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短編

こけしガール

作者: 小野チカ

「……………」

「……………」


 長い長い沈黙。

 一瞬、隣にいるジジイは生きているかと思ったが、どうやら微かな鼻息が聞こえるので息はしているらしい。まぁ、ジジイの気持ちもわからなくはない。王宮付き魔術師の一番偉いハゲてる人、として有名なジジイの最後の仕事だった。そう、一番偉いハゲは最後にえらい仕事をやってのけた。


「おい」


 俺は別に普段どおりに声をかけただけだというのに、ジジイは軽く三十センチくらい飛んだ。確かに沈黙は長かったが、そこまで驚かれる程、恐ろしい声をしているつもりはない。びくびくとジジイが上目遣いでこちらを見るが、ジジイの上目遣いなど、うっとうしい以外に何と思えばいいのだろう。


「あの、これは……その」

「まぁ、待て。俺は怒ってなどいないし、ジジイの首をちょん切ってやろうとか全然ちっとも思っていない」

「ヒィ!」


 ジジイは首元が寒いのか、長いロープをたくしあげて首巻のようにぐるぐる巻きにしている。本当にうっとうしいな。行動がいちいち女っぽくてイライラする。首巻くらい持って来いよ。ここは寒いから暖かい格好をして来いと言ったのは誰でもないジジイだ。


「これはなんだ」


 これ、と顎で差したのは先ほどジジイがやってのけたえらい仕事の結果だ。


 10代前の王妃の母国だったか、その王妃の妹が嫁いだ国だったか、とりあえず記憶に遠すぎてどういう縁で繋がっているのかは忘れたが、この国の同盟国の一つである国が、隣国に攻められそうになっている。しかしその国は保守的で、対話による平和解決を善しとし、武器を持たない。それが悪いとは言わないし、理想ではあると思うものの、まだまだこの世は軍事力の天下だ。どの国も軍事に国費を費やし、いつ攻められても対抗できうるように、軍や騎士を持ち、質の良い魔術師を囲っている。攻め入ろうとしている隣国もまた軍事国家。助けてくれと正式に書面が届いた時には、もう国境付近で隣国兵士が度々見かけられる程になっていた。


 そこで我が国王の出した決断が、ジジイの毛根も完全に死ぬものだった。


「丁度良いではないか。勇退にもなりうるだろう。どれ、勇者を召喚してみよ」


 前から阿呆な王だとは思っていたが、同盟国の決死の訴えは王にとって暇つぶしのようなものだった。王命に逆らえるはずもなく、ジジイは半泣きになりながら召喚術を完成させた。毛根の死亡具合からもわかるように、ジジイの魔力はもうほとんどない。一度召喚すれば二度は無理だし、何より身体が持たない。さすがにジジイの眉毛や睫までなくなったら俺ですら可哀相だと思う。


「……これはなんだ」


 数時間前の俺と一言一句違わない言葉を王が発する。だよな、俺もそう思ったわ。召喚してから王宮まで半日程度。米俵のように担いで馬に乗って帰ってきたというのに、勇者――を召喚したらしいけれど、どの角度から見てもそれはあり得なさそうな棒切れ――は全く起きる気配がなく、気絶しているのかと思いきやたまに鼻をフガフガ鳴らしたりするものだから、きっと寝ているのだろう。神経だけは図太すぎる。


「国王様におかれましては、本日も太陽の神に愛されたかのごとくまぶしき――」

「これはなんだ、と余は聞いている」

「そ、それは、えっと、あの――」

「ご所望の勇者ですよ、国王陛下」


 だりぃな、帰りたい。っていうか何が楽しくて俺はジジイと半日かかる場所までお出かけして、謎の生物を手土産に結果報告をせねばならないのか。っていうかマジ俺いらない。ジジイ一人で十分じゃね。


「これがか?」

「えぇ、これが、です」

「これは――」



 王座まで皺ひとつなく敷かれた真っ青な絨毯の上に転がされた勇者。それなりに重たかったけれど、ジジイが魔術師生活の集大成として組み上げた立派な勇者召喚術のどれにひっかかったのか不思議な程、役に立ちそうにない小柄な女。


「こけし、というものではないのか?」


 王のその言葉にジジイは頭埋まるんじゃないかと思うくらいに土下座をして許しを乞い、俺はジジイとおでかけじゃなくて、そのまま同盟国に出向けばよかったと思っていた。


 ――――こけし。

 それははるか西の端に存在するという小さな島国の特産品。丸い顔に棒切れのような目と眉。そして何故そうなったと問い詰めたい程の単純で、それでいて見るたびに鼻で笑いそうになる髪形。


 確かに俺も、そう思ったけども。







✳︎✳︎✳︎







 親からは鉄砲玉と言われ、兄弟からは短慮で浅はかの代表と言われたことはある。

 そんな代表の座を勝ち取った覚えはないが、直感で動いてしまうことは認めよう。考えるより先に体が動いてしまうのも、やろうと思いたったら一秒だって静止していられないのも、本能っていうか遺伝子レベルの問題だと思うので、私にはどうすることもできない。


 そういう性格がこんなにも役に立ったことがあろうか、いやない。


 私は授業中にうっかり、ついうっかり、寝てしまって起きたら日本じゃない世界にいた。これを何と呼ぶのかわからないけれど、郷に入れば郷に従えと、昔の人も言っていた。ちょっとびっくりしたけれど、寝るところと、薄味の食事と、着るものを用意してくれる人がいるので、その人に感謝をして今を生きるしかない。


 とか、ちょっとカッコイイことを思っていたけれど、総合的には結構苦しい毎日だった。

 なにせ――


「おいこけし、前と後が逆だ」

『え、なんて?』

「前と後が逆!」


 服を引っ張った後、指をくるくる回している恩人――という名のおこりんぼ魔人――と、言葉が通じない。まったくもって何て言っているのかわからない。ジェスチャーでここ一ヶ月程乗り切ってきたけれど、これはこういう意味かな、と思って真似てみた言葉は、全くもって合っていないというのが魔人の態度を見ていればわかる。魔人は微塵も隠すことなく鼻で笑うし、舌打ちをし、鼻くそをほじくってなすりつけようとする最低な人だ。もうこれは私が生きてきて出会った人の中でダントツに最低な部類に入る。だけど、私を生かしてくれる唯一の人なので逆らわず、一応十七年間で培われたであろうリスニング能力をフルに使って生活をしている。


 一月の間で何度も呼ばれるので、魔人が私のことを『ヘータン』と呼んでいることだけはわかっているし、そう呼べば魔人も私を指差すので間違っていないのだろう。どういう意味なのかは、わからないけれど。


「逆って言ってるだろうが、こけし!」

「うるせーこけし!」

「お前がこけしだばーか!! はぁ、ほんと疲れるこいつやだもう」


 名前を呼ばれたので、私がヘータンだと力強く名乗ってみたのに、なぜか魔人はため息を吐く。ここにきてしばらくは、日本語で懸命に話しかけていた。いつ話しかけても同じ言葉が帰ってくるのでそれが返事なのだと思っていたのだけれど、違うのだろうか。『ここはどこですか? っていうか、私明日テストなんで帰りたいんですけど』「うるせー」『あなたの名前はなんて言うんですか? っていうか、背高いですね。何メートルくらいあるんですか?』「うるせー」『おやすみなさい』「うるせー」と続けば、間違いない、はずだ。はい、(私が)へーたんです。くらいの意味で言ってみたのだけれど、どうやらお疲れのようらしい。ここはいっちょ、慰めてやらないとな。


「クソが」

「はぁ!? こけしのくせして俺に喧嘩売ってんのか、おい」

「ク・ソ・が」

「そんなこと言うのはこの口か、オラ」


『ドンマイ』くらい通じるかと思って日本語で丁寧に言ったのに、なぜか魔人に口を指で摘まれ左右に振られる。おおう、脳がシャッフルされるうぅうぅぅううう。


「ぐうう、血塗れのマティス、クソがぁああ!」

「黙れ、その名で呼ぶな!!」


 たまーに来るつるっぱげのお爺ちゃんが魔人のことを「血塗れのマティス」と呼ぶので、これは魔人の名なのだろうけれど、なぜか指に込められた力が強まる。おいおい、ギブ! ギブ! 骨格変わる!!


 そんな毎日を送っていた私が、こけしという名前で、同盟国の危機を救うために召喚された勇者で、おこりんぼ魔人ことマティスは向かうところ敵なしの、会えば命がないとか言われる物騒な剣士のひとりだということも、私があんまりにも無知で力が無かったがために、同盟国はあっさり隣国に破れ隣国の属国となり、国土の減った国王が残ったお荷物である私を、召喚の護衛だったからという理由でマティスに世話をまるっと押し付け、つるっぱげのお爺ちゃんは隠居し、最後の最後にスカした魔術師として歴史に名を残したことを知るのは、もっともっと先の話。



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