19.改修計画(ゲルマニアSIDE)
19.改修計画(ゲルマニアSIDE)
クリンバッハ城地下の研究室で、アネット・フォッカーがソファに寝そべりながら報告書に目を通していた。実戦を踏まえたうえでマルグリットが書いた、フライヤーユニットの問題点をまとめたものだ。
「ハァ~……」
数枚の報告書を顔の上に乗せ、アネットが深いため息をつく。
「どうしたフォッカー博士。いつにも増して気だるそうだな」
シャワーを終え、いつもの軍服に着替えたマルグリットがテーブルを挟んだ向かいのソファで優雅にコーヒーを飲んでいる。アネットは報告書をテーブルの上に放り出すと、涅槃像のように横にごろりと転がった。
「だって私の開発したフライヤーユニットに、まさかここまで改善すべき点が多いなんて思わなかったんですものぉ。そりゃあ多少は覚悟してたけれど、いざ明らかになってみるとヘコむわぁ。やっぱり実戦に勝るデータ収集はないってことねぇ」
「それはそうだ。完成目前のフライヤーユニットを敵に見られてしまったのは誤算だったが、その点においては逆に良かったかもしれん。量産型の製作に入る前に貴重なデータが取れたのだからな」
「ん~とぉ? とりあえず一番大きな問題は……やっぱり飛行時間の短さね。この城から飛び立って山の麓に着地するまで、約四十分から四十五分かぁ。計算通りといえば計算通りなんだけど」
「そうだ。それも自然に高度が下がっていった場合の話で、自ら高度を下げれば飛行時間はもっと短くなる」
「といっても、こればっかりはどうしようもないのよねぇ。フライヤーユニットの出力も所詮はGETS依存だから、タービンを二つ三つと増やせばいいってもんじゃないのよ。むしろ重くなるぶん余計に飛行時間が短くなるわ」
空飛ぶAMの開発計画においてアネットが最初に思いついたのは、巨大なモーターにプロペラ状の大きな羽根を直結し、ヘリコプターのように飛ばすものだった。しかしそれでは滞空時間を延ばせても、飛行スピードが対AM兵器として実戦向きでなくなってしまう。
“AMの最大の売りは機動性”であり、“AM同士の戦いにおいてはスピードこそ命”というのが彼女の信条だ。それゆえ飛行時間を犠牲にしてでも高い機動性を得るべく開発されたのが、地上に向けて風を噴射することで飛行する現在のフライヤーユニットだった。
「胸のサイズも特大のあなたたちでこれなんだから、貧乳の子じゃあ運用そのものが無理そうねぇ。もっと汎用性の高い兵器になるように、まだまだ研究を続けないと」
「そうか……飛行そのものや飛行中の射撃に関しては我々の努力と訓練で慣れていくしかないが、作戦のほうもフライヤーユニットの限界飛行時間を考慮して立てる必要があるな」
「まずインゴルスハイムのAM部隊を片付けて、帰還ついでに塹壕の歩兵部隊を掃討してくるだけなら今のユニットでも十分だと思うけどねぇ。パリを攻め落とすのにも使うのなら、またどこか標高の高い発進場所を確保するか、別の打ち上げ方法を考えないと駄目ね。そっちのほうもおいおい考えるわぁ」
「しかしフライヤーユニットの存在を知ったからには、敵もなんらかの対策を立ててくるだろうな。敵陣営にトマサ・ソッピースがいることを考えれば、改善すべきところは早めに改修しておくに越したことはないだろう」
「あぁ……報告書の最後に書いてあったあの問題ね」
マルグリットの口からトマサ・ソッピースの名前が出た途端、普段は間延びしたアネットの声が急に不機嫌なものに変わる。
「敵も今日の戦闘ですでに気づいたと思うが、上空からの攻撃に対して身を守るのに一番有効な方法は、鷹から身を隠すウサギのように森の中に逃げ込むことだ」
「それで今回は逃げられたのよねぇ。いつも戦ってるシュタインゼルツの平原なら逃げ場もないんでしょうけど」
「うむ……だが今回のように戦闘が長引いてしまった場合、我々も地上に降りて戦わざるを得なくなる。それに今日は敵が山の麓に向かって逃げてくれたから高さの有利を保てたが、逆にここへ向かって来られていたら飛行時間が半分も持たなかっただろう」
「そうなると、装甲や武装をオミットしちゃってる分こっちが不利になる……ね。あなたたちならノロマなラクダになんて負けないと信じてるんだけどぉ?」
トマサの開発したキャメルに対するアネットの憎しみは尋常ではない。自身の開発したアルバトロスD.IIで連合軍の主力機であるキャメルを叩きのめすことは、今や彼女の人生をかけた悲願なのだ。
「敵にはWEUのスパッドもいればトライプハウンド(猟犬)を駆るウィルマ・ビショップもいる。それに木々が入り組んだ森の中で戦うことになれば、長い翼が邪魔になって肝心の機動性も殺されてしまう」
「だから翼を折りたためるようにしろって?」
「着陸と同時にフライヤーユニットをパージしてしまうという手もあるが、それだと敵に鹵獲されてしまう恐れもあるからな。できれば伸縮式にしてもらえるとありがたいのだが……翼を真上に向けるとか、少なくとも接近戦での動きに影響がないレベルにできないか?」
「まったく……いつも現場の人間は好き勝手言ってくれるわねぇ。ま、いいものを作るにはそういう声を聞くことが大事なんだけど」
「あとは接近戦用の武装だな。電動式パイルバンカーが重量の関係で積めない以上、もっと軽くて威力も劣らない武器を用意する必要がある」
「ヘルミーネみたいにクローでも付ければ? あれならパイルバンカーよりだいぶ軽いわよぉ」
ゲルマニア軍と連合軍とを問わず、接近戦用の武器として現在主流なのはタフで強力なパイルバンカーである。そんな中で、ヘルミーネ・ゲーリングだけはAMの指であるマニピュレーターに死神の大鎌のごとき爪をマウントした『デスサイズ・クロー』を使用していた。
もちろん合理的な理由などは一切なく、ただ敵機のコックピットを五本の爪で串刺しにした後、握り潰すように刻むのが心地いいという本人のサディスティックな趣味によるものだ。だがアネットの言うとおり、電動モーターがない分パイルバンカーに比べて重量はかなり軽い。
「あれか……どうにも趣味の悪い武器だ。騎士の使うものではないな」
「戦争で騎士道にこだわるなんて滑稽そのものだと思うけどねぇ。それならいっそのこと剣でも使ったらいいのに」
「さすがに剣ではな……突きで本体部分を貫くならともかく、厚い外部装甲は斬撃では切り裂けん」
「ウフフ、冗談よぉ。あ、でも突貫ならいけるってことは……そうよ! いいプラン思いついちゃったわぁ!」
「なんだ? また新しい兵器の構想でも思いついたのか」
「うふふふふ、それはねぇ……」
アネットは起き上がってソファに座ると、久しぶりに会える恋人に思いを馳せる少女のように、うっとりとした表情で語りはじめた。




