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死神の娘  作者: 正木花南
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犯してはならない者

 頻繁に届くメールに形だけの返信をして汀は深くため息をついた。

 今更そんなことを言われても困る。

 会いたいだとか、話を聞いてほしいとか言われてもこっちは会いたいとは思っていないし話も聞きたくない。


 「……すっげー嫌そうな顔してるな」


 からかうような声に汀は携帯の電源を切ってから顔を上げた。この携帯に連絡が入ることなど滅多にないから、しばらくは電源を切っていても何の支障もないはずだ。


 「えぇ、まあ……」


 友近の言葉を否定せずに汀は苦笑いを浮かべる。ここ最近、難波に住んでいた頃の恋人から頻繁にメールが届くようになっていた。

 友人からの話で元恋人がよりを戻したいと言っているのは知っていた。京に住む事を異常なほどに反対されて大喧嘩のあげくに別れた恋人に未練などあるはずもない。

 別れの決定的な原因は京に移住することを決めたことだが、いろんな事が積もり積もっていたのだと思う……主に、汀に。


 「お嬢さんがそんな顔してるのは初めて見るが……昔の男か」


 友近の笑顔はニヤニヤ、という表現がぴったりで秀麗な美貌が台無しだ。しかしその笑顔のせいか友近という吸血鬼はどこか親しみやすいところがある。

 極度の酒好きで、リネンで同席したときは汀に必ず酒を勧めてきて青花に睨みつけられているのだが意に介した様子もない。

 今日も当然のように酒を勧められ、上司である青花がまだ来ていないのに飲む訳にはいかないと断り続けているところにメールが立て続けに届いて汀の機嫌は一気に悪くなった。


 「まぁ、そんなところです」

 「女にそんな顔させるヤツはロクな男じゃねえな」


 あっさりと言い切って友近は冷酒をあおる。

 青花はこの吸血鬼を女好きといい、友近自身もそれを否定しない。


 「それを本人に伝えていただけると嬉しいのですが」

 「……俺がか?」


 はぁ、とぼやくように返事をすると友近はにやりと笑った。


 「目の前に連れて来な。そしたら言ってやるよ」

 「……嫌ですよ。顔も見たくないのに」


 自分が取り立てて美人と言うわけでもなければかわいらしいわけでもないことは自覚している。だから付き合った男性も数える程しかいないが、別れを切り出すのはいつも汀からだった。

 そのすべての男の顔を見たくないと思うほど嫌っているのは過剰なほど拘束されたからだろう。

 異常なほど優しく、異常なほど汀の行動を把握しようとし、拘束した。京に移住することを決めたのは以前から住んでみたいと思っていたこともあるが、難波の男から逃げたいと思ったのも理由の一つだ。

 京に住んではみたが普通の人間に出会うことはなく、よりにもよってあやかしに出会ったのだから自分は相当に男運が悪いのだと思う。

 だからその言葉には相当な棘があったのだろう。友近は驚いたように汀を見てからやはりニヤニヤと笑った。


 「よほど嫌ってんだな。何されたんだ?」


 何をされたという訳ではない。しかし何もかもが過剰だった。それをどう説明したものかと考えて一言だけ汀は答えた。


 「拘束されました」

 「それはお気の毒に……けど、猫もお嬢さんを拘束しているように見えるけどな」

 「そうですか? 職場では一緒ですがそれ以外では特になにもありませんよ」


 青花は私生活まで干渉してくるわけではない。昨日何をしていたと聞かれる訳でもないし、メールの中身まで確認されるようなこともない。

 数分おきにメールが届いたりもしない……というか、青花からメールが届くことなどない。電話がかかってきたのも一度っきりだ。

 わかっていないのならいいが、と友近は意味ありげに呟いてから冷酒を注いだ。


 「お嬢さんは拘束されるのが嫌か」


 普段とは異なる声音でそう言った友近は身を乗り出してくる。得体の知れない不穏な空気を感じた汀は身を引いてはっきりと答えた。


 「嫌に決まっているじゃないですか」


 沈黙が流れる。サングラス越しでもわかるあからさまな視線から目をそらすことができず、汀はまるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

 その沈黙を破ったのは明らかに不機嫌そうな声だった。


 「何をしている」


 青花が不機嫌そうに汀の隣に座る。それが世界の理であるとでも言いたげな態度はいつものことだ。


 「別に……お嬢さんと話をしてただけだ」


 友近は汀から目をそらすとにやりと笑った。まるで青花を試すかのような笑いだ。


 「呉崎、この男に関わるとロクなことはないぞ」

 「……はぁ」


 生返事を返した汀に友近はいつもの笑みを浮かべる。人を小馬鹿にしたような、しかし親しみのある笑顔だ。


 「拘束されて幸せ、ぐらい言わせるような男じゃねえとな」


 なぁ、猫。と友近はよりにもよって青花に話を振る。どんな返事を返すのかと青花を見るとほぼ無表情でメニューを眺めている。


 「人間にあやかしのような拘束力を求めるのが間違っている。それで、何故そんな話になった」


 メニューを汀の前に置いた青花は好きな物を頼むといい、と呟く。青花と食事に行くと必ず言われる言葉だ。

 食事自体に興味はないが、食べなければ人間の姿が保てないという理由で半ば義務のように食物を摂取する青花ならではの言葉だ。

 とは言っても何でも食べるというわけではなく、甘い物や果物は口にしないのでやはり好き嫌いがあるのだろうと汀は思っている。

 メニューを手にした汀の耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。


 「顔を見るのが嫌なほど昔の恋人を嫌っている理由だとよ」


 しばらく沈黙が続き、メニューから視線だけを動かして隣を見ると青花はぞっとするような冷たい笑みをわずかに浮かべている。


 「それは気の毒な事だ。仕方がないとは思うがな」


 思わぬ言葉が淡々とした口調で語られる。友近はやはりニヤニヤと笑っていた。


 「猫もそう思うのか?」

 「思う」


 よくわからない会話が友近と青花の間で交わされる。どうやら汀が異常に拘束された理由についてなにかしらの心当たりがあるようだが、汀にはさっぱりわからない。


 「……あの、なんの話ですか」


 おそるおそる問いかけてみると二人のひとでなしはそろって汀を見た。


 「無自覚か」

 「当たり前だろう。現代社会では知る必要のない事柄だ」


 訳のわからない言葉に友近はなるほど、と一人納得するようにうなずいている。自分の事が話題になっているのに話の内容がさっぱりわからないというのは気持ちの良いものではない。

 どちらかと言えば不機嫌だった汀はもう一度、なんの話しですかと二人に問いかけた。声が刺々しくなってしまったのは仕方がない。


 「君の血統の話だ」


 けっとうと言う言葉が瞬時に変換できずにいた汀に友近が助け船を出してくれる。


 「血筋とも言う。お嬢さんのルーツだ」


 ルーツ、と呟くと青花が頷いた。汀は祖父母の顔を知らない。少なくとも他界した両親の口から話を聞いたことがないし、引き取ってくれる親戚もいなかったので自分のルーツと言われると少し妙な気分になる。

 しかしよく考えてみれば両親にだって親はいただろうし、その親にも親がいたはずだ。

 自分はどこから来て、どこへ行くのか。


 「例えば、俺のルーツは確実にどこかの吸血鬼に行き当たる。でなければ俺は今でも人間として陰陽寮でのんびりしていただろうさ……今の自分の状態が全て自らの言動で決定されると思っている人間は、幸せだ」


 友近は半ば言い放つかのように呟く。その言葉からすれば汀の状態……異常に拘束される、という状態も自分のルーツに関係があるのだろうか。


 「少々雑だが、説明としては間違ってはいない。君が過剰に拘束される理由もそこにあると考えられる」

 「ご先祖さまが理由という事ですか」

 「砕けた言い方をすればそうなるな。家系を辿らねば確かな事は言えないが、君のルーツはおそらく犯してはならない者だ」


 よほど妙な顔をしていたのだろう。友近は声を殺して笑い、青花は眉をひそめた。


 「……何ですか、その犯してはならない者、って」

 「言葉通りの意味だ。人間と交わることを禁じられた人間、神もしくはそれに準ずる存在の為の供物……何だ、その顔は」


 青花が言葉に出して問う程の顔とは一体どんな表情なのか、知りたくもない。元から不機嫌な事に加えてこの話の内容だ。変な表情になるのも仕方がないだろう。

 供物ということはすなわち生け贄だ。物騒にも程がある。


 「そんな話を聞いて、笑っていられる人がいたら見てみたいですよ?」

 「私は事実に基づく推測を語っているだけだが」

 「おまえの先祖は生け贄だと言われて喜ぶ人間がどこにいますか……」


 ため息混じりに呟く汀に対してそんなものか、と青花はあくまで淡々とした口調を崩さない。そのやりとりを見ていた友近がこらえきれなくなったように笑い始めた。


 「どうして笑うんですか!」

 「いやいや、猫にそんな反応する人間は陰陽寮にはいねえからな。なぁ、猫」


 青花は返事をしない。しかし陰陽寮の構成員が青花をさま付けで呼び、敬意を払っていることは確かだ。


 「そうは言っても現代社会では神もそれに属した存在も忘却の彼方だ。お嬢さんが今更人柱や供物に――」


 突然、言葉を止めた友近はちらりと青花を見てほんの少しだけ笑う。言葉は再開されることはなく、青花が講義を行うかのような口調で語り始めた。


 「……人間にとって、神への供物としての存在は霊性的に上位の存在にあたる。神と人との間を繋ぐ役割を果たす血統は崇拝され、同時に拘束された。それは何故か、わかるか?」


 突然話を振られた汀は慌てながらも青花の言葉を思い起こして考える。青花は問いに対して答えだけを示すわけではない。汀に考えさせ、見解を求める事がある。

 まるで教師と生徒のようだと汀は思う。少なくとも上司と部下ではないだろう。


 「拘束するっていうことは、いなくなっては困ると言うことですよね……」


 何気ないつぶやきに友近がわずかだが身を乗り出すのがわかった。


 「猫、おまえの助手は筋がいい」

 「私の助手だからな……で、呉崎。その先は」


 人ではない男たちは勝手な事を言いながら汀の言葉を待っている。学校で学んだ歴史ではこんな事を教えられたことがないし考えた事もない。

 必死になって考えたが、なぜいなくなっては困るのかという事に対しての明確な答えが見つからない。


 「……その血統が貴重なものだったから、でしょうか」


 形にならない答えを無理矢理言葉にしてみるとぱちぱちと乾いた音が数回聞こえた。友近が手を叩いているのだ。


 「猫のところをクビになったら陰陽寮の編纂室にいくといい。お嬢さんぐらい筋がよければ重宝されるだろう」

 「……それって誉めているんですか?」

 「もちろん」


 聞いたことのない部署名だが、かつて陰陽寮に所属していた友近が言うのだから実在しているのだろう。

 友近は誉めてくれたが青花はと言えば汀の答えを精査するかのように黙って何事かを考え、静かに言葉を発した。

 

 「――血統が貴重である理由を考えるといい。その血は神もしくは神に準ずる者に捧げる。血があれば神は降りてくる……神は土地に依るのではなく、血に依る。そこから導き出されるのが、神を特定のコミュニティに留める為という理由になる。これが全てとは言わないが、君の答えの先にある考え方の一つにはなるだろうな」


 青花は長く生きてきた。時間が培った知識は膨大で汀の思索など及ぶところではない。なるほどと納得はしたが、それと汀が嫌と言うほど拘束された理由がどう関係するのだろうか。


 「あの、それで……」

 「君の男たちと同じだ」


 唐突に話は飛躍し、青花は答えだけを口にした。

 話がわからないと言おうとした汀にドリンクメニューが突きつけられる。

 友近がメニューを差し出してニヤニヤと笑っていた。


 「難しい話は後でいいだろ。猫も来たことだし飲むぞ」

 「……呉崎にアルコールを勧めるな」


 アルコールメニューを受け取った汀を横目で見て青花は軽くため息をつく。

 この二人の関係がどんなものなのか、汀は未だに理解できずにいる。陰陽寮占師補佐官と先祖還りの吸血鬼。

 友近はかつて陰陽師として陰陽寮に所属しており、どうやら頼人と同じ仕事をしていたらしい。非公式ではあるが青花を通じて陰陽寮と関係を持っていることや、青花と交わず会話の内容がかなり専門的な事を考えると、人間であった頃の友近は優秀な陰陽師だったのではないか。

 もっとも、汀が陰陽師としての友近を見たのはただの一度、刀を振るってあやかしを滅する姿だけだ。


 「いいじゃねえか。酔いつぶれたらお前が連れて帰ってやれば」

 「泥酔した呉崎を連れて歩くのは至難の業だ」

 「歩くんじゃなくて抱えてやれよ、かわいい助手なんだから」

 「抱えると頭に血が昇るので嫌だと言われている」

 「……どんな抱え方したんだよ」


 二人の声を聞きつつメニューを眺めていた汀は友近の背中を思い出し、そして季節が流れてしまったことを改めて自覚した。

 京に冬がやってくる。

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