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死神の娘  作者: 正木花南
11/20

月下麗人 -1-

 「人間の娘に神を追わせるなど……無謀な事をするものよ」


 「水の女」が苑子の口を借りて言葉を発した。


 「この娘に害が及ぶとは考えぬか。いくら位が低いと言えど神は神ぞ……他を当たりや」


 白目で青花をねめつけた苑子は糸の切れた操り人形のようにくずおれる。床に小さな体が倒れる寸前に友近が苑子を支え、抱え上げた。

 水盆の水はほとんどがテーブルにこぼれており、苑子が相当な集中力で汀の気配を追ったことを示している。


 「苑子じゃ無理だ。これ以上こいつを使うっていうなら俺は――」

 「わかっている」


 鋭い目つきで自分を睨む友近と、その腕に抱かれてぐったりとしている苑子の様子を確認して青花は次に打つべき手を考え始めた。苑子と水の女が追えないのなら陰陽寮の占師でも追えない。唯一、夢渡りの占師と彼女を守護するあやかしならば可能かもしれないが時間がかかりすぎる。

 苑子、と名を呼ぶ友近の声が聞こえるが青花にとってそれは遠い場所で交わされる赤の他人の会話にしか思えない。そう感じて初めて、自分には「余裕」がないのだと知った。

 人間で言えば「焦っている」という事になるのかと考えて青花は小さく息をつく。いつもなら汀の意見を求めていることを思い出したからだ。

 白花が汀を連れて京を出てしまえばそれまでだ。だから一刻も早く汀の居場所を突き止めたかった。


 「……青花さん」


 消え入るような声が青花を呼ぶ。


 「呉崎さん、南に向かいました……それだけしかわからなかったです。ごめんなさい……」


 苑子は苦しげにそう告げて友近の胸に頭を預ける。友近は深いため息をついてソファに座り、苑子を寝かせると膝枕をしてやった。


 「いや……たいしたものだ」


 青花は少なからず驚いて呟き、ソファへと歩み寄る。


 「無理を言った。すまなかったな」


 苑子は血の気の失せた唇に微笑みを浮かべ、友近はあからさまに驚いた顔をした。青花が他人を気遣うなど滅多にない。その事をよく知る友近だからこその反応だろう。

 青花はソファから離れると格子窓から外を見る。祗園社の林は鬱蒼としており、日はすでに陰っていた。

 汀はどうして助けを求めないのだろう。

 汀の部屋を訪れてから今まで、自分なりに手を尽くして汀の気配を探ったが何もつかめず、あやかしたちも犬神の気配を感じることはなかったと口をそろえて語った。汀の気配を知る苑子がようやく南へ向かった事だけは探り当ててくれたが水の女が言うようにこれ以上は無理だ。

 背後で扉が開く気配がする。


 「人の娘がさらわれたぐらい、何でもないことじゃないか」


 そんな声に振り返ると黒衣の青年を従えた少女が部屋に入ってきたところだった。


 「いつもの事だ。娘一人捧げて犬神が満足するのならそれで良いと僕なら判断するけど?」


 白いワンピースに不釣り合いな口調で言い放った娘――六葉はソファに向かうと苑子をのぞき込む。


 「寒そうだね。暖かい飲み物とかけるものを用意するから」

 「普通の娘ならそれも良いが、彼女は死神の娘だ。死神が黙ってはいまい。その上、呉崎一人で白花が満足するかどうかも定かではない」


 ひざまづき、苑子の額を撫でていた六葉はにっこりと笑って青花を見た。


 「そうかもね。でも、それだけ?」


 青花は六葉をにらみつける。忌々しいが、この娘の言葉は正しい。そして娘が正しいのだとすれば青花が間違っているということになる。

 汀を与えて白花がおとなしくなるのなら言うことはない。陰陽寮の混乱も避けられるし、何よりも青花自身の負担が少なくなる。そんなことはわかっている。

 わかっていて汀を探している。

 黒衣の青年が苑子にブランケットをかけ、湯気の立つカップをソファ脇の小さなテーブルに置いている姿が見えた。


 「私は彼女を人間の社会に戻す義務がある」

 「――ふうん。いくら助手だからってそんな義務がある訳ないと思うけど、そこまで必死になってあの娘を捜す理由って、何なの?」


 六葉の言葉に青花は軽く眉を寄せた。意味がわからない。何の意図があって六葉はそんなことを言うのか。青花は口をつぐみ六葉をにらみ続けた。ただでさえ気が立っているところによくわからない事を言われて、八つ裂きにしてやってもいいぐらいだ。六葉のそばにいるカンナがそんなことを許してくれるとは思えないので実行しないが。

 部屋に沈黙が満ちる。


 「底意地の悪いことを言うものではありません」


 穏やかな声が六葉をたしなめた。六葉はため息をつくと立ち上がってワンピースをはたく。


 「……ただで僕を使おうってのが気にくわないだけ。あの娘は嫌いじゃないし、ちゃんとやるよ」


 六葉は手早くテーブルを片づけると白布を敷き、握り拳をかかげた。

 指の隙間から白茶けた砂がぱらぱらと落ちていく。砂を媒介に神の行方を探る術は吸血鬼でも限られた者しか使えない。六葉はカンナから教えを受けた関西圏唯一の吸血鬼だった。

 足音をさせずにカンナが青花の隣に立つ。


 「人の皮をかぶった神を探すのは難しいよ? 私でも無理かもしれない」

 「わかっている」

 「……それにしても、青花ともあろう者が助手をさらわれるとはね」


 カンナの言葉に青花は軽い苛立ちを覚えた。そんなことは言われなくても自覚している。汀がさらわれたのは明らかに青花の失態だ。


 「呉崎には犬神の手出しができない結界を適用していた。呉崎から犬神に接触した結果だろう。もっとも、私の不注意が一番の原因であることは理解している」


 本朝の神である白花にとって外つ国の理は外法となり、触れることができない。だから青花は外つ国の理を組み込んだ結界を作り、自分と汀に適用した……何も告げずに。

 結界の事を前もって説明しておくか、消した印を再びつけておけば少なくとも今のような事にはならずに済んだ。そうしなかったのは、なぜか。

 それに、今になっても汀の声は聞こえない。何事かあれば汀が呼ぶのは自分だと何の根拠もなく思っていたが実は違うのかもしれない。汀には好きな男がいるらしいから、その男を呼ぶのかと思うと嫌な気分になった。


 「彼女の居場所が判明したらどうするつもり?」

 「連れ戻すに決まっている」


 カンナがあまりにも当たり前の事を聞いてくるので青花は呆れた思いで言葉を返す。連れ戻す為に居場所を探っている。そのままでいいのなら苑子や吸血鬼達に助力を求めたりはしない。そんなことぐらいわかっているものだと思っていた。


 「犬神とやりあうつもりかい?」

 「いずれ、白黒つけねばならない相手だ」


 梅雨に対峙した時、白花は正気のほとんどを失っているようだった。主を失ってから数度まみえたがあそこまで混沌とした気配は始めてだった。

 どちらかが消えるしかないだろう。

 物思いに耽る青花の隣でカンナは六葉の様子を見守っていた。六葉が散らした砂の量は白布を覆い隠すほどで、犬神の気配がつかめないことを示している。苑子もカップを両手で包むように持ちながら六葉の様子を見つめていた。滅多に目にすることができない術だと言うことを本能的に感じているのかもしれない……

 部屋は静かで、物音一つしない。そんな中で青花は幻聴のようなかすかな声を聞いた。呼ばれてもいなければ求められてもいないが声は一瞬だけ青花の名を呟いて消えた。間違えるはずなどない、汀の声。

 青花は扉に向かって歩き出す。


 「すまなかった。手間をかけた」


 そう言い捨てて部屋を出ていく青花に真っ先に反応したのは六葉だった。


 「ちょっと……!」


 しかし青花は振り返ることも戻ってくる事もない。何が起こったのかよくわからず、困惑する友近と苑子にカンナが歩み寄った。


 「司さん、無理は承知ですが……青花の気配を追ってもらえますか。お嬢様の術ではあやかしを追えません」


 カップを持ったまま苑子は困ったように友近を見る。友近も何がなんだかわからないとでも言いたげに肩をすくめた。


 「理由ぐらい教えろよ。何があった?」


 友近のため息混じりの呟きにカンナが穏やかな声で答える。


 「青花は神殺しを行う可能性があります。止めなければ」


 穏やかではあったが剣呑な言葉は室内の空気をも凍らせる恐ろしさを含んでいた。



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