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前編

 剣を持てば右に出る者はいない。

 剣を失っても、その腕に敵う者はいない。

 早い話が滅法強い。

 由緒正しき生まれであるのに、実力のみでのし上がってきた男。


 俺の憧れであり、我が騎士団の頂点に立つ、ノイ・ファーレン騎士団長。

 整った顔立ちであるが、凄味があるため、女の気配は皆無。近寄れぬ威圧感に、女は遠巻きに眺めるのみで、色恋のイの字もないストイックな憎いやつ。


 その堅物とも言える騎士団長が、恋に落ちたとも専らの噂になっている。


 無責任な噂の詳細は以下の通りだ。


 ひと月ほど前、団長は騎士団の精鋭数十名を率いて、巷を騒がせている盗賊を討伐しに赴いた。

 

 酒を山ほど積んだ囮の荷車を用意し、盗賊に襲わせた。

 商人に扮した団員は、荷車を置いて無様に逃走…と見せかけ身を潜ませ、盗賊どもの後を追い、アジトを突き止めた。


 団長の作戦通り、荷台に積んだ酒で祝杯を挙げ酔っ払っている盗賊どもを一網打尽。

 そこまでは全て計画通りだったのだが、回収した盗品の中の幻覚剤を、騎士団数名が誤って吸い込んでしまった。

 

 これは不運が重なって起こった事故だった。

 回収した盗品は、城へ全て持ち帰って確認する予定であったから、中身の確認はせずそのまま荷車に積み込んだ。

 

 そしてたまたま灯りに近い場所に、その幻覚剤があり、火で炙られ煙が散布されてしまった。

 幻覚剤と言っても酒を強めた効果があるようなもので、後遺症が残るものでも、脳に悪影響があるものではない。

 

 いわば、夜の刺激的なお供…媚薬に近い。

 

 幻覚と言っても、普通の女が美人に見えたり、デブの脂肪が筋肉に見えたりとその程度のものだ。

 薬を吸って半酩酊状態になった騎士団員は苦笑いと共に、宿舎に放り込まれた。

 

 その中には団長も含まれていて。

 団長も、例に漏れず宿舎に引っ込んでいたはずだが、次の日。

 

 団長の背中には、無数のひっかき傷と、噛み痕が残されていたらしい。明らかに色気のあるその傷の詳細を団員が探ろうとしても、睨み一つで追い払われていた。

 

 しかし、その日から団長はぼーっとした様子を見せるようになった。

 その団長の様子に痺れを切らした副団長が問い詰めたところ


「あの夜、女を抱いたようだがどこの誰だか分からない」


 と白状したらしい。


 合意だったんでしょうね?と副団長が、重ねて聞けば団長は困ったように首を傾げた。


「分からない。どうなのだろうか?でも責任は取る」


 俺が無理やり事に及んだのなら、法に準じた罰は受ける。

 団長は男らしくそう言い切ったあと、合意だったのなら、妻に望むつもりだ。


 少し顔を赤らめて、そう呟いたらしい。


 今まで浮いた話が一つもなかった団長だけあって、その話は瞬く間に騎士団中に広まった。


 優良物件である団長を手に入れようと偽の申し出も幾つかあったらしいが、いつにない団長に危機感を覚えた副団長が、団長の耳には入れないように画策していた。


 そんな副団長の裏工作は知らず、団長は正面切ってその女を探していた。しきりに女を望み、ぼーっと物思いにふける様は、誰が見ても恋する男。


「……俺は信じないぞ…っ!」


 たった今、その話を同僚から聞かされた俺は、ショックのあまり頭が剥げそうになった。


「いや、信じないって言われても、団長本人から聞い」


「黙れ、くせ者。そんなことあるわけないだろう!」


 俺は力いっぱい全否定をした。 団長があの夜、女を抱いただと?そんなことあるわけない。あってはならない!

 噂話を教えてやっただけなのに、何でくせ者扱いなんだよ…ぶつぶつうるさい同僚を、ぎっと睨みつけ食堂を後にした。


 俺はそのままの勢いで自室へ戻ると、八つ当たりも兼ねてドカンっと扉を閉めた。古い木材が軋んで、隣の奴からうるせーぞっ!と苦情が入った。


 しかし、そんなことを気にする余裕はない。


 あの団長が女を、抱いた…だと?

 その言葉が与える衝撃はかなりのもので、俺はしばしそのまま立ち尽くしていた。


 誰よりも強く、俺もああいう男になりたいと常に目指してきた。その団長が、その辺の男と同じく女を抱き、恋に落ちたと言うその噂。


 それ自体がショックなわけではない。


 あの夜、と言うのが俺には受け入れがたい事実なのだ。

 不幸にも幻覚剤の煙を吸ってしまった騎士団数名の中に、俺も名を連ねていた。


 俺の体は騎士団の男共よりも一回り小さく、薬の効果も強く出た。宿舎の自室に放り込まれた時には、前後も怪しいほどでぐるぐると視界が回っていた。


 その夜の記憶は一切ない。

 はっと目覚めた時は朝になっていた。


 がばりと身を起こすが、思うように動かせぬほど軋む体。

 体の奥がずきずきと痛み、そこかしこに鈍痛が走る。

 ふぬぬぬぉ~と低く呻きながらも寝返りを打てば、ベッドは目も当てられぬほどぐちゃぐちゃになっている。

 血やら何やら分からない液体も付着していて、俺は状況把握に困った。


 何だ、一体何が起こったんだ…。


 しきりに頭を捻っても、俺の頭は空白のみで記憶の断片すら残されていなかった。

 俺はしばし頭を悩ませていたのだが、全て忘れるべしと言う結論に至った。


 都合の悪いことは全てなかったことにするのが、俺の処世術だ。そして文字通り、今の今までそのようなこと記憶の片隅に追いやられていた。


 しかし、だがしかし。


「いやいや、待て待て。何を考えているんだ、おちけつ!冷静になるんだ!」


 嫌な仮説が成り立ったのを、ブルブルと頭を振って振り払う。


 そんなはずがない。そんなことが起こるはずがない。


 俺は、7年前から男として生きるのだと決めたのだから。

 

 今から7年前、俺はとある国にぽつんと一人残され、途方に暮れていた。聞いたこともない言葉を話し、泣き喚いていた俺を、その国の孤児院が引き取ってくれた。

 

 どこの誰とも、通じる言葉すら持たぬ俺を、院長はかなりの苦労を重ねてその国の国民として登録しようとしてくれた。

 

 全てが不明である俺の国籍をとるのは並大抵のことではなかったと思う。

 結局のところ、俺はとある大商人の後押しがあり無事にその国の民として受け入れられた。

 

 言葉は不自由であったが、幼い頃から習っていたソロバンと、中学お受験の算数のお蔭で俺は誰よりも早く正確な計算をこなすことが出来た。

 

 そこに目を付けたのが、その大商人だ。

 

 商人は試しにと、俺に算術の師を付けて商売の基礎を学ばせた。言葉は不自由でありながらも、状況は何となく把握していた俺は必死で勉強に励んだ。

 

 その甲斐もあって無事に商人の養子に望まれ、俺は扶養先と共に国籍も手に入れた。

 

 孤児院の院長が、嬉しそうに登録証を見せてくれた時のことを今でも鮮明に覚えている。

 

 …これ、性別男って書いてありますがなっ!?

 

 その国の女人は生まれた時から髪を切らないと言う風習があった。

 俺がこの国に来た時はベリーショートと言われる短いぱっつんヘアで。短い髪は男のみと言うルールがある国で、俺は当然のことながら男として認知されていた。

 

 言葉が分からない俺は、その事にさっぱり気付かなかった。

 

 更に、その国では同性といえ他人に肌を晒すことはタブーとされていた。

 

 そんな風に様々な要因が重なり、俺は男として国民登録を受けた。

 登録証を渡されたのは、商人の家に赴く日で。

 

 もしかして、養子って子供のいない商人の後継ぎにってこと!?

 今更ながらその事実に気付いた俺は、真っ青になった。

 

 俺が養子に行くことを条件に、少しばかり孤児院に資金を融通してもらったのだ。

 俺は商人から貰った支度金も合わせ、それを全て食料に変えてしまった。

 孤児院には、育ちざかりなのに、栄養が足りてない子が多い。

 俺はそいつらに腹いっぱい飯を食わしてやりたかった。

 

 どうすりゃ良いんだよっ!と思い悩むも、その時の俺は僅か11歳。

 

 その状況を打破する名案が浮かぶはずもなく、とりあえず、黙っておこうとガキの考えで突っ走った。

 今考えりゃ、後継ぎって結婚とかどーすんだよっと思うが、11歳のガキはその時を凌げれば良いのであった。

 

 しかし、幸か不幸か。見込みがないと言われていた奥様が懐妊した。

 そして生まれた子が男となれば、俺の存在は邪魔になるわけで。

 

 いくら算術に才があると言っても、やはり自分の子に継がせたいのだろう。

 そう言う経緯で、俺はその国から遠く離れた場所の寄宿学校に放り込まれた。

 

 そこを出るまでの資金は商人が払ってくれるそうだ。その代り、そこを出てからは一切関わりを持たないと誓約書を書かされた。

 

 悲しげに顔を俯かせ、署名をする俺の内心ではファンファーレが鳴り響いていた。

 ドンドンパフパフー!

 

 うまい具合に話が転がった。

 

 商人は俺が関わってこないように、その国から遠く離れた国の学校を選んだ。

 性別をひた隠しにしてきた俺にとっても願ってもいない選択だった。

 

 新たな人生の幕開けだ!と意気揚々と乗り込んだ学校は、騎士を志す良家の子息で溢れていた。

 人生全て上手く行くはずがなく、放り込まれた学校は女人禁制の男子校。

 

 俺は、依然男道を爆走中であった。

 

 さて、どうするか…と悩みつつも流れに身を任せていれば、一通り以上の剣術や体術が身に付いた。

 

 そして、そのまま騎士団への入団を強く勧められ、気づけば精鋭隊の一員となっていた。

 

 何だかもう、ここまで来てしまえば男として生きる方が合っているような気がした。

 むしろ、男のような気になってきた。

 そうか、俺は男か。

 

 そう言うわけで、俺は男らしい男を目指し生きてきたのである。


 幸いにして、俺の祖国となっている国が他人に肌を見せるのはタブーと言うのはここでも広く知られていて、一人で風呂に入ろうが、暑くても服を脱がなかろうが、誰も疑問に思わない。

 

 男として生きるのに何の支障もなく、これからもないはずだった。

 

 ……今日までは。


「……俺…団長に抱かれ…。いやいやいやいや、ないないないない」


 自分で言った言葉を全否定。


 ないわー、それはないわー。

 

 俺は団長を尊敬している。崇め奉っていると言っても過言ではないが、それは同性としてだ。いつかあんな男になりたい!と俺は純粋な憧れを持っている。


「……忘れよ」


 うん、それが一番だ。

 うんうん、と頷いて俺は全て忘れることにした。忘却は人生の万能薬だな…と数時間で立ち直った俺は、それから前にも増して鍛錬に励んだ。


 任務終了後も励む俺を、精が出るなと団長が声をかけてくれたのも一度や二度ではない。

 どれ、少し稽古をつけてやろうと団長が俺に剣裁きを指南してくれることもあった。


 団長の鋼のような鍛え上げられた体も、大ぶりの剣を軽々と振うその様も、俺の理想そのもので、かっけぇ、いつか…俺も!と益々気合が入った。

 

 そんなわけで、俺は男街道を爆走中であったのだが。

 

 しかし数か月後、その街道が突如地盤沈下を起こした。

 そんなまさか。

 

 俺は子を孕んでいた。


共同作品です

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