結
8
「起きろ、リク。目覚めはどうだ」
「‥‥‥どういうことだ。説明してくれ」
目が覚めると手足が椅子に縄で拘束されていた。
「そうだな。お前はニナをおびき寄せるための餌として利用させてもらっている」
「もっと分かり易く説明してくれ」
「ニナはこのままいけば確実に国を滅ぼす。こんな糞ったれな国でも、それは俺達の望む所ではない。亡命すらかなわない俺達は、仲間との安住の地をもとめている。国が滅べば、俺達も一緒に死んでしまうだろう。だからニナの説得、あるいは殺害を実行する。そのためにお前が餌となる。最初から仕組んでいたことだ」
「ニナは殺されるのか‥‥‥。いつから仕組んでいた」
まだ頭があまり働かない。物騒な話を聞いても、感情が揺らがない。
「目黒総一の遺伝子を分析しただろ。その時からだ。以前からお前を監視はしていたが、直接アクションを起こしたのはその時だ」
「目黒さんも仲間なのか」
「いや、その男は関係ない。悪の遺伝子を保有している仲間の髪の毛を、目黒の髪の毛に似せて加工した」
「カップの中のあの髪の毛はレンが仕組んだものだったのか」
「そうだな。ついでに香も焚いておいた。毒性や依存性は無いが、速攻性で意識が朦朧とする特別なやつをな。前時代的だろ」
そんなに軽く言う事ではないと思いながらも、それに何かを言うつもりにはなれなかった。
「そういうわけか。あの日の事は、僕も少し夢を見ているかのような気分だった。理由が分かったよ」
「怒らないんだな」
「怒りたいけど、まだ眠いんだ」
「それはすまんな。もう深夜だしな。眠くて当然か。いや、睡眠薬がすこし効き過ぎたかもしれないな」
「大丈夫だ。それで、なぜ今日こんなことをしたんだ?」
「今日はお前ニナから貰った指輪していないだろ。あれには発信機や盗聴器が内蔵している。つけ忘れている今日が狙い時だった。そしてお前もニナの凶行を止めるために利用する。やむを得ない時は殺す事も厭わない覚悟だ」
「僕に交渉をさせろ。仁奈を止める」
意識はまだはっきりとはしていないが、それでもその言葉は即座に出てきた。
それに対してレンは怪訝な顔をして、
「‥‥‥本気か? とてもお前にそんな事が出来るようには思えない」
「このままだと君達は仁奈を殺すだろう。それだけはさせない。だから僕が止めにかかる」
「勝算は?」
「‥‥‥‥」それについては、まだ何も言えなかった。
「ないのか。論外だな」
何も言い返す事が出来ない僕にレンは鋭い眼差しを向けていた。
「まあリク君とやらを使ってみてもいいんじゃないか?」
レンの奥から男の声が聞こえた。三十代くらいの細身の男が現れた。
「適当な事を言うな、カイ」その男はカイというらしい。
「テキトーでもないぞ。元々俺らの作戦も一か八かの要素が大きすぎる。それならリク君の説得を表に出しといて、俺らが裏で狙撃の準備をする二段構えしたほうがいいやろ」
「交渉役は俺が行けばいいだろう」
「まあレンが行ってもいいけど、そん時はまあ交渉失敗率百パーセント。リク君の方がまだ可能性あると思うで。俺はずっと二人を監視してたけど、やっぱリク君絡みになるとニナは動揺しやすい。例えニナが説得に応じんでも、リク君が出て行けばレンよりもニナの注意は引けるはずや。そこに隙が生まれる」
「しかし、リクが裏切る可能性も」
発熱する言い合いの中、カイは突然冷めきった声を出した。
「ああ、そっか。レンはリク君を信頼してんのか」
「何を言っているんだ」レンは首を傾げた。
「いや、俺はそもそもリク君を全く信頼してないからな、裏切る前提の作戦を立てる気でおった。それなのにレンの懸念と言ったら面白いわ。レンはリク君が裏切らないと信じているから、裏切られた時の事を心配してるんや。一体いつから状に流される人間になったんや」
「‥‥‥」レンは何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったのかもしれない。
「と言うわけでリク君。君を交渉役に任命します。裏切ることを前提として俺らは作戦を立てるので、好きにやっていいで。まあそん時はそれ相応の対応をこちらも取らせてもらうわ」
「それでいい。説得してみせる」
「ええ意気込みや。レンもええな。リク君を殺すかもしれんけど」
「‥‥‥わかった」
「よっしゃ。じゃあその拘束具とるけど、その前にちょっと口あけてくれる?」
僕は言われたとおりに口を開けた。
男が僕の口の中に指を突っ込んだ。僕の舌に何かを当てているようだ。
「五ミリサイズの超小型爆弾や」
「!」
「焦る事は無い。唾やら振動やらでは爆発せん。センサーが起爆を受信したときだけ爆発する。それにサイズにしては強力だが、死にはせん。舌が美味しく焦げ上がるだけや。完璧に死ぬよりそんくらいの方が、ニナはあわてるやろうからな」
そして、ようやく拘束具を解いてもらえた。
手足が解放されることがこんなに心地良いなんて、金輪際思いたくはない。
「ほら、これが作戦書や。すぐに頭に入れろ。で、こっちがレンへの作戦書。リク君が裏切った時用のをさっき作ったわ。変更点は少ないから、直ぐに頭に入れとくように」
その言葉に、カイは僕を最初から交渉役として利用する気でいた事を察した。
レンはすぐに作戦書に目を落とさずに、カイを睨んでいた。レンの考えは僕には読めないが、二人の間には少なからず確執ができているように見えた。
レンがようやく作戦書に目を落とすのを確認してから、僕も書かれている内容に目を通す。
そこには移動経路、それぞれの人の役割、確保すべき要所、仁奈の特徴など事細かに大量の情報が記載されていた。
とてもすぐに暗記できる量ではない。しかし、僕の役割は仁奈を説得すること。それに関するポイントだけを頭に入れるのなら、どうにか覚え切れそうだ。
――――読み込む最中、僕の感情は自分でも理解できていなかった。作戦内容は頭に入ってくるのだが、どこか上の空な感覚だけは自分でも理解できた。頭の中では仁奈との記憶が蘇っていた。
レンの言う事を信じたくはないが、話を聞いた後に頭に浮かぶ仁奈はどうしても、彼の話に真実味を帯びさせる。
仁奈は最初に見た時から、大人びていた。話し方も考え方も同い年には思えなかった。
――――百歳以上年上なら、当たり前だ。
仁奈はよく行方をくらましていた。よく怪我をしていた。
――――テロ行為をしていたのなら、数日掛かりの時だってあるだろう。
仁奈は、笑う回数が減った。
――――僕には魅せられない苦しみがあったのだろう。
それらは全てレンの言う事と照らし合わせれば、仁奈の正体も納得できないこともない。
「レン、一つ聞いても良いか」
さっと作戦書に目を通した僕は、眉間にしわを寄せて作戦書に目を通しているレンに声をかけた。
「なんだ」
「僕は君の事を良くも悪くも直情的だと思っていた。けど、今日の君はとても落ち着いている。君は『直情型』の悪の遺伝子を保有しているのではなかったのか?」
今日の彼は、直情型と言うにしてはあまりに落ちついている。昔はもっと活発な人に見えていた。
「ああ、すまないな。直情型と言うのは嘘だ。十年前の俺のあのキャラは演技だ。もそも俺は悪の遺伝子すら持っていない。ちなみにリク、お前も悪の遺伝子は持っていない。きっと他の条件で不老化手術に適合しなかったのだろう」
「そうか。僕は知らない事ばかりだ。全くこんな無茶苦茶な事、一気に言わないでくれよ。頭がどうにかなってしまいそうだ」
苦笑がこぼれた。たぶん僕の精神もこのあたりが限界なのだと思う。
次々に示される新しい事実への反応が、もうほとんどない。ただ耳から聞こえているだけの音にしか思えない。
その時、カイ携帯端末に連絡が入った。彼はそれを取り、何度が頷くき、端末に向けて「直ぐに作戦開始や」と告げた。
「おしゃべりは終わりや。ニナが動き出したらしい。思っていた以上に早いな。俺らも動き出さんと」
「ああ、準備はできている。リクもいいな」
僕も立ちあがった。
その直後、階下から現れた二十名弱のレンの仲間達と合流し、来たときとは別の扉で出て行くことになった。
仁奈が人々を操っているのはこの国で最も高い電波塔からという情報が作戦書に記されていた。仁奈もそこにいる。
僕達は特殊な磁場を発生する装置を身につけて、外に出た。この装置は仁奈が送り出す指令を妨害する作用があるらしい。
外に出ると、その場の全ての人が僕らに視線を向けた。不気味な視線だ。焦点が合っていない。
そして、彼らは僕らに走りかかって来た。何百もの人々が一斉に襲ってくる様子に、足腰が震えるほどの恐怖を感じた。
殺される、そう本能が叫んだ。
しかし、カイ達が装置を起動させることで、少し近づいただけで人々は動きを止め、頭を抱えて苦しみ出した。
「どうなっているんだ?」
「頭の中に流れ込む電波を妨害するために、別の電波を送りつけてるんやから、脳への負担は尋常やないんやろな。いちいちそんな事気にするなや。さっさと行くで」
カイに続いて、僕らは周りを気にせず一気に駆け出した。
何百、何千もの人々がうめき声を上げ、僕らへのプレッシャーになる。精神がギリギリと削られていくようだ。
幸いな事に、僕らが目的とする電波塔には十分足らずで辿りついた。出口が塔に近い場所だったことが、僕らの精神への負担を減らしてくれた。
その途中、レンを含めた数名が僕らと別れ、狙撃ポイントに向かった。
死ぬなよ、と僕に声をかけてくれるレンに、僕は、仁奈は死なせない、と返すだけだった。僕は仁奈を殺すだろう彼らを黙って見送った。
「ようやく着いたな。サトル、頼むで」
そう言うと、小柄の青年が、前に出てきて、塔の門と彼の携帯端末機器を繋いだ。
暗証番号を解読して、扉を開けるため、サトルは機器に大量のデータを打ち込んでいる。作戦書では、扉を開くまで五分弱は時間がかかると書いていた。 カイが大きな深呼吸をして、周りを見た。僕もその視線につられ周りを見ると、誰も欠くことなくここまで来られたことを今になって理解した。
余裕が無い事を自覚した。
僕は目の前の余裕を持っているカイに、ふと思った事を尋ねる。
「こんなにスムーズにいけるなら、もっと早くに決行できたのではないか?」
「それは無理や。今まではチップの操作権やパスワードを持っている人間を特定できなかった。可能性のある奴全てに仕掛けに行ってたら、数回くらいで全滅してただろう。今は確実にニナが持っている事が分かっているから思いきって攻められるんや。それにお前を効果的に使いたかった。お前が捕まった事で、仁奈の兵は各地に散らばってお前を探している。つまり今が手薄になった」
僕は仁奈が僕を探していてくれている事に、場違いながら、喜びを感じていた。
ただし、それは周りに悟られないように精一杯のポーカーフェイスを保ちながら。会話を続ける。
「ニナが操作権を握ったのはここ最近の話なのか?」
「いや、少なくとも五年前には入手していたはず。ただし俺らもそのころ隠れ家がニナの裏切りによって悉く潰されてな、態勢を立て直したのはほんの数ヶ月前や。そこから作戦を練って装備を整えとったら、今になった」
仁奈がそんな事をしていたなんて、僕は全く知らなかった。五年前を思い返しても仁奈がそんな行動をとっていたとは思えない。彼女との生活はあまりに普通だった。そう思っていた。
「仁奈はいつそんな事をしていたんだ? 朝と夜はいつも僕といたし、昼は仕事で――――」
「そんなのリク君自身、分かりきってるやろ。仁奈は働いてなんかない。この十年、昼間はずっとチップの操作権を握るため、そしてそれを扱うことに時間を使っていた。気付いてないふりは止めろ。お前も騙されていた」
「‥‥‥わかりました。行きましょう。仁奈にいたい事がある」
「ええ目や」
電波塔の中に入ると、人気が全く無かった。静かでひんやり涼しい空間だが、同時にその涼しさが不安感を刺激する。
僕らはすぐにエレベータを見つけ、乗り込もうとしたが、
「ここから先は、行かせない」
上の階から男の声が聞こえた。どことなく聞き覚えがある。
「やはりここにいたか、博士」
カイは苦々しく言葉を放ったその先には、老いてはいるものの、十年前、僕とニナに市民IDをくれたあの男が現れた。
「カイか。歳を取ったな」
「アンタこそ老けたな。まあいい。アンタが俺らを裏切ったことは、この際どうでもいい。そこをどけ!」
「それは無理な相談だ」
二人はどうやら旧知の仲にみえるが、そのやり取りはどこまでも淡白で殺伐としていた。
「仁奈にここを死守するように言われている」
仁奈、という言葉に僕が反応した直後、博士の後ろに控えていた二つの影が飛び降りてきた。
「パワードスーツ‥‥‥」
全員が息をのんだ。
強化外骨格を纏う目の前の二人は、身長が二メートルを優に超え、肩幅だって一メートル近くある。その存在感は、立っているだけでこの空間の中を支配できようものだった。
「ジャミング!」カイが命令を下した。
「無駄だよ。この建物の中でその機械は使えない。それは私の素案で作った物だろう。それくらいの準備はしてある。その代わり私がここで操れるのもこの二体以外いないのだがな」
そう言い残して、博士はエレベーターにのって階上へ登って行った。
「くそ‥‥‥。全員で一斉にかかるぞ」
もし博士の言う通り、戦闘力の高い敵が二体だけなら、ここにいる十名で何とか対処可能だ。
皆が覚悟を決めた表情を浮かべる。
カイも拳銃に手を掛けた。
「いえ、リーダー達は先に行っていてください。ここは僕らで対応します。アレはまだ使う時ではありません」
そう言って六人がカイの前に出た。
「狙撃犯が待ちくたびれていますよ。急いで」
カイは何か言いたそうにしているが、上手く言葉にできていない。
彼自身、分かっているんだ。ここで時間を使うより、何人かを囮にして、数名で先に向かった方が良い、と。
「わかった。死ぬなよ」
カイはそう呟いて、僕と他三名を連れて先に進む事にした。
エレベーターは途中まで稼働していたのだが、建物の中階層あたりで突然止まった。
博士の仕業だろう。あの人はもう最上階の仁奈のもとに着き、エレベーターを止めたと考えるのが妥当か。
僕らは仕方なく、階段を駆け上ることにした。カイは時折後ろを気にしているが、それでも止まろうとはしない。
道中、敵と一切遭遇していない。博士の言っていた通り下の二体以外誰もいないのだろうと思う反面、この静けさを皆が不気味がっていた。
「不自然やな。博士は合理主義者や。何事も理論と理屈と可能性論を基に頭を働かせている。それなのに、何も起きない。つまり」
「罠、か」
「せやろな。ただ罠なんて考えてもしゃーない。建物が大きすぎるから罠を見つける事は出来へんし、向こうには博士もおるから俺らで考えつくような事はやらんやろうし、まあ、罠の事は頭の片隅にでも入れとく程度しかないやろ」
「そうなんですか」
僕の後ろの男が相槌を打った。その声は少し裏返っていた。彼も緊張しているのだろう。
「まあ最悪の罠は、毒ガスやな。つぎに仁奈のもとにパワードスーツを着た奴が何体も待ち構えてる事くらいやろ」
「それ、かなりヤバいですよ」
他の人達もがカイの言葉に怖気づく。僕も恐ろしく感じたが、他の人と比べれば僅かなものだった。どうやらもう細かく恐怖を抱ける繊細さは麻痺しているようだ。
「まあ、こっちも奥の手はあるやないか。そうビビらんでええ」
「そ、そうですよね」
本当に呆気なく最上階まで着いた。敵も障害物も何も現れなかった。
仁奈は目の前にいる。隣には博士も立っている。きっと仁奈と博士は昔から繋がっていたのだろう。カイと博士のやり取りを見るからに、元々は博士も仁奈と同じでレン達の仲間だったのだろう。
だが、そんな事はどうでもいい、
「仁奈!」と呼びかけた。しかし、彼女の瞳は僕を見ていない。見ようとしない。
「ようやく会えたなニナ。仲間の仇とらせてもらうわ」
カイの視線が鋭くなる。拳銃を構え、臨戦態勢を取っている。
「それは無理な相談ね」
いつもの僕の知っている仁奈の声がした途端、パワードスーツを着た敵が十名以上現れた。
「それは想定内や。博士は信じれん、って周知の事実!」
カイは荷物から球状の機械を取り出し、敵に投げつけた。
それが敵に衝突すると、霧が吹き出した。いや、霧ではない。これも作戦書に乗っていた。パワードスーツ内の電磁波妨害する気体だ。
敵の動きが止まり、パワードスーツを着た全員が糸の切れた人形のように、抗う事なくその場に倒れた。
「これでお前を守る奴は消えた。おとなしく操作権をこっちに渡せ」
「本気で私の手が全て封じられたと思っているの? そう思っているのなら、あなた面白過ぎるわ」
仁奈が手を挙げると、カチャリ、と嫌な機械の音が仁奈の後ろから聞こえた。それは銃弾の装填の音にしか思えなかった。
「こんなにも隠し玉がいたとは」
ニナの後ろにはさらに十人の筋肉質な男達がいた。彼らはパワードスーツを着ていない。先程の霧の影響は受けていないようだ。
「だが、隠し玉はこちらにもある!」
ガラスの割れる音がした。それを認識したとほぼ同時に、敵の一人の頭が破裂した。レン達狙撃犯の攻撃だ。
「狙撃か。博士、ここのガラスは防弾でしょ?」
「ああ。普通の銃弾なら簡単に割られる事は無い。敵も弾丸に何か細工を施しているのだろう」
「そう。今ので狙撃位置は特定しなさい。すぐに殺して」
二人が悠長な事を言っている間に、カイは一気に銃を乱射した。
それに続き、カイの仲間達も一瞬のためらいも無く銃弾を撃ち放った。
仁奈はそれに気が付くのが一瞬遅く、銃弾が命中するように思えた。僕は血の気が引いた。
しかし、そんな最悪の事態になる事は無く、銃を構えていた敵が一斉に、彼女の盾になりに死んでいった。仁奈は無傷だ。体に散った血を一瞥するだけで、倒れた人達には何も興味を持っていなかった。
彼らは操作された行動で死んでいった。そう思うと、彼らの人生は何なのかと思ってしまう。しかし、今はそんな思考は邪魔でしかない。
「仁奈と話をさせてください」僕はカイに懇願した。
「ダメだ。もうここで殺す。思った以上にパワードスーツの兵が多い。アレが再起したら、俺らが殺されてしまう」
「お願いします。どうしても仁奈と話をしなければならない。それに操作権を貰うためにも、仁奈は殺さないで、和解した方が良い。違うか」
「‥‥‥いいだろう。ただし俺達は銃の構えを解かん。妙な動きがあればお前もろとも撃ち殺す」
「それでいい」
僕は仁奈の下に歩き出す。
「やあ、昨日ぶり」
「‥‥‥」
ようやく仁奈の瞳に僕が映った。けど、仁奈は僕に口を開こうとしない。悲しい事だ。目の前にいる彼女は、今日は全く別人に見える
「色々聞いたよ。君の出生ややって来た事、やっている事、僕に黙っていた事。色々と聞かされた。驚いたよ。君は言いたくない事は絶対に言わない人って事は分かっていたけど、まさか僕に隠れてテロ行為をしていたなんて思いもよらなかった」
仁奈の表情が僅かに曇る。触れてほしくない所に僕が触っている証拠だ。しかし、僕は話を止めようとは思わない。
「まあ正直言うと、僕にも相談して欲しかったし、頼ってほしかった。君が悩み苦しんでいたのに、僕は何も君にしてあげられなかった
君が苦しんでいる事には、ずっと気が付いていたよ。けど、僕は何も言わない事にしていた。君が聞かれる事を強く拒絶していたから。僕は、君が僕に心を開いてくれる日をずっと待っていたんだ
けど、君はとうとう僕に心を開いてはくれなかった。僕では君の隣にいる役不足だったということだ。おまけに君の口から聞きたかった事をレンがごたごた言うし、もう最悪だ!
僕は! 君に怒っている!
何に対して怒っているか分かるか!?」
「‥‥‥私が、陸に何も告げなかった事よね。ごめんなさい。けど、嫌われたくなかった。あなたを愛してしまったから。一人の男として、あなたを見てしまったから。あなたに嫌われるのが怖くなった」
「ふざけるな! 僕が怒っている事はまさにそれだ!
僕が怒っているのは、君がテロ行為をしているくらいで! 僕が君を嫌いになると思われている事だ!」
「‥‥‥え?」
「僕は労働場にいた頃、真っ暗な人生しか考えられなかった。けど! 君に会ってから変わった! 明るい未来を考えるようになった! 君と一緒にいれる事が嬉しかった! ずっと君といる未来が欲しくなった! 君と、十年間ずっと一緒にいて、君への愛は大きくなり続けた! 僕はもう君無しでは生きていけない! 僕は君を絶対放さない! ‥‥‥、君が僕を裏切ったとしても、君がテロをしたとしても、僕は君の傍にいたい‥‥‥。それだけが、僕の望みだ」
僕は自分の想いを出しきった。恥ずかしさも何も感じなかった。これが本音をぶつけると言う事なんだ。
仁奈には散々言っているけど、僕も仁奈に本心をありったけぶつけたのは、これが初めてだと思う。仁奈に説教や文句を言える立場ではないな。
「‥‥‥私の傍にいたいなんて、欲張りすぎよ」今日の仁奈の涙は輝いていた。
「そうだ。僕は欲張りらしい。今気付いたよ」
「私も、あなたといたい。‥‥‥だけど、ごめんなさい。私には耐えられないの。あなたと共に歳をとる事が。時間の動きが怖いの。陸といる時もずっと頑張って毅然に振舞っていたわ。けど、もう怖くてたまらないの。体の変化も! 心の変化も! あなたと一緒に歳をとる事は、私には耐えきれない‥‥‥だから、私は」
「‥‥‥、僕はどうやら空気が読めないらしい。今すごく嬉しいんだ。君のテロ行為が、全部僕を想ってやってくれたことだと知って、僕は幸せだと感じている。とても満たされているんだ。ねえ仁奈、君はその想いをもっと早く僕にぶつけるべきだった。そうすれば僕は君とすぐに心中した。
―――――さあ仁奈。僕を殺せ。僕は君を殺す。僕は君に殺されたいし、君を殺したい。僕と君は互いに最後を与え合う。これほど嬉しい最後は無いと思う。仁奈はどうだ?」
「どうやら、私も空気の読めない女だったのね。博士、ナイフを二本頂戴」
仁奈は博士の下に行って、ナイフを受け取った。
博士はナイフを渡しながら「本気か、ニナ?」と尋ねた。
仁奈は首を縦に振った。
「そうか。ならいい。私も最後に謝らせてくれ。百四十年前、お金のためにお前ら兄妹に取り返しのつかない酷い事をした。すまなかった」
「それはもういい。何万回同じ事聞かされたと思ってるの。誰にだって過ちはある。あなたはそれを悔い改めた。私はあなたの後悔を見てきた。あなたが後悔している事は私が一番知っている。それに昔を許す度量だって私にもある。いつまでも子供ではないんだから」
「そうだな。さよならだ。お前達の墓を作って、全ての者に後を追わそう」
彼らにも、彼らの、僕の知らない想いがあるのが分かる。
僕にも邪魔が出来ない想いだ。
「おまたせ。準備はできた。って、後ろの人達大丈夫? 倒れているけど」
「大丈夫だよ。ようやく毒が効いてきただけだから」
「毒?」
「神経系の毒なんだけど、無味無臭の代わりに遅効性なんだ。仁奈と会うのに邪魔はされたくなかったからね」
「よくそんなもの隠し持っていたわね。明らかに警戒されていたでしょ」
「喉の奥にカプセルに入れてしまいこんでいたんだ」
「そんな特技知らなかったわ」
「幼少期の環境のおかげで身についたからね。仁奈と知り合うより前からやれたんだ」
「悪い人ね。けど、あなたのおどけた様で、腹の中が真っ黒な所、私好きよ」
「皮肉かな」
「褒めているのよ。おどけただけのあなたじゃ面白くなさすぎるもの」
「そうかな。僕も君の毅然としているのに中身は泣き虫な女の子なとこ、好きだよ」
「皮肉かしら?」
「褒めているんだよ。守ってあげたくなる」
「なら、守ってね」
「分かった。この世全てから君を守ろう」
「私もあなたを守るわ。この世全てから」
「ありがとう。愛している」
「私も愛している」
「これから君は僕の永遠になり」
「あなたは私の永遠になる」
『愛している』
僕は何て歪なのだろうか。こんな愛し方しかできない僕は、きっと悪い男だったのだろう。