10.限りなく澄んだ空
10.限りなく澄んだ空
アーサリンは一瞬、自分の見たものが信じられなかった。彼女自身も今の今までその可能性に考えが至らなかったのは、そもそも“空飛ぶ乗り物”などというものの存在を誰もが忘れていたからである。ジェット燃料どころかガソリンさえ枯渇した現在、プロペラ機はもちろんガスを使う熱気球すら空を飛んでいないのだ。
たしかにGETSが発見された今ならば、電動モーターによるプロペラ機を復活させることはできるかもしれない。そうすれば十九世紀の頃と同じように、地上にいる歩兵部隊を一方的に殲滅することもできるだろう。しかしそれなら地上を走るAMでも同じことができるうえ、なにより両者が戦った場合、装甲が厚く繊細な動きのできるAMのほうが有利である。
まず機銃が固定式の戦闘機では左右にも素早く動けるAMを捉えきれないし、仮に射撃手とパイロットが分かれている古い型の戦闘機(この型は機銃が可動式)で挑んだとしても、銀盤の上を滑るスケート選手のごとき動きができるAMとは旋回性能が段違いだ。爆撃機でさえ加減速が自在なAMに爆弾を命中させるのは容易ではないだろう。それゆえ戦場においてAMが幅を利かせるようになった今となっては、プロペラ戦闘機を復活させようなどというプランそのものが持ち上がらなかったのだ。しかし逆にそのせいで、AMの機能は完全に地上戦だけを想定したものになってしまっていた。
AMは操縦ユニットの前方にリング状の取っ手(操縦環)があり、リングと繋がったレバーを引き出したり押し込んだりすることで腕が前後する。そしてレバーを十字キーのように動かすことでフックやアッパーといった技をくり出すこともできるのだが、可動域の関係上、腕が水平から四十五度ぐらいまでしか上げられないのだ。
アネット・フォッカーの開発した新兵器は今や飛行機が存在しないという先入観と、AMは空を飛ぶ敵との戦闘を想定していないという、二つの盲点を突いたものだった。情報収集のため上下にも可動するカメラがパップに搭載されていなければ、そしてそれをアーサリンが向けなければ、決して敵機の姿を見つけることはできなかっただろう。
現実を目の前にしても、まだアーサリンは夢でも見ているかのような気分だった。AMの重量は装甲や武装を外した状態のパップですら二トン以上にもなる。重装甲のキャメルにフル装備ともなれば四トン近くはあるだろう。そんなものがどうやって空を飛ぶというのか。
だが、そんなアーサリンの意識を銃撃のショックが現実に引き戻した。上空にいた敵機からの攻撃が命中したのだ。撃たれる瞬間、たしかに敵の一機からのマズルフラッシュが見えた。
―― ガガガガガガガァァン!!! ――
「きゃあぁっ!」
機体が激しく揺れ、ジョルジーヌの体が操縦ユニットの上で跳ねる。
このままでは一方的に銃撃を受け続けることになる。早く周囲の味方にこのことを伝えなくてはいけない。
アーサリンは夢中でカメラのシャッターを切りながら、声を限りに叫んだ。
「う、上です! 敵は上空を飛びながらこちらを撃っています!!!」




