表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の娘  作者: 正木花南
15/20

望み -2-

 食堂はいつになくにぎやかで、普段はアルバイトや部活で見かける事が少ない年長の子たちも顔をそろえていた。何かの行事があるときは螺旋と彩子がやってくるのが決まりになっているし、プレゼントをもらえるという事もあって施設で生活している子供たち全員が集まっている。

 昔も今も変わらない光景を眺めて、汀はにぎやかな食堂をそっと後にした。

 外に出ると冷たい風が髪を揺らす。食堂の歓声がかすかに聞こえ、暖かな光が外を照らしていた。

 汀は壁にもたれ、深いため息をつくと空を見上げた。

 冬の澄んだ空に月が浮かんでいる。京の月も難波の月も同じ物のはずなのに、何かが違う気がした。それは都市が持つ雰囲気がそう思わせるだけかもしれないし、空気が違うのかもしれない。

 月を見ていた汀は近づいてくる二つの人影に気づく。


 「こんなに寒いのに、上着も着ないで」


 優しげに笑う彩子と、大きな紙袋を手にした螺旋が汀の前で立ち止まった。とりあえず笑ってみたが、どうやら二人をごまかすことはできなかったらしい。

 彩子は笑みを浮かべたまま汀の手を取る。


 「どうしたの……青花さんの事?」


 汀からは何も話していないが、祗園社の洋館に棲む吸血鬼が螺旋に連絡を入れ、状況報告をしていると聞いていた。だからこの二人にはこうして外に立ち尽くしている理由も見当がついていたのだろう。

 両親を恋しがって泣いていた汀に声をかけてくれた時と同じ彩子の声音に頷くと螺旋が大きなため息をついた。


 「汀を守れなかった男の事で悩むこともないと思うけどね」

 「……でも、青花さんは来てくれましたから……」


 できるだけ冷静に言おうとしたが声が震えてしまう。汀はうつむいて唇をかみしめた。


 「そんな言い方することないでしょうに」


 彩子の咎めるような言葉に続いて螺旋の困ったような声が聞こえた。


 「あの猫のどこがいいんだか、私にはわからないな」

 「……好きになると言うことはそういうことでしょう。恋は盲目と言いますし、狂おしくない恋など恋とは言いません」


 汀の手を離した彩子が頭を撫でてくれる。顔を上げることができず、うつむいたままの汀に彩子は優しく問いかけた。


 「汀はどうしたいの?」


 どうしたいと聞かれても困る。それがわかっていればこんなに悩むこともない。汀は自分がどうしたいのかを懸命に考えた。

 彩子と螺旋は何も言わず、汀の言葉を待っている。


 「……お礼を、言いたいんです。それに、お別れも。何も言えなかったから……」


 ようやく思い浮かんだ事を呟く。本当は違うけれど、それはもうかなうことがないのだろう。だからせめて、もう一度会って言葉を交わしたい。


 「お別れ、ね。汀が難波に戻ってくることは大賛成だし、猫にサヨナラするのは喜ばしい事だな……汀が本当にそれでいいと思っているのなら」


 唐突な螺旋の言葉に汀は顔を上げ、再びうつむくとゆっくりと首を横に振った。


 「本当は、今までみたいに近くにいたいです。でも、青花さんは……違うみたいだから、ちゃんとお別れしたくて……」


 近くにはいられないから後悔しないように別れを告げたい。時間が経てば思いも悲しみも薄れていくだろうが、後悔はずっと残る。青花の事を思い出す度に後悔するのは嫌だった。


 「うちの可愛い娘に何の不満があるんだか」


 深々とため息をついた螺旋はそう呟くと汀の頭を軽くぽんぽんと叩く。


 「汀のやりたいようにすればいい。どうにもならなければいつでも戻っておいで。ここは汀の家だ」

 「螺旋さま……」


 顔を上げた汀は螺旋を見る。困ったように笑っている螺旋はもう一度ため息をついた。


 「汀が幸せであれば、それでいい。親というものは、子供の幸せを一番に願うものだから」


 思いもしない螺旋の言葉に汀は何も言えず、ただ黙って頭を下げる。

 ざわざわとした人の気配と子供たちの声が近づいてくることに気づいた汀は声の方を見た。

 小さな子供たちが螺旋と彩子めがけて飛び出してくる。にぎやかにまとわりつく子供たちの頭を撫でたり声をかけたりしながら螺旋は施設へと入っていった。


 「汀も戻りましょう。ほら、お姉ちゃんと手をつないであげて」


 彩子の言葉に子供たちが汀の手を掴んだり腕を引っぱったりする。子供たちに連れられて歩く汀に彩子が並んだ。


 「汀がさらわれた日に青花さんから連絡があったの。難波に滞在していないかって。十時前ぐらいだったと思うけど」

 「そう、なんですか?」


 思わぬ言葉に汀は目を丸くする。青花が彩子にまで連絡を入れているとは思わなかったからだ。


 「話を聞いて知ったけど、汀を探していたのね……汀を無事に連れ戻してくれて、感謝していますって伝えてね」

 「……はい」


 青花が汀を探したという話は聞いていたが、かなり早い時間から自分の事を気にかけてくれていた事を知ることができて汀は嬉しかった。

 会えるかどうかはわからない。けれど、もし会うことができたら悔いが残らないように話をして、探してくれて嬉しかったと伝えようと心に決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ