前兆
何とか書かせてもらえました。
ショートストーリーです。
{ババ抜き}:二名、またはそれ以上の人数で行うトランプゲームである。
トランプを等分に配布し、同じ数字のカードは棄て、その手札で始める。
時計回りもしくはその逆向きに、順に隣の人間の手札を引いていく。手札の数字が揃うと棄てても良い。
最後に手札にババが残っていた者が敗者である。
諸君らの健闘を祈る……。
∞∞∞∞∞
空には、うっすらと雲が残ってはいるものの、今日1日を過ごすのに支障はない。
気温は9度と低く、薄着では外を出歩けない。
この日、高校二年生の稲川翔は彼女と遊園地へ行くため、早起きをして、近場の駅で待ち合わせしていた。
彼女の名前は大山千里
。
翔と同じクラスで、高校一年の終わりから付き合い始め、今では学校内で知らない者はいない、カップルの一つだ。
現在時刻は7時。待ち合わせは7時10分なので、少々早く来てしまったようだ。
本来なら、電車に乗るのはもう少し遅くても問題無いのだが、今日は違った。
今日は、<カップル•家族連れ優待デー>らしく、その名の通りカップルと家族連れは電車料金半額以下なのだ。
しかし、当たり前なのかは分からないが、優待される本数や時間帯も決まっており、そのせいで今日はいつもより早く来なければいけないのである。
優待車両の発車が5分前のところで、千里が駅のホームにやってきた。随分眠そうだ。
服装は、フード付きの白いジャンパーにフリフリのスカート。足にはピンク色のタイツを履いている。
千里らしい、可愛らしい服装であった。
「おはよ、チサ。眠そうだな?」
翔は苦笑しながら千里に話し掛けた。
「うー。おはよう」千里は目をゴシゴシこすりながら答えた。
相変わらず可愛い、と翔は思いつつ千里の髪を撫でた。
リンスの香りが仄に鼻をつつく。
いつもは恥ずかしくてしない、<手を繋ぐ>ということも、今日は周りがカップルだらけなので気にせず出来る。
翔はそっと千里の手に自分の手を絡めた。
「! 翔ちゃん…」千里は一瞬驚いてから、赤くなって顔を伏せた。
翔は何気なく辺りを見回した。
殆ど……いや、全てがカップルと家族連れだ。
優待がよっぽどおいしいのだろう。そして日曜日ということもあり、益々複数客が増えたのだろう。
「……それにしても遅いな……もう時間過ぎてるぞ?」
翔は袖口を捲って腕時計を見た。
既に二分以上のタイムオーバーであった。
「ダイヤが乱れてるんだね。休日だし、優待デーだしで」
千里が翔の腕時計を覗き込む。
「そっかー、そだな」
翔はうんうん、と頷くと袖を元に戻した。しかし、それと同時に彼等の不穏な計画が実行された。
「お……おい! ここを通せよ! トイレ行きたいんだよ!」
プラットホームと改札口の丁度境目で起きた。
金髪のカップルが改札口へ向かうのをガードマンらしき人物が足止めしている。
ガードマンの表情は堅く、口は真一文字にきゅっと結ばれている。
そして更に後から数人のガードマンが現れ、何やらプラットホームと改札口の境目で作業し始めたではないか。
家族連れやカップルがその様子を何事かと見守る。
そしてそれは、ここだけではなかった。
この駅は、プラットホームが……乗り場が三つあり、翔逹のいる場所はその内の真ん中に位置する。
左右でも、怒声が聴こえる。
どれも、ガードマンに向けられたものだ。
それにしても、何故これほどの人数のガードマンがいるのだろうか?
ついに、金髪の男がガードマンに殴り掛かった。
誰もが、困惑の中でガードマンの安否を祈った……がそれは無駄に終わる。
ガードマンはまるでボクサーの様に金髪の拳を避け、その腕を左手で掴むと自分の方へと引き寄せ、右拳の一撃を喰らわせた。
それは正に一瞬の出来事であった。
「ぶぺっ!」と金髪は声を漏らすと、そのままプラットホームの中に転がっていった。
騒然とするホーム内。
ガードマンは金髪にこう吐き棄てた。
「死にたくなければ、大人しくしていろ」と。そう言うガードマンの眼はどこか悲しそうだった。
「……し、翔ちゃん…」千里は怖いのか、翔に身を寄せてきた。
「大丈夫だよ、チサ。俺がチサに手出しはさせない」言うと翔は千里の肩をぐっと抱いた
しかし、どうなっているのだろうか。
ガードマンが一般人を殴り倒す。
普段なら有り得ないことだ。それに電車は一向に来ない。もう意味の分からないことだらけで頭はグチャグチャだ。
境目で作業していたガードマンに動きがあった。懐から鉄の棒のようなものを取り出したのだ。