見を述べたかったが、これでは耳に入るまい。
「トマサ・ソッピース…………トマサ・ソッピースっっ! またあいつか! またあのガキが私の邪魔をっ! あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アネットが机の上にある書類やマグカップを床に落としながら半狂乱で暴れ回る。マルグリットをはじめとする歴戦のパイロットたちも、その剣幕にたじろいていた。
「フォッカー博士……少し落ち着――」
「黙りなさいこの役立たずども!」
アネットがもの凄い形相でマルグリットたちを一喝する。
「私の開発した兵器を授けられながら、二人もやられて帰ってくるなんて恥ずかしくないの!? あなたたちがこんな腰抜け揃いだったとは思わなかったわ!」
「む……」
暴言といえばあまりの暴言だが、マルグリットたちはぐうの音も出ない。敵を全滅させると意気込んで出て行ったのに、一人の敵も倒せなかったばかりか二人の味方を失ったのだ。しかもその一人が英雄インメルマンともなれば、戦力的な損失も計り知れない。
「くそっ! くそぉっ! あのガキ……どれだけ私の人生を邪魔したら気が済むというの!」
実際のところ、アネットが激怒するのも無理はなかった。彼女の人生をかけた発明といってもいいフライヤーユニットが、その存在ごと否定されるかのような大敗北を喫したのだ。
問題はそれだけではない。ガンランスを装備したアルバトロスD.IIがガンブレラを装備したソッピース・トライプハウンドに敗れたなどという事実が世間に広まれば、機体だけでなく武器の評価まで下げられてしまうに違いない。それに連合軍からの公式発表はまだないが、インメルマンを討ったのがアーサリン・ブラウンなどという新人パイロットであることが明らかになれば事態はもっと悪化する。そんなことになれば、アネット・フォッカーの名は完全にトマサ・ソッピースの下に置かれてしまうだろう。
アネットという一個人だけでなく、ゲルマニア軍そのものにとっても今回の敗戦は大きな痛手だ。ただ優秀なAMパイロットを失ったというだけではない。せっかく戦意高揚のための式典を行なったというのに、英雄インメルマンが討たれたとあっては効果は帳消しどころかマイナスに近い。敗戦そのものの責を負うべきはもちろん現場の指揮官であるマルグリットだが、連合軍に新兵器開発の時間を与える原因になってしまったファルケンハインにもなんらかの処分が下される可能性がある。
「いずれにせよ、あの武器への対抗策を考えなければ我々に勝利はない。実際に戦ってみて得られた情報は後で書類にまとめておくから、落ち着いたら読んでくれ」
マルグリットは言うべきことだけをアネットに告げると、部下たちを伴って開発室を後にした。
―― ダガン! ――
また椅子かなにかを蹴飛ばしたのだろうか、廊下を歩くマルグリットたちの耳に、閉まった扉の向こうから大きな音が聞こえてきた。
クリンバッハ城の鬱屈とした空気とは裏腹に、インゴルスハイム基地ではパイロットたちが大はしゃぎしていた。まるで戦争そのものに勝ったかのようなお祭り騒ぎだ。
「はーい。みんな、羽目を外すのもほどほどにねー」
ルネが注意するが、はしゃいでいる面々は止まらない。そもそもラモーナやシャルロット、ジョルジアナといったクール組は騒いでいないし、エダやアルバータ、フランチェスカのようなアホの子たちは人の話を聞くようなタイプではないのだ。後者が全員未成年でアルコールが入っていないことが唯一の救いだった。
そんなおめでたい雰囲気でみなが夕食を囲んでいる最中、さらに嬉しいことがあった。負傷して戦線を離れていたウィルメッタが戻ってきたのだ。
「みんなー! ただいまーっ!」
「おお、ウィルメッタ! 怪我はもういいのか?」
「うん、すっかりよくなったよ」
「やったぜ! これでRUKの四人組がまた揃ったな!」
「お帰りなさいバーカー中尉。ちょうど今日、ゲーリングに中尉のお返しをしておいたところだったんですよ」
「二人ともありがとー。で……ロベルタは?」
ウィルメッタが食堂の中をきょろきょろと見渡す。彼女は常日頃からロベルタのことを愛玩動物……いや、妹のように可愛がっていたのだ。
「あっちあっち」
アルバータが指差す方向にロベルタはいた。テーブルの間に隠れるようにしゃがんで、食堂からこそこそと逃げ出そうとしている。
「ロベルタ~っ♪ 会いたかったよぉ~っ」
ウィルメッタが両手を広げながらロベルタに飛びつく。背の低いロベルタの頭の上に、ウィルメッタの大きな胸がぼよんと乗っかった。
「ああ~、可愛いなあ。ロベルタは可愛いなあ。この一ヶ月ちょいの間、ロベルタ成分が不足して辛かったよぉ~っ」
ほとんどスリーパーホールドにも近い抱きつき方でウィルメッタがロベルタに頬擦りする。
「ウィルメッタ……重い……あなたの胸も気持ちも重い……」
ロベルタはげんなりした顔をしながらもウィルメッタのされるがままになっていた。おそらくこの二人が以前からこんな関係なせいもあるのだろうが、彼女もウィルメッタが復帰したこと自体は嬉しいのだ。
「ウィルメッタちゃん……戻ってきてくれて本当に嬉しいわ」
「少佐……長い間留守にして、ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。それにあなたが戻ってきてくれたおかげで、いよいよ敵軍と決着をつけるための作戦を実行できるわ」
「ええっ!?」
“敵軍との決着”という言葉にエダが反応する。
「少佐、それって本当ですか?」
「ええ、作戦自体は前から考えていたんだけど、空飛ぶ敵の出現や戦力の関係でなかなか実行に移せなかったの」
「いよいよ決戦ですか……クリンバッハ城を落とせば前線が有利になるだけでなく、敵の飛行部隊も完全に封じることができますね」
「本当はジャクリーンちゃんかシェリルちゃんに頼もうと思っていたことがあるんだけど、それだと戦力がギリギリすぎて心配だったの。ウィルメッタちゃんはまだ新型カメラの操作も練習してないし、空飛ぶ敵への対応もできないだろうからちょうどいいわ」
「え? え? 私、なにをすればいいんですか?」
ウィルメッタがロベルタに抱きついたまま、間の抜けた顔で質問する。
「それは……これから説明するわ」
ルネの表情がいつになく真剣なものになる。さっきまで子供のようにはしゃいでいたパイロットたちも、敵との決戦が近いことを察して兵士の顔に戻っていた。




