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月が隠れるとき

月が隠れたあと

作者: いちい千冬

時系列としては短編『月、隠れる』と『月と雲と星々と』の間くらいのお話になります。これだけでも読める、とは思いますがぐだぐだです。




「ヒュイス王国国王の座、お譲りください」




 真っ直ぐにこちらをにらみ、王太子ジェンティアンが迫る。

 がっくりと肩を落としたい気持ちをなけなしの矜持でどうにか抑え込み、ヒュイス国王ヒューリッジはひとり息子を見上げた。

 国王が玉座に座り、相手が臣下の礼もとらず目の前に立っているのだ。見上げるしかない。


「オーキッド・レイズンの傀儡であったあなたには、国王たる資格はない」


 偉くなったものだな馬鹿息子。今までにない真剣な顔つきをしたかと思えばこれか。

 そして、それはいったい誰に言わされている?

 彼の背後には、古くからヒュイス王家に仕える、真実王家を傀儡としてきた貴族たちがいる。鬼の首でも取ったように誇らしげに。

 現に彼らは、目の上のたんこぶであった宰相オーキッド・レイズンを追い落とした、と嬉しくて仕方ないのだろう。


 先日の夜会。

 諸外国の使者も招いた大規模なそこで、王太子ジェンティアンは宰相オーキッドを断罪。その娘であるフロスティ嬢との婚約も破棄し、あてつけのように他の令嬢との婚約を新たに発表した。

 もちろん、国王であり王太子の父であり夜会の主催者であるフォーリッジにはまったく知らされていない。

 そんな動きがある、という報告は受けていた。しかし確かな証拠もない状況で、宰相の不正だのフロスティ嬢の素行の悪さだの、あること無いこと、いや無いこと・・・・無いこと・・・・あんなに自信たっぷりに披露してのけるとは思わなかったのだ。


 そう、問題は、宰相とその息女がまったくの冤罪であったということ。

 この馬鹿息子は、反宰相派にいいように唆された挙句、やってはいけない暴挙に出たのだ。


 しかも後戻りできないと悟っているのかあるいはやはり唆されているのか、この状況で王位まで譲れという。


 ああ、それこそ喜んで譲位しただろう。

 こんな状況でさえなければ。

 せめて、王太子の傍らに婚約者であったフロスティ嬢が寄り添ってさえ、いてくれたら。


 フォーリッジはため息をついた。

まるで駄目だ、この息子。

 婚約前から王妃ともども可愛がっていたフロスティ嬢を名実ともに娘と呼べる日を楽しみにしていたというのに、彼女にも申し訳なさすぎて泣けてくる。


「この王国も、終わったな」


 思わず呟いた言葉に、王太子ジェンティアンは目を吊り上げる。


「誰のせいだと思っているんです?」

「わたしのせいだな」


 間違いない、と王は言う。

 迷う事のない即答に甘めの碧眼を見開く王太子を見据えながら。


 顔だけは、実に秀麗な息子であった。

 それを喜んだ時期もあったが、中身がこれでは王族として残念すぎるだろう。

 ひとり息子だからと必要以上に甘やかした覚えも、必要以上に厳しくした覚えもない。あるいはその中途半端さがいけなかったのか。


「わたしが、育て方を間違えた。こんな馬鹿に王位を譲らねばならんとは」

「な……っ!」


 動揺する息子を鬱々と見上げ、王は続けた。


「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさか諸国も招いた夜会で道化になるほどの馬鹿だったとはな」


 国王の資格がない、いや資質というべきか。そんなことは今さら息子に言われるまでもない。王位を受け継ぐ前から承知していた。

 貴族たちのいい様に扱われるしかなく、わかっていても反撃の術もない。そんな扱いやすいフォーリッジだからこそ、貴族たちは国王にと彼を押し上げたのだ。


 悔しい情けないと嘆く彼を理解しときに叱咤激励し、国を立て直すのに力を貸してくれたのが当時出入り商人だったオーキッド・レイズンである。

 渋る彼になりふり構わず泣きつき無理やり巻き込んだ、というのが正しいのだが。


 国を治める能力と威厳はなくとも、人を見る目はそれなりにあると自負している。

 オーキッドに限らず、人事は役人任せにせず自分の目で見極め、身分を問わず優秀な人材をどんどん登用した。

 ちなみに現在、息子の背後にいる貴族たちはそれに含まれていない。気位だけは高いが、頭といい性根といい、よろしくないのだから仕方ない。


 ただ、国王の後継者だけは選べなかった。


「追い出さずとも、いずれオーキッドは宰相位を辞す予定だった。そういう約束だったのでな。とっとと気楽な商人に戻りたかったのだあいつは」


 言えば、「はっ?」と王太子の声が裏返った。


「そ、そんな事、聞いてな―――」

「教えたらしゃべるだろう、お前」

「………」

「おまえの言う政を牛耳っていた悪徳宰相は、政の要だからな。知られれば、国は混乱する。だから穏便な幕引きを探っていたというのに」


 ものの見事に大混乱である。どうしてくれようこの馬鹿息子。

 でっち上げの罪状をひとつ残らずきっちり事実無根だと証明した上で宰相位を下りると言い切った、あのオーキッドの腹黒い表情。

 怒れる宰相閣下は、しかし同時に清々していたに違いない。


「そっそれならば、フロスティは何だったのです? 自らの地位を確固とするため、押し付けられたのでは――」

「あれはこちらから是非にと頼み込んだのだ。わたしは言ったはずだが」

「し、しかし彼女はローズに嫉妬を」

「お前、フロスティ嬢をあれだけ邪険に扱っておいて、よもや好かれているとうぬぼれていたのか。あいさつしただけで無礼とでも言うつもりか。むしろ礼儀を知らぬのはお前とあちらの令嬢だろう」

「な………っ」


 さっと顔をこわばらせた王太子に、国王は冷めた目を向ける。


「フロスティ嬢と一度でもちゃんと話をしたことがあるか。わたしやオーキッドに確認しようとは思わなかったのか」

「………」

「お前がフロスティ嬢と合わない、というか顔も合わせたがらないのは知っていた。婚約破棄もやむを得ないと思ってもいた。むしろオーキッドからは破談を急かされていたほどだ」


 ジェンティアンは愕然とした表情を浮かべた。

 なぜ、そこで驚くのかがわからない。当たり前だろう。ヒューリッジがオーキッドの立場だったとしても、こんな誠意のない男には娘をやりたくない。


「しかし、わたしがお前の口からそれを聞いたことはない。ローズ嬢のこともな」

「は、反対されると、思っ――」

「皆の前で宣言すればなんとかなるとでも思ったのか。婚約中でありながら、別の女性を堂々と傍らに置き、婚約者を蔑ろにし続けていたことは誰もが知っている。そんないい加減な男が、皆に認められるとでも?」


 どしようもなく、ため息が出る。

 あの夜会の夜から王妃とふたり、ため息ばかりだ。


「わたしはいつもお前に言っていたな。人の話を聞けと。真実国を思っての意見に貴賤はないのだと」


 国王(じぶん)の意見などはなから聞こうともしない貴族たちに囲まれていたからこそ、フォーリッジは息子に言い聞かせて来た。その、つもりだった。


「広い視野を持って物事をよく見ろ、決めつけるなと」

「宰相の言いなりで、心ある臣下の声を聞こうとしなかったのはあなただ!」

「その努力はしたつもりなのだがな」


 心ある臣下。それはもしかして彼を後押しする二心も三心もありそうな連中の事だろうか。

 フォーリッジはもはやため息すら出てこなかった。


「お前は……ほんとうに、何も見えていないのだな」


 この王太子、反発ばかり威勢がよく、朝議の場にすら姿を見せたことがなかった。

 その場に参加していれば、わかったはずだ。

 なぜオーキッドの案件が通り、彼らの意見が通らないのかを。


「奴らから何を吹き込まれたかは知らんが、傾きかけた国を立て直した功労者として、諸外国でもオーキッド・レイズンは一目置かれている。夜会での醜聞も、瞬く間に広がったことだろう」

「醜聞などと―――」

「あれ以上に立派な醜聞をわたしは知らん」

「………」


 父王さえ言い負かすことのできない馬鹿息子が、よくもあのオーキッド・レイズンを敵に回そうなどと考えたものだ。



「……話をもとに戻そう。王位を譲れ、だったな」


 ヒューリッジが言ったが、王太子からの返事はない。

 構わずに彼は続けた。


「よかろう。ただし条件がある」


 了承されると思わなかったのだろう。ジェンティアンが驚いたように顔を上げる。


「これから国は荒れるはずだ。それに収拾をつけることが出来たなら、わたしは喜んでお前に国王の座を譲り渡そう。わたしは一切手を出さん。それが望みなのだろう?」

「……国を荒らしたのは、いったい誰だと」

「誰でもかまわん。わたしは収めろと言っているのだ。それは王の責任であろうが」


 そのためにこの首が必要だというのなら、くれてやろう。

 それで事実国が収まるのならば、喜んで。


 国がぎしぎしときしむ音を、ヒューリッジは確かに聞いていた。

 いまこの瞬間も少しずつ、しかし確実に傾いている、音。

 誰がいちばん悪いのか、何が悪かったのか、それを議論している暇はない。

 それで、国がもとに戻るわけではないのだから。



 言い切った国王に、王太子はなぜか途方に暮れたような顔をした。


 彼にとって、喜ばしいことのはずだというのに。





 




読んでいただきありがとうございます^^


活動報告に、短編にもなりきらない番外編「とある役人たちの会話」載せています。気が向いたら遊びにいらしてください(笑)

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