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死神の娘  作者: 正木花南
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愛しの乙女

 友近は散々飲み散らかしたあげく、呼び出されたと言いいながら去ってしまった。

 汀は友近につきあいはしたが青花の目もあってかほろ酔いという程度でアルコールを留める事ができた。

 酔いざましと食後のデザートを兼ねて季節のソルベを頼んだところで隣の青花が口を開く。


 「君の男たちの話だが」


 何となく人聞きの悪い言い方だが、青花に他意はないのだろう。過去に何人の男性とつきあっていたということまで報告していないし、報告する気もない。また、報告を求められた事もないので特に訂正はしないでおくことにした。

 そもそも、そんなことを知りたがるような化猫ではない。


 「あぁ……話が飛躍しすぎてよくわからなかったのですが」

 「同じ事だぞ?」


 ほんの少し驚いたような表情で青花は呟く。そんなことも推測できないのかと思っていそうだ。


 「犯してはならない者は崇拝され、同時に拘束された。理由は?」


 ふわふわした頭で必死に青花との会話を思い出し、その答えを引きずり出すのに時間がかかったのはやはりアルコールのせいだろう。青花は汀の言葉をただ静かに待っていた。


 「えっと……神をコミュニティに留める為……」

 「そうだ。君の男たちは本能に従ってその現象を無意味に再現していたにすぎない」


 そう言われると京に住みたいと言ったときの剣幕が納得できるような気もした。汀が難波から出ていくなら死ぬとまで言い放たれたのだ。その時、なんと答えたのかは覚えていない。


 「君の霊性は高い。代を重ねて本来の霊性は失われているのだろうが、特定の人間にとっては崇拝するに値するものだ。君はあやかしに好かれるように、ある種の因子をもつ人間を引き寄せるのだろう。それも血統がもたらす現象の一つだ……」


 青花の言葉はいつもと変わらず、淡々と続く。

 過去に付き合った男たちの言動全てが血によるものであるとしたら、その男たちが自分の体に触れなかった事もなにかしらの原因があるのだろうか。

 求められてはいたが、何事も起こらなかったというのが一番正しい気がする。もっとも汀としても積極的に働きかけようとは思わなかったのだが。

 すこし浮ついた気分でそんなことを考えていた。


 「……処女なのもそれが原因?」


 淀みなく続いていた青花の言葉が途切れ、沈黙が続く。何事かと隣を見ると青花が明らかに呆れた表情と目つきで汀を凝視していた。かなり珍しい様子に何があったのかと考え、考えていたことをうっかり口にしてしまったことに気がつく。


 「あのっ! そのですね!」

 「推測で良ければ説明する。犯してはならない者は同時に絶やすことができない者でもあった」


 一瞬にして酔いからさめた汀が言い繕おうとした言葉にかぶせて青花が話を再開する。ちょうどソルベが運ばれてきてしまい、汀は非常に気まずい気分でソルベを食べながら淡々とした青花の説明を聞く羽目に陥ってしまった。

 冷たいのはわかるが味がしない。


 「二律背反だ。血は残したい、しかし犯してはならない……君が存在していると言うことは、血を残すことができたという証明になる」


 はぁ、と生返事を返して最後の一口を食べたところで青花が笑った。口元をつり上げ、目を細めて。


 「君、許さなかったのだろう」

 「……は?」


 もう一度青花は同じ言葉を口にした。


 「男たちに何も許さなかった。男たちにできるのは君を崇拝し、束縛することだけだ。犯してはならない者は崇拝者を支配する。君が許さない限り男たちは何もできない。そのあたりは君が一番良くわかっているのではないか?」


 人の気持ちを推し量ることがほとんどできない化猫は、知識と事実が揃えば人の気持ちを推測することが可能らしい。汀は返事ができずに呆然と青花を見ていた。


 「――血を残す為に崇拝者は犯してはならない者に許しを請うた。許されれば君のように血が後世まで伝わるのだろうし、許されなければ血は絶え、神は去った。それにしても君の男たちは惜しい事をした」


 淡々とした口調が耳から入って抜けていくようだ。しかし、惜しい事をしたという言葉だけが妙に引っかかっている。

 同じ言葉をいつか、聞いた気がする。何が惜しいのか聞くのは恐ろしい。


 「禁忌を犯す行為は麻薬のようなものだ。後ろめたく、常に心地よい」


 私の推測は以上だ、と話を締めくくられて反射的にありがとうございますと返事はしたが、とんでもない話をしたような気がする。

 直接的な単語は何一つ語られることはなかったというのにすさまじくいたたまれない。しかし青花はいつもと変わらない表情で冷酒の残りを飲んでいた。

 青花は友近ほどではないがアルコールを摂取する。決して酔うことはなく、見事なほどに何も変わらない。

 この化猫が豹変することはあるのだろうか。あるとすれば何が原因なのだろう。覚えている限り、どんな状況でも常に平静を保っているように思える。

 そんなことを考えていると余計なことまで思い出してしまい、汀は叫び出したい衝動に駆られた。


 「……もう少し飲んでもいいですか」


 ドリンクメニューを手に汀は顔を上げずに呟く。その様子に何を思ったものか、青花は好きなだけ飲むといいと珍しい返事を返してきた。


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