こんにちわ
お盆でお墓参りに来た男の子が、ふと墓石の上に座る女性を見つけました。
『こんにちわ』
「……こんにちわ」
『おや、やっぱり君は私が見えるんだね。変にチラチラこっちを見てくるから、まあ予想は出来てたけど』
「……おねえさんはだれ? そこ乗ったらおこられるよ?」
『アハハ、そうだね。でもここは私だけは乗っても許されるんだ。だってこれ、私の墓石だもんね。あ、ちなみに私の名前はここに書いてあるんだけど……読めないかな?』
「……よめないけど、でも僕はあいうえお全部いえるんだぞ! すごいだろ!」
『おー凄い凄い。そんなちっこい形でもう"いろは"が言えるのかい。素直に凄いと思うぞ。君、なかなかやるねぇ』
「……えへへ」
『で、今日は御先祖の墓参りかな? ちゃんと供養してあげないとダメだよ? もし私みたいに御先祖様が見えるんだったら、ちゃんと丁寧に挨拶しなさいね。きっと喜んでくれるから』
「うん! じつはね、さっきカブトムシみつけたんだー。おじいちゃんのおはかにお供えするの。おじいちゃん虫好きだったから。お姉ちゃんもいる?」
『あ、足がワシャワシャする生き物はちょっと……わ、私の分はいいから君のお爺さんにあげてきなさい、ね?』
「うん、じゃあね、おねえさん」
『はい、さよなら』
…………
『こんにちわ』
「こんちわ」
『ずいぶんデカくなったね。昔はそこの低い段差を上がるのにも苦労してたくせに。それに、こんだけ大きくなってもまだ私の姿が見えるってのは、ずいぶん変な人だね、君は』
「うるさいな。これくらいの身長は男なら普通だっての。それに昔のこと言うなら、あんたこそだいぶ変だろ。いつ成仏するんだよ全く」
『おや、私に成仏してほしいのかい? 昔は私に向かって「ぼく、おねえさんとけっこんしたい」とか何とか言って……』
「ちょ、ば、ばか! そんな大昔の話すんじゃねーよ! それにお前みたいなブサイク、誰が付き合いたいなんて言うもんか!」
『はぁ!? 私の事を言うに事欠いてブサイクだとぉ!? よぉし、そこに直りなさい。その腐った根性叩き直してくれるわ!』
「腐ってねぇし! それに、その、昔はアレだったけど、同い歳くらいになって改めて見直すと、お前そこまで美人じゃねーからな! 正直、お前より上の奴はクラスに3,4人はいるし!」
『上に3,4人しかいないなら私だって十分美人の範疇だろう!? 死んだらもう見た目が変わらないんだ! せめて美人ってことにしておいてくれよぉ、お願いだよぉ!!』
「泣くなよ! っていうかマジ泣きかよ!? どんだけ見た目がコンプレックスなんだ!?」
『当たり前じゃないか。女はいつだって自分の見目を気にするもんだよ。だというのに今後一切変化ない自分の姿形が美人じゃないだなんて、死んでも死にきれないじゃないか。お世辞でいいから美人って言ってくれよー頼むよー。じゃないと枕元に立ってやるぞ!』
「ったく……変な奴だなお前」
『君もだいぶ変だよ。ほら、向こうの方見てみ。あっちの参拝客さん、一人で大声出してる変人を見る目で君の事見てるよ。ご愁傷様』
「げ、マジかよ……」
…………
『こんにちわ』
「こんにちわ。今日はご報告したいことがあって参りました」
『へぇ、どうしたの? 確か前の会社は止めたんだよね? その後の報告かな?』
「ええ、それもあるんですが……この度、僕は結婚することになりまして」
『うわ、それは本当かい? いいねいいねめでたいね。お相手はどんな娘? 可愛い?』
「あはは、凄く素直で良い娘ですよ。見た目はあなたと同じくらい美人さんですよ」
『おお、そりゃこの国きっての美人さんってことだね。やったじゃん。こう言っちゃなんだけど、私が生きていた時代からすれば、君の独身生活が長すぎるように思えてね。実はちょっと心配だったんだ。これで一安心だ』
「ああ、そりゃ昔を比べたら晩婚化が進んでいますからね。私もちょっと遅い初婚ですが、まあそこまでおかしくない年齢だと思いますよ」
『そうかい、なら素直に喜んでいいね。おめでとう、これから一家の大黒柱として頑張るんだよ。って、君なら要らぬ心配かな?』
「そう言って貰えると嬉しいですよ……ふふ、あなたにこういう報告が出来るとは思ってませんでした。ちょっと不思議な気分です」
『もうずいぶん長い付き合いだからねぇ。ああ、残念だ。小さい頃の君は凄く可愛らしかったのに、今ではもうこんな老け顔のおっさん一歩手前になってしまって……時の流れは残酷なものですなぁ』
「酷い言い草ですね。せっかく地元で一番有名な和菓子屋さんから買ってきたとても美味しいお饅頭があるのに、今日はこれではなく適当な虫でも捕まえてお供えしましょうか。カブトムシとクワガタ、どっちがいいですか?」
『……ごめんなさい、お饅頭でお願いします本当にごめんなさい』
…………
『こんにちわ』
「こんにちわ」
『……その後、体調はどうだい?』
「最近は随分と良くなりましたよ。ただ、手術後のリハビリが上手く行きませんでな。ご覧の通り車椅子生活です。死ぬまでは人の手を煩わせることなく生きたかったのですが、どうにも上手く行きませんな」
『……死ぬとか言っちゃダメだよ。病は気からって言うしね。元気でいれば、いつまでも長生きできるもんだよ』
「そうかもしれませんな。だけど安心してくださいな。私はまだまだすこぶる元気ですよ。当分そちらにお世話になるつもりはありませんから。ほら、この子を見てください。前に話していた私の初孫です。ほら、出ておいで。ご挨拶なさい」
「……こんにちわ」
『ん? この子、もしかして……』
「ええ、貴女が見えるようです。さっきから隠れちゃってるんですよね。貴女に見惚れて照れちゃってるんでしょうか」
「……てれてなんかないもん。こんなブサイク」
『……確かに君のお孫さんだ。その口の悪いところなんてそっくりだね』
「ははは、これは失敬しました。まだ幼いので連れてこれませんでしたが、二人目の孫も生まれましてな。嬉しくて嬉しくて。こりゃもう車椅子でゆっくりなんてしてられないなと、これからリハビリを頑張り直すつもりです」
『……そうかい、なら無理しない範囲で頑張ってね。また来年来てくれるのを楽しみにしてるよ』
「ええ、必ず来ます。それでは申し訳ありませんが、御先祖様の方に行ってきますね。それじゃ」
『ああ、またね』
「……ブース」
『孫くんも、またおいで。じゃあね』
…………
『……バカものめ。だから無理するなと言ったのに……こんな方法で、また来てほしくなんてなかったよ……』
…………
『こんにちわ』
「こんにちわ」
『おお、良く来たな。はい、こんにちわ』
「じいちゃん、こっちが僕のいもうとだよ。あるけるようになったから連れてきた」
『おお、そうかそうか。ありがとな。おぉおぉ、ずいぶん可愛くなりおって。将来はモデルかアイドルだな』
「うー?」
「こら、この人がぼくたちのおじいちゃんだぞ。で、こっちの人はおじいちゃんの恋人だよ」
『いや、別に恋人では……』
『そうだぞ、それにワシには婆さんという者があってだな、こんな若年増なんぞ……』
『……ほほぉ、そうかいそうかい。そんなに奥さんが大事だったら、もう私の墓に近づかないでくれないか? 毎日毎日、非常にうっとおしいぞ。いくら幽霊生活が暇だからと言って、私だってやる事があるんだよ。暇人の君とは違ってな』
『……やる事も何も、一番暇してるのは貴女じゃないですか。この前、私が家族に墓掃除してもらっているのを羨ましそうに眺めていたの知ってるんですからね。それにちょっと顔見せないとあからさまに不機嫌になるじゃないか。暇なのはお互い様でしょう』
『な! 君こそ、時間があればやれ息子夫婦のオシドリっぷりを話したり、孫自慢ばっかりしたりと、話題がないにもほどがあるぞ! いつも聞かされるこちらの身にもなってくれ! そんなに自慢がしたいなら自分の墓石に向かってやれ!』
『なんだとぉ』
『なにをぉ』
「ね、けんかするほど仲が良いってママが言ったとおりでしょ?」
「うん!」
『違うわ!』『違うぞ!』
……急いでお盆にあげたかったのに、ビックリするほど遅れに遅れて間に合わず。無念or2
台本形式の練習で書きました。台詞のみって書きやすくていいですね。テーマはかなり普通ですけど……