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何で二枚のジョーカーが?有り得ないだろ!
「え……ええ……?」
俺は手札に現存する二枚のジョーカーを交互に見やる。
お……おかしいだろ……
そんな中、隣の男が再度翔の肩を叩いた。
今度はカードを引かせろと言っているのだ。
しかし……相手がジョーカーを引いたらどうなる……俺は負け決定……いや、それは良い。その前に、千里はどう思っているのか………
俺は隣の男にカードを引かれつつ、千里に首を回した。
千里はぴくぴくと震えていた。
「ち……千里。大丈夫か?」
俺はそっと千里の肩に手を置いた。
すると少し震えが治まった。
ずっと恐かったのだろう。そして、得体の知れないもう一枚のジョーカー。千里には耐え難かったはずだ。
俺は……大丈夫だから。千里は生きろ。
俺は最愛の人に心でそう囁き、死んだ。
∞∞∞∞∞
ゲームが……終わった……私の勝利……うふふふ
♪♪♪♪
『全グループのゲーム終了を確認致しましたので、次の処置に移らせて頂きます』
またあの女の声である。
『次は、罰ゲームです。勿論、各プラットホームで勝者は一人ですね? 罰を受けて頂くのはそれ以外の敗者様です。まあ、ご存知でしょうけどねぇ』
女の薄ら笑いが脳裏に浮かぶ。ムカつく。
『敗者の皆さんに受けて頂く罰。それは……【死ー列車で逝こう!】です! どこかで聞いた名前ですねぇ。それはさておき、罰はその名の通り、列車に潰されて頂きます』
沈黙に接ぐ沈黙。いや、絶望……だろうか。
人は何事も発っせなかった。
「そんな……翔ちゃん……嫌だ。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌! 死んじゃ嫌だ!」
瞳の端に浮かぶ、この世の全ての悲しみを乗せた様な涙。
「千里……良いんだ。仕方ないんだよ。それに、千里が生き残ってくれるだけでも嬉しい……本当に良かった」
翔はにこっと笑いはしたが、その目には大粒の雫があった。そして、ゆっくりと頬を伝う。
「……翔ちゃん……ありがとう。私、翔ちゃんの分まで頑張って生きるよ……」
後から後から溢れ出す涙が止まらない。
翔はその涙を親指で掬ってくれる。
「もう、泣くなよ。覚悟決めろ。俺は大丈夫だし、千里もそんな弱い子じゃないだろ?」
翔の真っ直ぐな瞳。それが私の中の苦しみや悲しみを解き放ってくれる様な気がする。
「分かったよぅ」
私は目に溜まった涙を手の甲で拭き取る。
「そっか。良い子だ」
翔が私の頭をくしゃくしゃ撫でる。それだけで、心が温かくなった。
翔ちゃんは本当に強いね……自分が今から死ぬのに、人の事を気に出来るなんて。
「皆さん、僕達は今から死にます。でも、僕達の存在全てが失くなる訳じゃない……魂は消えても、僕達の存在自体は消えません。気を確かに持ちましょう!」
翔は最後の最後まで、他人を思いやった。
自分に向けられる憎しみが、ちくちくと肌を刺すのが解る。
何故お前が、と。翔ちゃんはその私に向けられる憎しみを少しでも和らげようとしてくれたのだ。嬉しい。ありがとう。
『それでは、用意完了! 先ずは一番左のプラットホームの皆さんから逝きましょう!』
その言葉が合図だったかの様に、線路の遥か向こうに列車が見えた。いつもとは様子が違う……それは人をひくため。速度が遅ければ生き残りも現れるから。
いつもの見慣れた列車が、今はただの殺人兵器にしか見えない。怖い、恐い。
でも、我慢しなきゃ。私は、翔ちゃんの分まで……
一番左のプラットホームの人々が恐怖に怯えているのが分かる。
「!」
その人々の真後ろに人々ずつ警備員姿の男が現れた。
落とす…つもりなのか。
列車がもう寸前まで迫っている……今、飛び込めば……
どんっ。
人が押された、次の瞬間。
まるでいくつもの空きカンを踏み潰した様な音が、夥しい量の鮮血と共に舞った。
四肢が千切れ、骨はおろか、脳ミソも姿を露にする。
べちゃべちゃと左右に転がる肉片。そのどれもが赤黒い、錆び臭い血を纏っていた。
列車が通過した後の線路には……ただの肉塊となってしまった人間の死体がゴミの様にあった。
正に、地獄絵図。
血と血と肉と肉。ただそれだけである。それ以外後には何も無い。愛情も、優しさも、何も。
『次は一番右のプラットホーム、逝きましょう!』
この女の精神は崩壊しているのではないか……でなければこんな軽快に声を発っせない。
実際、嘔吐している者は多い。
千里はしていなかったが。
そして、右も同じ様に、死んでいった。
次は……次は間違い無く真ん中のプラットホーム。
「じゃあな、千里。時間だ」
翔はそう言いながらも私の方向に歩み寄って来た。
しかし、警備員がいる。
「君、勝手に動いちゃいかんよ。黄色の線の外側にいなさい」
「うるせえな! ちゃんと死んでやるさ! 最後なんだから良いだろ!」
翔は警備員を怒鳴り散らしながら尚もこちらに歩む。
このままでは殺されかねない。いや、どうせ死ぬのだからそれは無いか。しかし、逃亡を図っているのかと疑われる場合も……
「翔ちゃん?駄目だよ…殺されちゃうよ……」
「死ぬから同じだろ。なあ、千里。俺達が付き合ってから、まだしてないこと……一杯あるよな……でもそん中で一番俺がしたいこと、今から良いかな?」
「え…うん……!」
翔は千里の後頭部を優しく掴み、その今にも溢れそうな唇にそっと自らの唇を重ねた。
それは、短いキスであったが、しっかりと翔の気持ちが伝わった。
気付けば、また泣いていた。
「こら、泣かないんじゃなかったのか?」
翔が苦笑いしてまたその雫を掬ってくれる。
「えへへ。我慢出来なかった……だって…だってもう翔ちゃんが………」
『急いでもらえますか? あと少しですよ』
どうやら気を使っていたらしい女が、催促した。どうやらちょっとは人間の情というものがあるらしい。
「………千里………もう行かなきゃ………………………ありがとう」