時雨
「…あ、兄貴が強いって言うなんて」
「おや。悠真はついに僕を強いと認めてくれたんですね……ありがとうございます」
にこやかな笑顔は絶やさず、悠真に言う。目の前に立っているのは人間か魔物か。普通の人には分からないだろう。
「……それより降りて戦え」
そう悠真が乱暴に言うと青年はやれやれと首を左右に振ると枝から降りて来た。遠目から見るのと近くで見るのでは全然違う。相変わらず微笑んでいるが心が読めない。
「そうですね、でもその前に。 悠真、あなたには少し大人しくして貰います」
突如青年の周りに現れた火の玉はあっという間に悠真を囲む。悠真は熱さのせいか顔を歪ませている。
「悠真っ!」
「大丈夫です。さっきも言いましたが大人しくして貰うだけなので安心して下さい。 それでは始めましょうか、僕は時雨と言います」
戦いは始まった。と同時に時雨の雰囲気も変わった。背後から青いオーラが見えるからだ。
「ま、まずは様子を見てからっ」
「何お前が指図してんだ! 俺は自由に動くぜ」
朱里の作戦を無視し、皐月は単独で走る。時雨の背後に回り込み詠唱を唱える。
「ディ・リーザス・ル・フリード」
皐月の前に魔法陣が展開する。時雨は避けようとしない。その事に苛立ちながらも魔法を発動した。氷の塊が一直線に時雨へ向かう。
「ふっ……ダメですよ、もっと仲間を信用しなければ。聞きましたがそのトーナメント、連携が大切でしょう?」
飛んで来た塊に時雨は左手を伸ばす。
(今から魔法か?…でも間に合わないぜ)
あと少しで当たるという所で塊は一気に消えた。いや、蒸発して消滅した。見ると時雨の周りには狐火が主を守るように広がっている。
「…なっ!」
「…まだだ皐月! まだ来るぞ」
悠真が叫ぶ。だが油断していた皐月は目の前にいた筈の時雨の姿を見失ってしまった。時既に遅し、時雨は皐月の懐に入りみぞおちを肘で突いた。
「―――うぐっ」
皐月は痛みのあまりその場に踞る。これは見ての通り皐月が悪い。
「あなたはもう少し、仲間を信用した方が良いでしょうね」
「…し、信用しなかったらどうなる?」
踞ったまま皐月が言う。
「あなたのせいで、負けます」
言われなくても分かっていた事だった。だが実際に言われると怒りが込み上げて来る。怒りで我を失った皐月は当たる筈がないと分かっていてもパンチを繰り出す。
「このっ! このっ! お前に俺の気持ちが分かるかよっ」
「………」
皐月の力いっぱいの攻撃。時雨は何かを決意したかのように構えを取った。左手を相手側に突きだし右手は後ろへ、右足を前へ出し左足は後ろへ。その構えは何か危険な感じがした。
「…やあああっ!」
「…………来なさい」
―――――パンッ
乾いた音が響く。まるでさっきまで周りの時間が止まっていたようだ。
「……おやおや、大人しくして貰わないと困りますよ」
「…あ、兄貴!」
皐月と時雨の手を掴んで止める悠真の姿があった。時雨の手は鋭く尖っていて、このまま当たれば大怪我をしていた。
「……どういうつもりだ時雨。このままでは皐月が死ぬ所だった」
「…死なせませんよ、当たっても僕が治療したので大丈夫でした。でも良いんですか? 龍王様から精霊王の力を使うなと言われていたのでしょう」
そう、時雨の狐火を破ったのは精霊王の力だ。
「……エロじじいは関係ない」
そう言うと時雨は悠真の手を弾き、後方へ飛んだ。戦いはまだ始まったばかりだ。




