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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第一章
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第一章 その6

  6


「――本当ですか、時空魔砲を感じたというのは?」


 夕暮れも消えた仄暗い校長室。

 大きな窓の前に腰を下ろした王立フィラール魔砲師学校の校長、ヨルバ・ディスレイル・セレスタの問いかけに、同校教師であるソフィア・アルバーンはこくりとうなずいた。


「かすかですが、たしかに」

「ふむ――あなたが言うなら本当なのでしょう。しかしだれが、時空魔砲を。禁じられし魔砲を使う者が、この学校内にいるというのでしょうか。それとも学校外のだれかが……」

「時空魔砲を自在に操れる魔砲師なんて、世界中探しても見つかりません。あれはもう、失われた魔砲といってもいい――いまよりもずっと魔砲師の血が濃い時代でさえ、ごく限られた魔砲師にしか使えなかった魔砲なのですから」

「しかし現に使った者がいる。その使用者を特定しなければなりません。ソフィア、動いてくれますか」

「仰せのとおりに」

「だれが、なんのために時空魔砲を使ったのか――これが新たな災厄の火種でなければよいのですが」


 齢五十を超えているであろうヨルバは疲れたようにため息をつき、若いソフィアは労るように目を細めた。


「校長、この問題は私が動きますから、ご心配なく。もしだれかが時空魔砲を使用したなら、その使用者は必ず見つけ出します。使用者さえ見つかれば目的もわかるでしょう」

「そうですね――そういえば、リク先生が言っていた、聞いたことがない言葉を話す少年と少女は、どうなりましたか。そのふたりは時空魔砲についてなにか知っている可能性があります」

「少女のほうはともかく、少年のほうはまだ意識が戻らないようです。怪我もひどいようですし――医務室で治療に当たっていますが、意識の回復がいつになるかはわかりません」

「意識が回復し、話が聞けそうなら、彼らから話を聞いてください。もし彼らが助けを必要としているなら王立フィラール魔砲師学校として助ける用意があると」

「はい、わかりました」


 ソフィアは軽く頭を下げ、校長室を出た。

 もう日は暮れ、普段の勤務時間は過ぎていたが、まだこの新たな仕事ははじまったばかりだった。



  *



 ま、そういうことなんです、とレイアと名乗った少女は言って、チョコパンをもそもそと食べた。


「これ、おいしいですね。どこのお店?」

「学校内のパン屋さんです。朝行っても売り切れてしまうから、買うなら昼過ぎくらいがオススメですよ」

「わ、覚えておかなきゃ」


 スティック状のパンにチョコレートの欠片が埋め込まれているそれを、小動物かなにかのようにすこしずつかじっていたレイアは一本目を平らげてちらりとユイを見る。

 ユイはそっと二本目を、自分で食べる予定だったそれを差し出した。

 ぱっとレイアは表情を明るくさせ、二本目に取りかかる。


 ううむ、とユイはそののんきな姿を見てちょっと考え込んだ。

 まあ、暴れまわったり、泣きじゃくって話もできないよりはずっと健全にちがいないが、まだ意識が戻らない少年――名前はキリヤというらしい――を後目にパンをもしゃもしゃしているのは、いったいどうなんだろうか。


 ユイとレイアが座っている椅子のすぐとなりには白いベッドがある。

 ベッドの上には上半身裸で寝かされているひとりの少年。

 胸の真ん中には大きくガーゼが貼られているが、もう出血は止まったのか、ガーゼは白く清潔なままだった。


 見れば、胸の大きな傷以外にも彼の身体には無数のちいさな傷がある。

 軽度の火傷は腕から首まであるし、細かい切り傷や擦り傷まで数えれば、傷がない場所を探すほうがむずかしいくらいだった。


「……キリヤさんはどうしてこんなに傷だらけに?」

「あたしを守ってくれたんだと思う」


 チョコパンをくわえたまま、レイアはわずかに視線を伏せた。


「なんかね、ふつうに家に帰ろうとしたら、わけわかんないスーツのひとが襲ってきたの。魔法みたいなのを使う変なやつで、お兄ちゃんはそいつからあたしを守ろうとして――この胸の傷は、いつできたのか、わかんないんだけど」


 レイアの話はすでにリクも聞いていて、校長へ報告へ向かっているところだった。

 そのため、いま医務室にいるのは、医務室の医者を除けば眠っているキリヤ、レイア、そしてユイの三人だけになっている。


 ちらりと窓を見ると、もう夕焼けも完全に終わり、とっぷり日が暮れていた。

 レイアもその暗い夜を見て不安そうに眉をひそめる。


「ここ――どこなんだろ」

「ここはヴィクトリアス王国の首都、ヴァナハマです。そのなかにある王立フィラール魔砲師学校で――って説明はもう何回もされましたよね」

「うん、でも、そんなとこ、聞いたことないもん。魔砲師ってなんなの? 魔法使いのこと?」

「魔砲っていうのは身体のなかにあるエレメンタリアって呼ばれる物質を使っていろんな現象を起こすことで……レイアさんのいたところには魔砲師はいなかったんですか?」

「絵本とかにはいたけどね、魔法使い。こう、とんがり帽子かぶってて、マントで、鉤鼻で。でもそういうのじゃないんだよね、こっちの魔法使い……えっと、魔砲師は?」

「格好は別に決まっていませんし、制服はありますけど、マントではないですし」

「うん、だってユイさんも魔砲師なんでしょ?」


 レイアのくるくるとよく動く瞳がじっとユイを見つめた。

 う、とユイはちょっと身を引く。

 なんとなく、見つめられるのは気恥ずかしい。


 それに、レイアの視線はユイの身体のある一点に集中しているような気がした。

 それは片方だけ編み込んだ髪の、さらに上の――。


「ねえ、最初見たときからずっと気になってるんだけど、聞いていい?」

「なんですか?」

「なんでネコミミつけてるの?」

「ねこみみ?」


 聞きなれない言葉である。

 首をかしげるユイに、レイアはひょいと立ち上がり、こともあろうにユイの耳を――頭の上につんと立っている一対の耳をむにと掴んだ。


「ひゃあっ――!」

「わっ、やわらかい! すごい、最新式のネコミミじゃないの? なんかむにむにしてて温かいし。わー、すごーい」

「ちょ、ちょっと、やめて、あっ、あっ――!」

「う――」


 ばたばたと騒がしいのに気づいたのか、ベッドの上のキリヤが苦しげに眉をひそめてかすかに身動ぎした。

 レイアはぱっとユイの耳を離してキリヤに近づく。

 ユイはほっと息をつき、耳をひくひくと動かして、ぶるりと身体をふるわせた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ん――あ、う、痛ぇ」

「そりゃそうだよ、なんか胸んとこに穴空いてたらしいよ?」

「胸に穴? だったら――おれ、死んだのか」

「残念でした、生きてます」

「そりゃ残念――玲亜、大丈夫か?」

「うん、あたしはぜんぜん怪我もしてない」

「そうか、よかった――」


 本当に心の底からほっとしたようにキリヤは息をつき、また目を閉じた。

 ユイはそっとベッドから離れ、医者にキリヤが目を覚ましたと告げる。


「気がつきましたか? どこか痛むところは?」

「全身、まんべんなく」

「当たり前です。全身、まんべんなく怪我をしてるんですから。でも、すぐに治りますよ」

「胸に穴が空いてたって聞いたんですけど、それも?」

「それはまあ、ちょっと時間はかかりますけど。でも明日には歩けるようになるでしょう。魔砲の治療は、即死じゃないかぎりはだいたい治ります」

「魔砲――」


 もう大丈夫でしょう、と医者は立ち上がり、ベッドから離れる。

 キリヤはベッドに寝そべったまま頭だけを動かし、レイアと、そしてユイに目を向けた。


 ユイは一瞬、心臓がどきりと跳ねたのを感じる。

 水の広場で見たキリヤの恐ろしい表情が蘇ったのか――身体が緊張するが、キリヤの視線はすぐ、ユイの瞳から頭部へと移動した。


「……なんでネコミミ?」

「最新式だよ、お兄ちゃん。やわらかくて、温かいの」

「へえ……ま、ひとの趣味にケチつける気はないけど」

「あの、最新式とか、よくわかりませんけど――」


 そう注目されると恥ずかしい、とユイの耳がぺたんと寝る。

 それにレイアとキリアは驚いたように目を見開いて、


「う、動いた、すげえ!」

「最新式だ!」

「う……あ、あの、ふたりとも、なにか勘違いしているんじゃ……この耳、作り物とかじゃ、ないですから」

「え? だって、ネコミミでしょ? コスプレが趣味なんじゃないの?」

「コスプレじゃないですっ。この耳は本物で――わたし、マリラ族ですから」

「まりらぞく?」

「こういう耳が生えてる種族です。いろいろいるんです、この国――この世界には。それも知らないなんて、ふたりとも、いったいどこからきたんです?」

「あたしたちは神奈川県だよ。日本」

「にほん? かながわけん?」


 ユイには聞いたことがない地名で、レイアが何度ここはヴィクトリアス王国の首都だと説明されてもぼんやりした表情だったのがよくわかる。


「――あれ、そういえば、そもそも、ここ、どこだ?」


 いまさら気づいたようにキリヤは天井を見上げ、ふしぎそうに言った。

 ――と、そこに、


「やあ、気づいたみたい――ちょ、ちょっと待った! ぼくは敵じゃないよ! 武器だって持ってないから!」


 ひょっこり顔を出したリクを見てほとんど反射的にベッドから飛び起きたキリヤを、慌ててレイアとユイが押しとどめる。

 キリヤは苦しげに顔をしかめ、一瞬リクを睨んだあと、ふうと息をついてベッドに戻った――キリヤが瞬間的に見せた剣呑な雰囲気に、ユイは冷や汗をかく。


 その目つき、その横顔は、水の広場で見たキリヤそのままだった。

 心臓がふと浮き上がるような、本能的な恐ろしさ――キリヤの全身から放たれた殺気に、なにもされていないうちから刃物を突きつけられたような気分になる。


 怖い、と、ユイは純粋に思う。

 先ほどまでベッドに寝そべってしゃべっていた青年、少年とはまったく別の、恐ろしい人間が現れたような――しかしそれはどちらもキリヤというひとりの人間で、いままた身体から力を抜くと、剣呑な雰囲気は霧散してどこにも見えなくなるのだ。


「ふう、まったく、猛獣みたいな子なんだから――」


 リクはちいさく息をつくと、スツールをひとつ引っ張ってきて腰を下ろした。


「どうだい、怪我の様子は?」

「……明日には歩けるって」

「それはよかった――じゃ、改めて自己紹介といこうか。はじめましてってわけでもないけど、ぼくはこの王立フィラール魔砲師学校で教師をやってる、リクだ。さっきはちょっとした行き違いからあんなことになったけれど、敵対の意思はない――むしろきみを助けたいと思ってる。よろしく」


 差し出された手を、それでもやはり警戒はしながら、キリヤが握り返した。

 リクはにっと笑う。


「意思疎通ができてよかったよ。トランスレータも効いているみたいだし」

「とらんすれーた?」

「きみたちとは使う言葉がちがうから、ま、要するに通訳みたいなものだね。そういう魔砲があるんだ」

「魔法――さっきも思ったけど、あんたたちは魔法使いなのか?」

「魔砲師、という。ここは魔砲師を育成する学校なんだ。こちらの女の子は――もう自己紹介は済んでるのかな?」

「あ、そういえば――あの、ユイ・モーリウス・スクダニウスです。この学校の三年で――えっと、よろしくお願いします」

「……おれはヌノシマ・キリヤ。キリヤでいいよ。こっちはスズハラ・レイア。ま、妹みたいなもんかな」

「レイアです、よろしく」


 レイアとはすでにお互いの名前くらいは交換していたから、ちょっと改まったようにぺこりと頭を下げ、恥ずかしそうに笑う。


「さて、これで自己紹介は済んだようだし、話を先に進めよう。まずきみたちはいま、ここがどこなのかってことをいちばん気にしてると思う。ちがうかな?」

「そう――ここは、どこなんですか?」


 どうやらリクは悪い人間ではないらしいと判断したのだろう、すこし丁寧に、警戒を解いてキリヤが言った。

 リクはすこし困ったように眼鏡を上げて、


「ヴィクトリアス王国の首都、ヴァナハマにある王立フィラール魔砲師学校の医務室――といっても、きみたちにはなにがなんなのかわからないかもしれないな。ヴィクトリアス王国、というのは聞いたことがあるかい?」


 ふたりは顔を見合わせ、首を振る。


「まったく――そもそも、ここは日本のはずじゃ」

「にほん、か。きみたちがここの土地をまったく知らないように、ぼくたちもそのにほんという土地を知らないんだ。簡単に言えば、きみたちはいま、きみたちがまったく知らない世界に迷い込んでる状態だね――ここはきみたちが知っている世界じゃない。魔砲師が暮らす、魔砲の世界なんだ」

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