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魔砲世界の絶対剣士  作者: 藤崎悠貴
第一章
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第一章 その3

  3


 王立フィラール魔砲師学校の生徒面談室は、広々とした長方形の校庭に面した部屋になっている。

 簡易的な応接セット以外にはなにもない部屋。

 基本的には卒業を控えた生徒の進路相談などで使われる部屋に、ユイ・モーリウス・スクダニウスはいた。


 ユイは応接セットのソファに座り、すこし離れた窓辺に、この王立フィラール魔砲師学校の講師、すなわち教師であるリク・ダルスキイが立っている。

 リクは黒縁の眼鏡をくいと上げ、赤に暮れる校庭を眺めていたが、ふと室内のユイを振り返り、ため息とも深呼吸ともつかない深い息を洩らした。


「まあ、どんな道に進むとしても、きみがここで学んだ三年は決して無駄にはならないと思うけれどね。だいたい生徒たちはみんなこんなことは勉強しても無駄だとかなんとか言うんだけれど、大人として言わせてもらえば、無駄なことなんてなにひとつないんだよ。もちろん、学んだことを無駄にすることは、できる。きみがここでなにを学んだのか考えず、それをまったく活かそうとしなければ、学んだことはすべて無駄になってしまう。だけれど、きみがここで学んだことをしっかり理解し、活用しようとさえ思えば、どんな知識も経験も必ずきみを後押ししてくれる」


 そこまで独り言のように言いきり、いや、まあ、とリクは頭を掻いた。


「説教じみたことを言うつもりはなかったんだけど。要するに、道を選ぶのはきみだってことさ。行くも戻るも、きみの自由だ。無責任に聞こえるかもしれないけれど、これはきみの人生だから、ぼくたち他人には助言することはできても決定することはできないんだよ」


 ユイは仄暗い表情でかすかにうなずいた。

 まあ、いくら自分のこととはいえ、なにかを決断することは簡単ではないよな、とリクも同情するようにうなずいた。


 ユイ・モーリウス・スクダニウスは、学校側としても大きな期待を託していた生徒だった。

 先の大戦の英雄にしてその功績で現在は貴族に叙されているゲルニカ・スクダニウスの孫娘。

 入学に際して行われた試験では主席であり、魔砲師としての素質も折り紙つき――と、そこまではユイにとっても学校にとっても理想的な展開だった。


 世の中はそれほど甘くない。

 入学早々、ユイは大きな挫折を味わうことになる。


 魔砲師にとってもっとも重要なのは、魔砲師としての能力を存分に発揮するには必要不可欠なパートナー、フィギュアである。

 王立フィラール魔砲師学校でも、入学してまず新入生たちでフィギュアを探すことからはじまる。


 フィギュアには相性があり、単に気が合ったから、という理由では組むことができない。

 フィギュアは性格の相性ではなく、純粋に魔砲師としての相性、それぞれが持っているエレメラリアの相性だから、性格容姿関係なく、相性がいい相手がフィギュアになる。


 このフィギュア制度はふしぎなもので、フィギュアとして認められるほど相性がいい相手は世界中にただひとりと言われているにも関わらず、遅かれ早かれ必ずその相手に出会うことができるようになっている。

 そこに超自然的な力が働いているのか、それとも純粋に偶然なのかはだれにもわからないが、ともかく、魔砲師になる人間は、フィギュアという運命の相手に必ず出会うようになっているのである。


 王立フィラール魔砲師学校の新入生たちも、そうした奇跡的な偶然によって自分のフィギュアを見つけ出し、早々に魔砲師としての第一歩を踏み出した――ただひとり、ユイ・モーリウス・スクダニウスを除いては。


 ユイのフィギュアは、新入生のなかにも、在校生のなかにも存在していなかった。

 フィギュアの相性を知らせるペアリングと呼ばれる指輪をつけていても、ユイのそれはだれとも反応することがなかった。


 まあ、数ヶ月相手が見つからないことくらいは比較的よくある出来事ではある。

 なにしろ世界にただひとりの運命の相手である。

 そう簡単に見つかるほうがおかしいともいえるわけで、長いときには一年ものあいだフィギュアが見つからないまま王立フィラール魔砲師学校に通う魔砲師候補生もいる。


 ユイもまたそういう不運な候補生のひとりなのだろうと、まわりも、ユイ自身も思っていた――思いながら、かれこれ、三年が過ぎていた。


 さすがに三年間もフィギュアが見つからないという事例は過去にない。

 これはもう、フィギュアなど一生見つからないのではないか、とまわりもユイ自身も思いはじめたのも仕方がないことだった。


「フィギュアが見つかるかどうかは、結局、運任せというしかないからねえ」


 こればかりはどう助けてやることもできない、とリクはため息をつく。


「見つかるときは本当にすぐ見つかるし、見つからないときは何年経っても見つからない……こればかりは、いくら魔砲師でもどうしてあげることもできない」

「先生、やっぱり、私は魔砲師には向いていないってことなんでしょうか」

「素質はある。そしてきみは、だれよりも努力している。そのことはぼくたち教師全員が知っていることだ。だから、学校としてはきみの決定を尊重したい。やっぱり魔砲師になるために学校に残りたいというなら、もちろん学校としては来年もきみの在籍を認める――もう魔砲師になるのは諦め、ほかの道を探すというなら、残念だけれど、学校はそれを応援することしかできない」


 これも運といえば運にちがいないが、なんと不運なことだろうとリクは思う。

 フィギュアが見つからず、したがって魔砲が使えないユイだが、それでもユイはこの三年間、座学では常にトップの成績を維持してきたし、自分は参加できない実技でも率先して教師の手伝いや道具の片付けなども行ってきた。


 三年間、相手が見つからないからと、だらだらなにもせずに過ごしてきたわけではないのである。

 いつフィギュアが見つかってもいいように、ユイはできるかぎりで最大限の努力を続けてきた。


 おそらく学校生活はつらい出来事のほうが多かっただろう。

 同じ時期に入学した生徒たちは簡単にフィギュアを見つけ、実技をこなしながら着実に一人前の魔砲師に近づいている。

 一方ユイはといえば、座学では常にトップだが、実技ではいちばん簡単な魔砲さえできない。

 それでもほかの生徒に当たることもなく、そのとき自分ができることをやってきたユイだから、なんとかその努力が報われてほしいとは思うが、その思いだけではどうにもならないのがフィギュア探しのむずかしいところだった。


 魔砲師は、能力がある者がなるのではなく、なるべき者がなるのだといわれる。

 フィギュアという制度もそうした価値観を後押ししている理由だろう。

 反対に言えば、フィギュアも見つからないような人間は、魔砲師になるべき人間ではないということにもなりかねない危険な考え方だが――。


「先生、私、やっぱり、学校を辞めようと思います」


 ユイは顔を上げ、どこか寂しそうにほほえんでリクを見た。


「これ以上待っていてもフィギュアが見つかるとは限らないし――フィギュアが見つからなければ、どれだけがんばっても魔砲師にはなれませんから」

「でも――三年もがんばったのに、惜しいことだね」

「仕方ありません。いつか見つかると思っていたけど、見つからなかったわけですし。私には魔砲師になる資格がなかったってことだと思います」

「そんなことはない。きみは充分に魔砲師になる資格も素質もあった」

「じゃあ――じゃあ、どうして魔砲師になれないんですか?」


 はじめてユイの顔が歪んだ。

 いままでがまんしてきたものが溢れ出すように、透明な涙が頬を伝う。


「私だって、魔砲師になりたかった――子どものころからずっと憧れて、やっとこの学校にも入れて。魔砲師になれるんだって思ってたのに――」


 ふるえる喉に、その言葉はあまりに重たい。

 リクは視線を逸らしたくなる気持ちをぐっとこらえ、まっすぐにユイを見返して、ちいさく首を振った。


 ユイは指先で涙を拭い、うつむく。


「すみません。先生に言っても仕方ないのに」

「いいさ。なんでも聞くよ。それくらいしか、きみにしてあげられることはないから……。それに、決断するのはいまじゃなくてもいいんだ。いつでもいい。もしなんだったら、このまま学校に就職してもいいし。魔砲師でなくてもできることはたくさんあるわけだし――」


 しかし目の前で若い魔砲師たちが育っていくのを見るのはユイにはつらいことかもしれないな、と尻すぼみになる。


「……私、魔砲師になって、おじいちゃんみたいにこの国のために働きたかったんです。有名になりたいって気持ちもちょっとあったけど」


 といたずらっぽく笑い、ユイは首を振った。


「子どものときから魔砲師になりたい、魔砲師になるんだってことしか考えてなかったから、魔砲師以外の仕事なんてなにもわからなくて。私、魔砲師の勉強しかしてないから、ほかの仕事なんて」

「大丈夫、きみならなんでもできるよ。それはぼくが自信をもって保証する。きみほど勤勉でまっすぐな気持ちがあったら、どんな仕事でも絶対に通用するよ」

「そうですか――でも、やっぱり、魔砲師になりたかったなあ」


 だれにでもなく呟いたユイに、リクは言葉も出なかった。

 まるでその沈黙を救うように外の廊下で足音が聞こえ、扉がノックされる。


「どうしたんです――あれ、ヘズリア先生、今日はもう帰られたんじゃ?」

「それが、問題があったらしいんですよ」


 中年の女性、ヘズリアは室内のユイをちらりと見て、リクに視線を戻す。


「水の広場で、生徒がケンカをしてるんですって」

「ケンカ? また、なんで」

「さあ、理由までは。ともかく魔砲を使っていて危険だから、早く止めてくれと。男子生徒同士のケンカらしいので、一応、男性の先生にと思って」

「はあ、それはわざわざ。じゃ、ぼくが行きますよ――やだなあ、ケンカなんて。自分が学生のころもやったことないのに」

「頼みましたよ」


 ヘズリアが扉を閉めると、再び夕焼けの沈黙が下りる。

 リクは頭を掻き、眼鏡をくいと上げて、ユイに言った。


「悪いけど、ケンカの仲裁に行ってくるよ。またいつでも相談に乗るし、本当に進路を決めたなら、学校としてもそれを応援するから」

「はい――あの、私もついて行っていいですか? なにかお手伝いできることがあるかもしれないし」

「ああ、別にかまわないけど。それにしても、なんで魔砲でケンカなんてするのかねえ。ここの学生はみんな、自分が思った以上に未熟だってことに気づいてないんだな――まだ魔砲を使いこなせるわけでもないのに、それをケンカに使うなんて」


 下手をすれば命に関わるような大問題になるわけで、ケンカだというくらいだからふたりともそれくらいは理解の上でやっているのかもしれないが、それでもやはり生徒同士の魔砲を使ったケンカは学校として了承するわけにはいかない。

 理由もきっと、生徒たちにとっては重大な、大人からみれば大したことのないものなのだろう。


 うまく仲裁できるといいが、とリクは生徒相談室を出て校舎のなかを進み、靴を履き替え、校庭に出た。


「先生、先生。そっち、ちがいますよ。ヘズリア先生は水の広場って」

「え、ああ、うん、わかってたよ。別に間違ったわけじゃなくて、ま、一種の引っかけっていうかね――ごほん。あー、急ごうか」

「はい」


 ユイはくすくすと笑う。

 まったく、この学校は広すぎるのが欠点だ、こんなに広い敷地を使う意味はないのに、とリクはぶつぶつ言いながら校庭を西へ出た。


 この王立フィラール魔砲師学校は、ヴィクトリアス王国の首都、ヴァナハマの南の大部分を占領している。

 校内には校舎はもちろん、寮があり、膨大な書籍を保管している書庫があり、広い校庭があり、魔砲の訓練をするための訓練場が三箇所あり、広場が四つある。


 広場はそれぞれ、水の広場、火の広場、風の広場、土の広場となっていて、水の広場は広場のなかでもいちばん大きな、学校の正門をくぐった先にあるいわば王立フィラール魔砲師学校の玄関といってもいい場所で、巨大な噴水のモニュメントが目立つ場所だった。

 玄関に近い分、外からの客は必ずここを通るが、生徒たちはあまり利用しないため、平日の夕方などは人通りもほとんどないだろう。


 ケンカをしているらしいふたりは、それも見越してこの場所を選んだのかもしれない。

 まったく血の気の多いこと、とリクは他人事のようにため息をつき、ユイとともに水の広場へ向かって夕暮れを走った。

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