表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の娘  作者: 正木花南
7/20

喪失

 始業時間が過ぎても汀が姿を現さない理由を青花は考えていた。

 始業時間一五分前には出勤し、デスク周りの清掃をしたあとに緑茶を煎れる、というのが汀の習慣になっているようだった。頼んだわけではないのに青花にも緑茶を煎れてくれる。

 これまで体調不良を理由にした欠勤は数回あったが始業時間前には必ず連絡を入れてきたし無断欠勤をするとは思えない。

 連絡を入れることができない理由があるのだろう。

 青花は汀の気配を探してみることにした。

 印を消してしまったので明確にはわからないが、京全域であれば気配ぐらいなら追うことはできる。

 目を閉じて陰陽寮を中心に意識を広げてみても汀の気配を掴むことができない。何度か同じ事を繰り返し、京に汀の気配が感じられないことを再確認した青花は難波に帰省しているのではないか、と言う事に思い至った。

 気配がつかめないということは京以外の場所にいる可能性が高い。週末に帰省し、親代わりの死神に挨拶にでも行ってそのまま留められているのかもしれない。

 あの死神ならやりかねない。

 死神に直接連絡を取るのは嫌だったので、死神の花嫁に連絡を取ってみたが汀は戻っていないという言葉が返ってきた。これが死神本人の言葉であれば嘘だと思うところだが、彩子が言うのであれば本当だろう。

 それなら汀はどこにいるのか。難波と京以外の他都市か。そんなことを思っている青花に彩子の可憐な声が問いかけた。


 「汀になにか、ありましたか?」

 「いえ。始業時間をすぎても出勤してこないので――京にもいないようなので、もしかしたら難波に滞在しているのかと思いました」


 あら、という呟きが受話器越しに聞こえる。


 「あの子らしくない……」


 汀の事をよく知っている彩子が「汀らしくない」と呟いた事で青花は自分が感じた事が正しいことを理解した。やはり汀は無断欠勤をするような性格ではないのだ。

 難波で姿を見かけたら連絡を入れさせます、と彩子は言って通話を終えた。

 青花はデスクに積んだ資料を手に取る。

 汀に週末の過ごしかたや予定を聞いたことはないが、汀は何気ない会話の中でそういった類の事を青花に伝えてきた。

 もちろん、汀に報告の義務はない。だから無断欠勤の事は別として、週末旅行に行こうがどうしようが汀の勝手だ。

 もしかしたら金曜日の夜にあんな話をしたから、好きな男のところにいるのかもしれない。汀は生娘であることを随分気にしていたようだから。

 資料を手にしてみたが、目を通す気になれずに青花は息をついた。

 同じ空間に汀がいないということがここまでの違和感を持つとは思わなかった。汀に別れを告げてしまえば当たり前になる静けさが、むしろ青花の思索を妨げる……

 手にしたままの資料を元あった場所に戻し、青花はオフィスを後にした。陰陽寮を出て汀が借りているマンションへと向かうと管理人に嘘を織り交ぜた事情を説明して部屋の鍵を借り受ける。

 どうしてここまでするのか自分でもよくわからない。管理人には体調不良かもしれないと適当なうそをついたが、部屋に汀がいないことは分かり切っている。

 それでも青花は汀の部屋を訪れずにはいられなかった。

 カーテンが閉められたままの薄暗い部屋には汀の気配がほんの少しだけ残っている。ドアや引き戸をすべて開けて回り、最後に寝室として使っている部屋に続く引き戸を開けて青花は立ちすくんだ。

 乱れたベッドと部屋の隅に落ちている携帯端末、室内に残る鬼火の残滓。何よりも引き戸を開けた瞬間に叩きつけられた幻聴に青花は不快感を感じた。


 「白花か……」


 狂ったような笑い声が一瞬にして青花をすり抜け、消えていった。

 今まで、犬神の気配は京のどこにもなかったはずだし今も感じることができない。当然の事ながら汀からも感じたことはない。

 何故、犬神が汀の事を知ったのか。いつ目を付けたのか。汀の姿は犬神には見えないようにしておいたはずだ。可能性としては汀から犬神に近づいたということが考えられる。

 そんなことよりも、どうして汀は自分に助けを求めなかったのか。そのことの方が青花には重要だった。

 以前確かに、聞こえづらいから呼ぶなら本当の名を呼べとは言った。それでも汀が自分を求める声であればある程度の早さで反応する事ができる。昨夜から今まで、汀の声は一切聞こえてこなかった。

 なにか、手がかりになるようなものは残っていないかと青花は部屋を見回すが何もない。犬神は見事に痕跡を絶って汀を連れ去ってしまった。


 「君はどこにいる」


 いつものように汀は隣にいない。それをわかっていながら青花は呟く。


 「私を呼べ、呉崎」


 聞き慣れた声が返ってくるはずもなく、青花は静かな部屋で立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ